恐ろしい敵
ダークと呼ばれたその男はギターを背負い、デスメタル的な髪形とメイクをしている。その目つきの悪さと言い背の高さと言い、全体的に怖い印象の男だ。
「ん? 見かけねえ顔だな」
状況は非常にまずい。劣勢がより明白になってしまう。
ダークだけでも引き受けなければと、ユウキは剣を構えた。
だが、ダークはそれを気怠そうに眺めるだけで、全く動じない。
「おい、こいつ誰だ?」
「そう、そいつを見せたかったのよ。その子、伝説の勇者らしいのよ」
「はあ? 冗談はよせ。勇者なんて、あれはただの噂だ。本当に現れるわけねえだろ」
「いいからあなたも戦いなさい。あなたが来ることを計算に入れて私もここへ来たんだから」
ユウキは気付いた。アイリスが自分のことを過大評価していることに。だから昨日、彼女は逃げ帰ったのだと。
「まあ、それじゃ相手になってもらおうか? 伝説の勇者さんよお。In the World……この夢のない世界の中で」
「In the World……この広大な世界の中で!」
ユウキは剣の切っ先と鋭い視線を真っ直ぐに向けた。彼は何としてでもマリアを守り抜かねばならない。
「行くぜえ? ダークブリング!」
ダークのかざした右手が闇を纏い、黒い衝撃波を放った。それはまさに、黒いライトブリングと言うべき技だった。
「れ、レイジ!」
ユウキは慌ててカウンター技を発動する。その効果により力が込み上げてくる。
「ほお? やるじゃねえか」
だが、ダークはやはり動じない。今のは単なる小手調べとでも言いたげに、涼しい顔を見せる。
「当たり前だ!」
ユウキはその態度に引きずられ短気を起こす。
「今度はこっちから行くぜ! うおお!」
一見すると勇敢に立ち向かっているようだが、実のところ、ユウキはただ相手が怖いだけだった。相手が怖いから、ただがむしゃらに突進することしかできないでいる。そうなってしまったのは、ダークの余裕を前にして、自分の方が弱いと無意識に思い込んでしまったからだ。
「ったく、ただ突っ込んでくるなんて……つまんねえ奴だぜ! ウォール!」
「なっ!? 痛っ!」
ユウキは見えない壁に激突した。ダークが使ったその魔法は、マリアが何度か使っていた防御魔法だ。
団長の遠距離攻撃とマリアの防御呪文。二つの強力な技を前にして、ユウキはさらなる恐怖を抱いた。
「俺が戦い方を教えてやるよ。まあ、代わりに命をもらうけどな」
ユウキが転んでいる隙にダークは距離をとっていた。そして今、ダークは見えない弓を構えている。
「ほらよ」
ダークが矢を射た。呆然とそれを見届けるユウキへと、死が猛スピードで迫ってくる。
「危ない! ウォール!」
間一髪、マリアの助けが入った。発動した防御壁に見えない矢がぶつかる音がしたところで、ようやくユウキは理解した。自分は今、死にかけたのだと。
「随分余裕ね? 斬風!」
「なっ! キャアア!」
「マリアさん!」
マリアにできた隙を狙ってアイリスが攻撃を仕掛けた。
ユウキは自分を強く責める。自分のせいで、マリアを傷つけてしまったと。やはり自分は邪魔にしかならないのかと。
そこへ……。
「誰かのために戦おうとするからそうなるんだぜ? そもそもお前が俺のソニックアローに応じていれば、あの姉ちゃんだって無事だったんだ。なあ、伝説の勇者さんよお?」
追い打ちをかけるように、ダークが容赦なく口を挟んだ。
「……許さない」
「ああ? 別にお前になんか許してもらえなくっても」
「許さない!」
途端にユウキの体が輝き、辺りを眩い光が包んだ。
「うおっ! ……何だあ?」
突然の出来事にダークが怯む。
マリアの優しさを否定され、ユウキの内なる力が覚醒する。
数秒後、光は収まった。その中心だった場所でユウキが目を閉じている。
「やるじゃねえか、伝説の勇者さんよぉ」
その言葉を聞き、ユウキは目を見開いた。
「……行くぞ、ライトブリング!」
「なっ!? ウォール!」
突然迫ってきたその光の衝撃波に、ダークは慌てて対応する。
