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神々に愛されし乙女の転生譚  作者: 楠 のびる
第一部 神々に愛されし乙女
6/9

Act.5 迷宮に囚われた竜


「やっとついた。」


 場所は迷宮の最深部。

己の身長の三倍はある、黒い鉱石で出来た堅牢な扉を見上げるフィーリは、ため息を漏らすように言った。だがその表情には疲労感はない。彼女にとって迷宮を探索することは、冒険者稼業にとって当然のことであり、体力管理も完璧だった。


だが、フィーリの後ろにいるものは、違った。


「……生きてる?」


 フィーリが振り返り、一応確認をとる。だがどうみても、その者は生きていはいるが、無事ではなかった。

 視線は地面、膝に手をおき前屈み、肩を上下に揺らし、呼吸を繰り返す。垂れた黒い耳と、首に大人しく巻きついているオルの白い鱗で覆われた尾が、その都度揺れていた。


「……いつも、あんな無茶を?」


 そうケイは、絞り出すように声を出した。

 縦穴を見つけ落下……ではなく飛び降りた後、フィーリの風の魔法により、底の地面に激突することなく、ふわりと着地をした。ケイは心の中で、恐怖の余り気を失わず、失禁もしなかった己を褒め称えた。


 だが地に足をつけ、薄暗い視野に慣れてから周りを見回して、ケイは再度恐怖により身動きできなくなった。

 周りには、多くの死者の兵がいたのだ。


 ある兵は腐った目を、ある兵は過去目があったであろう陥没した穴を、上から落下してきたものに向け、各々の武器を向ける。


 ケイが落下の時同様、悲鳴をあげそうになった瞬間、フィーリが駆け出した。

 フィーリは手にした淡く光る剣を振い、あっという間に死者の兵を砂へと変えていく。


 ふと、背後でガンッと音がした。ケイが振り向くと、死者の兵が剣を振り下ろそうとしていた。その切っ先が、ケイの頭に届く寸前、見えない壁に阻まれ弾かれる。


 それは、オルが結界を張ったのだと気が付いたのは、フィーリが死者の兵をほとんど、掃討した後だった。


 かくして、フィーリとケイは、襲いくる死者の兵を砂にしながら、迷宮の最深部の扉の前に辿りついたのだった。


「無茶?」


 ケイの問いに、フィーリは肩を竦めてみせる。


「できることをしたまで。時間は有限なのよ? のらくらやってるほど、私は暇人じゃないの。」


 迷宮には数々のお宝が隠されている。最深部だけでなく道中にも、それなりのものがあったりする。迷宮を探索する冒険者は、そういったものを得ては売り、生計を立てたり財産を作ったりする者もいる。

