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~In the World~ この世界の中で……  作者: 愛守
第一編 それぞれの価値観
10/55

恐ろしい敵

 ダークと呼ばれたその男はギターを背負い、デスメタル的な髪形とメイクをしている。その目つきの悪さと言い背の高さと言い、全体的に怖い印象の男だ。


「ん? 見かけねえ顔だな」


 状況は非常にまずい。劣勢がより明白になってしまう。

 ダークだけでも引き受けなければと、ユウキは剣を構えた。

 だが、ダークはそれを気怠けだるそうにながめるだけで、全く動じない。


「おい、こいつ誰だ?」

「そう、そいつを見せたかったのよ。その子、伝説の勇者らしいのよ」

「はあ? 冗談はよせ。勇者なんて、あれはただの噂だ。本当に現れるわけねえだろ」

「いいからあなたも戦いなさい。あなたが来ることを計算に入れて私もここへ来たんだから」


 ユウキは気付いた。アイリスが自分のことを過大評価していることに。だから昨日、彼女は逃げ帰ったのだと。


「まあ、それじゃ相手になってもらおうか? 伝説の勇者さんよお。In the World……この夢のない世界の中で」

「In the World……この広大な世界の中で!」


 ユウキは剣の切っ先と鋭い視線を真っ直ぐに向けた。彼は何としてでもマリアを守り抜かねばならない。


「行くぜえ? ダークブリング!」


 ダークのかざした右手が闇を纏い、黒い衝撃波を放った。それはまさに、黒いライトブリングと言うべき技だった。


「れ、レイジ!」


 ユウキは慌ててカウンター技を発動する。その効果により力が込み上げてくる。


「ほお? やるじゃねえか」


 だが、ダークはやはり動じない。今のは単なる小手調べとでも言いたげに、涼しい顔を見せる。


「当たり前だ!」


 ユウキはその態度に引きずられ短気を起こす。


「今度はこっちから行くぜ! うおお!」


 一見すると勇敢に立ち向かっているようだが、実のところ、ユウキはただ相手が怖いだけだった。相手が怖いから、ただがむしゃらに突進することしかできないでいる。そうなってしまったのは、ダークの余裕を前にして、自分の方が弱いと無意識に思い込んでしまったからだ。