「マリアさんや俺が誰かのために戦うことが、そんなにおかしいのか! マリアさんは優しいから……だから俺を助けてくれたんだ! それがわからないのか!?」
ユウキはライトブリングを連発しながらダークに向かって走り出した。
「こいつ! さっきまで遠距離攻撃なんてしてなかったじゃねえかよ!」
「気をつけなさい、ダーク。そいつは間違いなく、伝説の勇者よ」
「だからよお、その冗談つまんねえんだってば! ダークブリング!」
ダークは目の前の男を勇者だと信じたくなかった。だから、アイリスの助言が気に食わず、ダークブリングで反撃に出た。
だが……。
「ウォール!」
「なっ!? 今度はウォールまで!」
ダークの攻撃は半透明の壁にぶつかり、消えた。それは先程ダークも使った防御魔法。マリアが使っていた防御魔法。
「絶対に許さない。お前は俺が……叩き斬る!」
ユウキはその勢いのままダークへと飛びかかる。
しかし……。
「調子に乗るんじゃねえ! ウォール!」
「グアッ!」
壁にぶつかり、吹き飛ばされてしまった。地面へと強く叩きつけられ、苦しみもがいている。
「ったく、こっちが手加減してやってりゃいい気になりやがって……。もう俺も許さねえぜ?」
「こっちの……セリフだ!」
ユウキは何とか立ち上がり、再び剣を握りしめる。
「ここからはロックの時間だぜえ!」
ダークはギターを構え、乱暴に弾き鳴らし始めた。
ユウキたちを騒音が襲う。
「グアァ! 耳が!」
「ちょっと、ダーク! うるさいわよ!」
その攻撃は、彼の味方であるアイリスまで巻き込んでいる。彼女は飛ぶのをやめ、地面へ突っ伏した。
「黙れ! お前が俺を呼んだのがいけねえんだ! 全員俺の音を聞けえ!」
「うああ!」
耳がつんざかれる程の音を前にしユウキは動くことができない。ダークのギターは凶器と言うべき代物だ。
「ダークブリング!」
「なっ! れ、レイジ!」
「オラァッ!」
ダークブリングにレイジで対抗したその隙を突き、ダークは叫び声を浴びせた。
「グワァ! やめろー!」
ユウキは音による攻撃に苦戦している。どう対抗すればいいのか、さっぱりわからない。
「どうだ! 俺のシャウトとロックンロールは!? お前らの退屈、まとめて潤え!」
「く……! ライトブリング!」
このままでは埒が明かないと考え、ユウキは反撃を試みた。
がむしゃらに放った攻撃だったが、思いもよらなかった結果を見せた。なんと、衝撃波はダークの音波を引き裂きながら進んでいる。
「……ちっ」
ダークは舌打ちをした。自分の音波攻撃への対抗策が、バレてしまったからだ。
しかし……。
「ウォール!」
その攻撃がダークに届くことはなかった。
「ああ! もう少しだったのに!」
「そう簡単に当たるかよ。でもまあ、今のはほめてやるよ。よくできましたっと」
ユウキにはどうすればいいのかがわからなかった。ウォールを何とかしない限り、ダークを倒すことができないからだ。
やっとの思いで音波への対抗策は見付かったが、このままでは時間の問題だった。
「こっちも行くわよ! 秘術の参、ネクロマンシー!」
アイリスが骸骨を召喚し、マリアを襲う。
「マリアさん!」
「こっちは大丈夫だから! 集中して!」
「姉ちゃんの言う通りだぜ? ウィンド!」
「なっ!? レイジ!」
ダークが放ったのは風魔法だった。まだそんな技を隠し持っていたことに、ユウキは愕然とする。
「おい、アイリス。そろそろ飽きたから、とっとと終わらせろ」
「ええ、言われなくても丁度魔力が溜まったわ。さあ、永遠の命を授けましょう……死という名の」
アイリスの鎌が赤く輝く。必殺技、デッドクレセントの前触れだ。
「逃げて!」
「嫌です! 俺はマリアさんを守るって決めたんですから!」
「ダメよ! あなただけでも生きて!」
「マリアさん!」
ユウキが助けに入る。だが、その技はウォールで防ぎきれる程のものではない。
「来ちゃダメー!」
「さあ、まとめて送ってあげるわ! デッドクレセント!」
「やめろおお!」