 だがフィーリには不要なため、道中のもの全てを無視しても問題なかった。


「では最深部へ……ん?」


 フィーリは堅牢な扉に手を置いて、首を傾げた。


「どうかしたか?」


 そんな彼女に、ケイが上体を上げ、額の汗を拭いながら問う。フィーリは扉から手を離し、扉全体を見まわした。


「この扉、封印されてる。」

「は?」


 フィーリの答えに、ケイは目を見開き、扉に視線を向ける。

 黒い鉱石で作られた重厚な扉。そこにはどう掘られたのか、幾何学模様が描かれ、扉の中央を頂点に、拳大の窪みがあった。

 その窪みを見ながら、フィーリは言葉を続ける。


「ここに、鍵になるなにか嵌めこむと開く仕掛けみたいね。」

「……それで?」


 嫌な予感がひしひしと感じながらも、ケイは先を促す。その言葉にフィーリは、口を開いた。


「経験からいって、その鍵的なものは、迷宮のどこかに安置されてる可能性が高い。」


 二人と一匹の間に、沈黙が流れた。内一匹は一切喋らないが。

 その沈黙を破ったのは、フィーリだった。


「まあ、よくあることよ。」


 さらりとフィーリは言う。探索が面倒だったため、縦穴を落ちるというショートカットが裏目にでたわけだが、それについては一切触れない。


「……戻る、のか?」


 恐る恐るケイが聞いた。今から来た道を戻り、迷宮を探索すると考えると、どれくらいの時間を要するのか、考えただけでも気が遠くなった。

 そんなケイを尻目に、フィーリは扉から離れると、すぐ横の壁の前へと進む。

 そこは扉とは違い、他の場所と同様石造りだった。


「戻る必要性はないわ。」


 フィーリはそう言って壁に手を置くと、力ある言葉を紡ぐ。


「【粉砕】」


 次の瞬間、石の壁が爆発し、砂埃を巻上げながら、人一人が通り抜けられるくらいの穴が開いた。

 石壁の破片が転がり音を立て、砂埃が徐々に収まる中一言も発しないケイに、フィーリは居たたまれなくなり、視線はあらぬ方に向けつつ、口を開く。


「……別に、私たちは客人じゃないんだから、扉から入る必要性はないし。」

「いやいやいやいや。」


 思わず突っ込みをするケイ。フィーリの言っていることは、縦穴の落下を含め、確かに合理的で無駄がない。しかし、普通の人間なら、やろうとも考えないことや思いついても二の足を踏むことを、彼女はさらりとやってのけてしまう。


(思いっきりがいいというか、大胆というか……非常識というか。)


 それ以上なんて言っていいかわからず、だからこその二つ星の冒険者なのか、とケイは考える。


「さ、いくわよ。」


 そんなケイを尻目に、フィーリは穴を潜った。

 彼女をケイは慌てて追い、穴を潜ると、とても広い空間だった。

 遺跡あった聖堂の三倍以上ある空間。その中央に存在するソレに、思考が停止した。


「あれは……」


 ソレをケイは初めて見た。


 身近にいるもので例えるなら、トカゲが一番近いだろうか。だが、トカゲというには、全てが異なっていた。


 体長は己の十倍は優に超し、トカゲと違い首が長いに、蝙蝠のような翼が生えている。

 身体から突き出た四本の脚は短く見えるが太く、巨大な体躯を支えている。

 そして全身が鱗に覆われていた。

 肩にいる蛇の鱗とは違う、並みの刃も魔法も通さぬ鉄色の鱗。

 頭からは二本の、黒曜石のような角が伸び、同色の瞳が、侵入者を見据えていた。


 ソレの咆哮が空気を振動させ、フィーリとケイを打ち据えた。


ドラゴン、だと?」


 ケイにとって、それは見たことがない、伝説の上の生き物だった。


 縦穴を落ちた時、死者の兵に囲まれた時以上の恐怖を感じた。血の気が音を立てて引き、膝が笑い出し、汗が噴き出る。

 ケイはゆっくりと視線をフィーリに向ける。

 自分より先に入ったフィーリは、竜の前で微動さえしていなかった。


(まさか……)


 自分と同じように恐怖で動けないのか、とケイは予想する。


 二つ星の冒険者で、数多の祝福を持っていようとも、フィーリは人間であり、女だ。恐怖を感じない方がおかしい、とケイは思った。だがフィーリの呟くにより、その考えは霧散した。


「かわいそうに……」

「え?」


 まさかの呟きに、ケイの声が漏れる。

 しかしフィーリは気にも止めず、佩いた太刀を抜く。


「ケイ、絶対オルから離れないで。オル、私は集中するから、ケイのことを任せた。」


 竜から視線を外さず、ケイたちに背中を向けたままそう言うと刀を構え、一度深呼吸をする。


「……参る。」


 その言葉と同時に、フィーリは駆け出した。


 侵入者が向かってきたことに、竜は再度咆哮を上げる。そして、フィーリにめがけて、前足を振り下ろした。しかしフィーリは前足を避けると同時に、刀を水平に走らせた。刀が龍の鱗に傷をつけるが、肉までは到達しなかった。


 フィーリは駆け抜け竜の背後を取ると、その尾に向かって、刀を振り下ろす。だが固い鱗に覆われた尾も、前足と同じように傷はついても肉までは到達できず、血も流れなかった。


 フィーリはその結果に舌打ちするのと同時に、長い尾がフィーリに向かって鞭のように振るわれた。フィーリはそれを跳躍で躱すと、炎の玉を出現させ、竜の翼の生えた背に向けて撃つ。炎の直撃に、竜は咆哮を上げ、首をめぐらしフィーリの姿を補足しようする。だがフィーリは、字面に降り立つと、竜との間合いをとりつつ疾走しながら、次に大量の氷の槍を宙に出現させ、炎の熱に苦しんでいる竜へと放った。氷の槍は竜とその周辺に降り注ぎ、竜と竜の踏みしめる地を凍てつかせていく。

