旧友との再会
あれからすでに数十分が経過していた。ユウキは溜まりゆく疲労と戦っているが、そろそろ限界を迎える頃だ。彼を今突き動かしているのは、精神力などではなくスノウに対する見栄である。
「スノウさん、大丈夫ですか?」
余裕がないのは自分の方なのに、スノウを気遣おうと顔を上げる。しかし、その先に彼女の姿はなかった。
いつの間にか霧まで立ち込めている。
はぐれたことに気付きユウキは焦った。
「スノウさーん! いたら返事してくださーい!」
ユウキの思いも虚しく、スノウの声が返ってくることはなかった。
ユウキは不意に心配になってきた。スノウのことがではなく、自分のことがだ。気付いた当初はもちろんスノウの無事を案じていたが、よくよく考えれば彼女の方が強い。危険なのは、むしろユウキの方だった。
帰り道もわからず立ち往生していたその時……。
「さっき声がしたのは……この辺りかな?」
霧の中から誰かの声が聞こえてきた。
「だ、誰かいるのか!?」
ユウキの脳裏に浮かんだのはネガティブの存在だ。
彼は思わず剣を構える。揺らめく人影はゆっくりとこちらに向かってくる。
「……なっ!? お前は!」
「え? ……あ、まさか!? ユウキ君!?」
霧の中から現れたその男を見てユウキは目を丸くした。その驚きは恐怖から来るものではなく、歓喜から来るものだった。
ユウキはこの男を知っている。高い背丈と白い髪、そして穏やかな顔。その男はユウキの旧友だった。
「マコト! マコトじゃないか!」
「久しぶりだね。元気にしてた?」
「あ、まあ、そうだな」
ユウキは言えなかった。死んでしまったのでこの世界に来ただなどとは。
「マコトもこっちの世界に来てたんだな」
「うん。いろいろあってね……」
「そっか、お前も大変だったんだな」
「でもよかった。こうして再び会うことができて。僕、あの時ユウキ君が助けてくれたこと、今でもちゃんと覚えているよ!」
ユウキは思い出していた。髪が白いことを理由にいじめられていた彼を庇った時のことを。
「いじめられている人がいたら助けるのが当たり前だろ!? 気にすんなって!」
「いやいや、ユウキ君は僕の目標だよ。今は僕も悪と戦うために聖騎士団を率いているんだよ!」
マコトは背負っていた剣を自慢げに見せた。
「おお! お前もがんばってるんだな! 実は俺も今、悪と戦っているんだぜ?」
「わあ! やっぱりユウキ君はすごいよ。僕もユウキ君を目指してがんばるからね」
「それは大変だ。いい見本になれるようにがんばらないとな! あ、そうだ! 後でマコトに仲間を紹介してやるよ! ……と言っても、この山を下りられたらの話だけれど」
ユウキは自らの置かれている立場を思い出し、不安を表情に浮かばせた。
「それなら大丈夫だよ。僕に任せて!」
「え? どうするんだ?」
「簡単だよ。瞬間移動で下まで連れてってあげる」
「おお! そんなことできるのか! すごいじゃん!」
「僕だっていっぱい修行してがんばったんだよ。それじゃ、行くよー?」
「……これは!?」
一切の動作や前触れもなく、その技は突然発動した。どこまでも広がるような闇が二人を包み込む。
「さ、そっちに行けば戻れるよ」
マコトの指差した先に大きな光の円が浮かんだ。
「それじゃ、また会おうね」
「え? マコトは?」
「僕はちょっと用事があるんだ。仲間が三人も怪我をしちゃってね。痛そうだし早く治療してあげないとかわいそうでしょ? みんな一生懸命戦ってくれたんだよ?」
「そっか。仲間思いなんだな!」
「当たり前だよ。僕はみんなのことを家族だと思っているよ」
マコトの微笑みを見たユウキは、少し暗い印象を受けた。
「ごめんな。そんなに心配する仲間がいるのに、俺のために時間使わせちゃって」
「そんなことないよ! ユウキ君だって大切な友達だから」
「やっぱりお前はいい奴だな! きっと仲間もいい人ばかりなんだろうな……。俺のこともよろしく言っておいてくれ。俺もマコトのこと話しておくからさ」
「もちろんだよ! それじゃそろそろ僕も戻らないと」
「ああ、そうだな。それじゃまたな!」
「うん、また会おうね」
ユウキが光の円をくぐり抜けると、そこは山の入り口だった。振り返っても、もうそこには何もない。
ユウキはその場に佇み、再会の余韻に浸る。久しぶりに会ったマコトは心身共に成長しており、戦う覚悟を決めていた。自分も負けていられないと気合いを入れ直したその時……。
「あ! ユウキさん、やっと見つけました!」
スノウが駆け寄るのを見て、ユウキはようやく気付いた。彼女に心配をかけていたことに。
「一体今までどこにいたのですか?」
「ええと……。昔の友達に会ってですね、それでここまで移動魔法をかけてもらったんです」
「そうでしたか。すごく心配しました」
「本当にすみません! いつの間にかはぐれていました……」
「山から落ちてしまったのではと思い、下の方を探したのですが見付からなくて……」
「大丈夫ですよ。どこも怪我していませんから」
「よかったです……。本当に……!」
「わっ! す、すみません!」
泣き出したスノウにユウキは焦った。
「もう心配かけませんから!」
「……次からは、一人で無茶しないでくださいね?」
「もちろんです。約束します」
それを聞いて安心したスノウは泣き止み、ユウキも安堵した。
それから二人は山岳地帯を後にし、町へ向かって歩き出した。その道中、ユウキはふと思った。団長への手土産はどうなったのだろうかと。だが、その答えはすぐに見付かった。スノウのポケットから、一際美しい水晶が顔を覗かせている。
「あ、マリアさんとゼフュロスさんも丁度来ましたね」
スノウの指さす方を見ると、森から出てくる二人と目が合った。
「ただいまです。お二人とも、お疲れ様です」
「ええ。あなたもお疲れ様。ユウキ、あまり足を引っ張らなかったでしょうね?」
「え!? あ、あの! その……」
「大丈夫でしたよ。とても頼もしかったです」
ユウキがはぐれて迷惑をかけてしまったことを、スノウは言わなかった。ユウキは改めてスノウの優しさに惚れそうになったが、すぐに自分の情けなさが上回る。
「そう? それじゃ、団長のところに向かうわよ」
マリアは怪訝な視線を送り、町へと入った。
ユウキも不甲斐なさを引きずりつつ、三人の後に続いた。




