決戦前
一瞬にして一同は本部に戻った。
ユウキはマリアに尊敬の眼差しを向けた。テレポートをマスターしたとはいえ、全員まとめての移動は自分にはまだ無理そうだからだ。
「今夜は早めに寝るのだぞ? ユウキ、明日は早いからな?」
「はい、了解です! おやすみなさい」
ユウキは寝室に向かい、ベッドに横になった。
彼は心に誓う。ネガティブやマコトを、何としてでも改心させなければと。
ユウキは思った。ネガティブたちは元から悪い人なんかじゃないはずだと。悪に対して悩むあまり、道を誤ってしまったに違いないと。
ユウキはそんな彼らを倒すのではなく救いたかった。思えばスノウは最初からそう言っていた。できれば傷付けたくないと。お互いにわかり合える可能性に、誰よりも早く気付いていたのは彼女だった。
「俺も、みんなみたいに立派になりたい」
ユウキは独り言を呟いた。
「団長のように真っ直ぐで、マリアさんのように面倒見がよく、スノウさんのように優しく、ハイドさんのように柔軟に! ……えっと、ゼフュロス程楽観主義者にはならない方がいいかな?」
何にせよ、いよいよ明日がその時だ。
明日、彼らを救おうと心に決めたその時……。
「ユウキ君、どうかしたの?」
「わ、わあ! マコト!?」
ユウキの視界には小さい頃のマコトが映っていた。
「……またいじめられてたの? 僕を庇ったせいで」
「違う! 俺がいじめられたのはマコトのせいじゃない!」
「そんなことないよ。僕が弱かったからいけないんだ。そのせいでユウキ君がこんな目に……」
「違う! 悪いのはお前じゃない!」
「僕は……もっともっと強くなって、こんな悪がたくさんの世界、正さないといけないんだ」
幼いマコトは闇の中へと消えていった。
「おい待て! マコトー!」
「どうしたのよ、さっさと起きなさい!」
「え? はい?」
「起きなさい!」
「ウワァ!」
マリアの大声でユウキは目を覚ました。そして、先程までの映像が夢だったことに気付く。
「全く、早くしないと団長来るわよ」
「あ、今行きます!」
誰も触れたことのない団長の逆鱗にユウキは身震いし、慌てて食卓へと向かった。
「……あ、ユウキさん。おはようございます」
「おはようございます。スノウさん、みんなも」
「やれやれ、朝の爽やかな時間を味わおうとは思わないのかい?」
「うっ……! そういえばゼフュロス、朝はいつもしっかりいるな……」
「当然。この爽やかな光、小鳥がさえずる時間を愛せずして何が詩人か」
ユウキは朝の弱さでゼフュロスに負けているという事実に悔しさを覚えた。
「おはよう。全員揃っているようだな」
「あ、団長。おはようございます」
「今日はいよいよ決戦だ。しっかり食べておくように! ではいただこう」
「いただきまーす!」
食べるのはユウキにはお任せだった。それに、スノウの料理はおいしいのでどんどん食べられる。
「そういえばマリア。お主のことだ、ヴィジョンで山の様子を見ておいただろう?」
「はい。一応使ってはみたのですが、やはりと言うか、阻まれてしまいました……」
「ふむ。テレポートも遮断されるであろう。登るしかなさそうだな……」
「いいじゃん。ピクニックだと思って登れば」
「お主、少しは緊張感を持たぬか!」
「えー? にこやかに行った方がいいって。そうすればあいつらネガティブだって、きっと釣られて笑顔になると思うぜ」
「お主はそんな甘い考えでおったのか……」
団長は頭を抱え、大きな溜め息を吐いた。
ユウキにはゼフュロスの言葉がどこまで冗談なのかわからなかった。
「この戦いが終われば、もう傷付け合わなくて済むんですね。私、がんばります!」
「うむ、頼りにしておるぞ。スノウ」
「私も彼らを間近で観察して思った。彼らはとても悲しそうな人間だ」
「そうね。きっと話せばわかると思うわ」
「はい。俺もそう思います!」
「……この呪いも、ネガティブが苦しめられている鎖も、今日全てを終わらせるわ。ごちそうさま」
「俺も、ごちそうさま!」
「私もおなかいっぱいです。ごちそうさまです」
「スノウ嬢、おいしい朝食をありがとう。ごちそうさま」
「俺も今日はゆったりしていられないな。ごちそうさま」
「うむ。私も、ごちそうさま。食べてすぐ動くのもよくないので、一時間後に最高の状態で向かうとしよう!」
「はい!」
一同は食器を片付けた後、決意を充分に募らせた。
ユウキがこの世界に来て数日しか経っていないが、彼は駆け足でここまで辿り着いた。マリアを助けたいという思いや団長の期待に応えようとする思い、スノウに迷惑をかけないためにという思い、そしてマコトたちを救いたいという思い。いろいろな思いがあって、彼は今こうして最後の決戦を迎えようとしている。
「ユウキ、緊張しておるのか?」
「……いえ、大丈夫です。俺は、みんなを救ってみせます! 伝説の勇者なんですから!」
「う、うむ! あのな、別に私はお主を心配しておるわけではないのだ。これは団長としてだ」
「あ、はい」
このタイミングでの団長のツンデレに、ユウキは思わずニヤけた。
「……さて、そろそろ行くとしよう! マリア!」
「はい。目の前までなら移動できるはずです。テレポート!」
マリアは全員に瞬間移動魔法をかけた。
最終決戦が、今始まろうとしている。