「ったく、ただ突っ込んでくるなんて……つまんねえ奴だぜ! ウォール!」

「なっ!? 痛っ!」


 ユウキは見えない壁に激突した。ダークが使ったその魔法は、マリアが何度か使っていた防御魔法だ。

 団長の遠距離攻撃とマリアの防御呪文。二つの強力な技を前にして、ユウキはさらなる恐怖を抱いた。


「俺が戦い方を教えてやるよ。まあ、代わりに命をもらうけどな」


 ユウキが転んでいる隙にダークは距離をとっていた。そして今、ダークは見えない弓を構えている。


「ほらよ」


 ダークが矢を射た。呆然とそれを見届けるユウキへと、死が猛スピードで迫ってくる。


「危ない! ウォール!」


 間一髪、マリアの助けが入った。発動した防御壁に見えない矢がぶつかる音がしたところで、ようやくユウキは理解した。自分は今、死にかけたのだと。


「随分余裕ね? 斬風!」

「なっ! キャアア!」

「マリアさん!」


 マリアにできた隙を狙ってアイリスが攻撃を仕掛けた。

 ユウキは自分を強く責める。自分のせいで、マリアを傷つけてしまったと。やはり自分は邪魔にしかならないのかと。

 そこへ……。


「誰かのために戦おうとするからそうなるんだぜ? そもそもお前が俺のソニックアローに応じていれば、あの姉ちゃんだって無事だったんだ。なあ、伝説の勇者さんよお?」


 追い打ちをかけるように、ダークが容赦なく口を挟んだ。


「……許さない」

「ああ? 別にお前になんか許してもらえなくっても」

「許さない!」


 途端にユウキの体が輝き、辺りを眩い光が包んだ。


「うおっ! ……何だあ?」


 突然の出来事にダークがひるむ。

 マリアの優しさを否定され、ユウキの内なる力が覚醒する。

 数秒後、光は収まった。その中心だった場所でユウキが目を閉じている。


「やるじゃねえか、伝説の勇者さんよぉ」


 その言葉を聞き、ユウキは目を見開いた。


「……行くぞ、ライトブリング!」

「なっ!? ウォール!」


 突然迫ってきたその光の衝撃波に、ダークは慌てて対応する。


「マリアさんや俺が誰かのために戦うことが、そんなにおかしいのか! マリアさんは優しいから……だから俺を助けてくれたんだ! それがわからないのか!?」


 ユウキはライトブリングを連発しながらダークに向かって走り出した。


「こいつ! さっきまで遠距離攻撃なんてしてなかったじゃねえかよ!」

「気をつけなさい、ダーク。そいつは間違いなく、伝説の勇者よ」

「だからよお、その冗談つまんねえんだってば! ダークブリング!」


 ダークは目の前の男を勇者だと信じたくなかった。だから、アイリスの助言が気に食わず、ダークブリングで反撃に出た。

 だが……。


「ウォール!」

「なっ!? 今度はウォールまで!」


 ダークの攻撃は半透明の壁にぶつかり、消えた。それは先程ダークも使った防御魔法。マリアが使っていた防御魔法。


「絶対に許さない。お前は俺が……叩き斬る!」


 ユウキはその勢いのままダークへと飛びかかる。

 しかし……。


「調子に乗るんじゃねえ! ウォール!」

「グアッ!」


 壁にぶつかり、吹き飛ばされてしまった。地面へと強く叩きつけられ、苦しみもがいている。


「ったく、こっちが手加減してやってりゃいい気になりやがって……。もう俺も許さねえぜ?」

「こっちの……セリフだ!」


 ユウキは何とか立ち上がり、再び剣を握りしめる。


「ここからはロックの時間だぜえ!」


 ダークはギターを構え、乱暴に弾き鳴らし始めた。

 ユウキたちを騒音が襲う。


「グアァ! 耳が!」

「ちょっと、ダーク! うるさいわよ!」


 その攻撃は、彼の味方であるアイリスまで巻き込んでいる。彼女は飛ぶのをやめ、地面へ突っ伏した。


「黙れ! お前が俺を呼んだのがいけねえんだ! 全員俺の音を聞けえ!」

「うああ!」


 耳がつんざかれる程の音を前にしユウキは動くことができない。ダークのギターは凶器と言うべき代物だ。


「ダークブリング!」

「なっ! れ、レイジ!」

「オラァッ!」


 ダークブリングにレイジで対抗したその隙を突き、ダークは叫び声を浴びせた。


「グワァ! やめろー!」


 ユウキは音による攻撃に苦戦している。どう対抗すればいいのか、さっぱりわからない。


「どうだ! 俺のシャウトとロックンロールは!? お前らの退屈、まとめて潤え!」

「く……! ライトブリング!」


 このままではらちが明かないと考え、ユウキは反撃を試みた。

 がむしゃらに放った攻撃だったが、思いもよらなかった結果を見せた。なんと、衝撃波はダークの音波を引き裂きながら進んでいる。


「……ちっ」


 ダークは舌打ちをした。自分の音波攻撃への対抗策が、バレてしまったからだ。

 しかし……。


「ウォール!」


 その攻撃がダークに届くことはなかった。


「ああ! もう少しだったのに!」

「そう簡単に当たるかよ。でもまあ、今のはほめてやるよ。よくできましたっと」


 ユウキにはどうすればいいのかがわからなかった。ウォールを何とかしない限り、ダークを倒すことができないからだ。

 やっとの思いで音波への対抗策は見付かったが、このままでは時間の問題だった。


「こっちも行くわよ! 秘術の参、ネクロマンシー!」


 アイリスが骸骨を召喚し、マリアを襲う。


「マリアさん!」

「こっちは大丈夫だから! 集中して!」

「姉ちゃんの言う通りだぜ? ウィンド!」

「なっ!? レイジ!」


 ダークが放ったのは風魔法だった。まだそんな技を隠し持っていたことに、ユウキは愕然がくぜんとする。


「おい、アイリス。そろそろ飽きたから、とっとと終わらせろ」

「ええ、言われなくても丁度魔力が溜まったわ。さあ、永遠の命を授けましょう……死という名の」


 アイリスの鎌が赤く輝く。必殺技、デッドクレセントの前触れだ。


「逃げて!」

「嫌です! 俺はマリアさんを守るって決めたんですから!」

「ダメよ! あなただけでも生きて!」

「マリアさん!」


 ユウキが助けに入る。だが、その技はウォールで防ぎきれる程のものではない。


「来ちゃダメー!」

「さあ、まとめて送ってあげるわ! デッドクレセント!」

「やめろおお!」

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