 氷により地面に足を縫い付けられ、竜が苦悶の声を上げる。


 フィーリが再度間合いを詰めた。そして跳躍し、竜の翼を斬りかかる。

 炎により熱せられ、氷によって急速に冷やされた翼の付け根部分は、フィーリの刀を弾くことなく、胴と切り離され地面に落ちた。


「……すごい。」


 恐怖を忘れ、ケイはフィーリに見とれ、呟く。


 フィーリの動きは、素人のケイが見てもわかるほど、洗練されたものだった。

 全ての動作に無駄がなく、まるでダンスのように次へとつなげ、相手の動きを読み、備え、反撃する。身体をかすめるだけでも、致命的になりそうな攻撃を、臆することなく、立ち向かう。


 竜との死闘を演じているはずなのに、まるで演舞をみているかのような錯覚を覚えた。


 その時、竜が大きく息を吸った。


 フィーリが察知して、竜から大きく間合いをとると同時に、竜が紅蓮の炎を吐きだす。


 その直線状には、ケイがいた。


 視界が炎に満たされる。ケイは意味がないことだとわかっていても、反射的に腕を顔の前にかざし、瞳を強く瞑る。己が炭と化すことを思い浮かべ、悲鳴を上げることも出来ず、その時を待つしかなかった。

 だが一向に痛みも、熱も痛みも訪れなかった。


「死んで、いない?」


 ゆっくりと瞳を開ける。己の腕も身体も炭化していなかった。


「俺がついているのに、死ぬわけがないだろう。」


 落ち着いた男の声が、ケイの耳に届いた。ケイは腕をおろし、声のしたほう……前方を見ると、人が立っていた。


「……あんたは?」


 身長はケイよりもやや高い。

 絹糸のような、腰よりも長い真っ直ぐな白い髪。振り返ると髪が揺れ、光の加減で薄く空色に光った。切れ長の金色の瞳に、透けるような白い肌、耳や腕には輝く装飾品をつけた、涼しげな美青年だった。

 衣装は若者が着るような白の上着に黒のズボンだったが、もし彼が貴族のような煌びやかな衣装をきても、様になるだろうとケイは思った。


 ふとケイは肩に重みのないことに気がつく。そして目の前の青年は、肩にいた蛇と同じ色彩を持っていた。


「あんたは、まさか……」


 ケイの言葉に美青年は頷いてみえる。


「想像通りだ。とはいっても、蛇もこの姿も、本来のものとは異なるがな。」


 そういい美青年……蛇ではなく、人の姿をとったオルは答える。


「おまえは俺の側にいろ。そうすれば安全だ。あちらもじきに終わるだろう。」


 ケイが周りを見回せば、自分達の周りを除くすべてが、黒く焼け焦げていた。視線を転じフィーリに向ければ、彼女は竜のブレスを避けつつ、刀の斬撃や魔法を竜に打ち込んでいく。

 素早さでは格段にフィーリが上回っている。強力なブレスも尾の攻撃も、当たらなければ意味がない。フィーリの攻撃は、遅々としながらも相手にダメージを蓄積させていた。


「……なぜ、フィーリは、あの竜をかわいそうと言ったんだ?」


 フィーリの戦いを見守る中、ケイがオルに問う。

 かわいそうに、と彼女は確かにいった。しかも、やや悲しみを含んだ声音だった。

 なぜ、彼女が敵対するあの竜にそう言ったのか、ケイは気になっていた。


 ケイの言葉に、オルは悩むように一拍置いた後、ゆっくりと口を開く。


「本来、竜とは長寿で戦闘能力も高いが、知能も高く、己からむやみに人間を襲うことはまずない。必要がなければ、生涯人間たちとかかわりを持つことはない種族だ。」

「しかし……」


 目の前の竜は、獣のように自分達を襲ってきた。その化け物をみて、知性が高くむやみに襲わないと言われてもにわかに信じられない、とケイの瞳は言っていた。

 そんなケイにオルは言葉を続ける。


「戦闘能力が高いからこそ、ああやって利用される。アレのように迷宮に囚われ、己の意思を奪われ、侵入者を屠るだけの人形となる。この迷宮を造った者は、悪趣味だな。」


 オルは不愉快気に眉を寄せると、顎で竜を指した。


「あれの額や胸、足を見ろ。刻印と魔石で竜を縛っている。」


 ケイが目を凝らしてみれば、確かに竜の額や胸、足の部分には、赤い宝石が埋め込まれ、黒い模様があった。そしてフィーリの斬撃は、その部分も狙っていた。


「フィーはあの竜を、解放するつもりだろう。」


 そう言って、オルはため息を漏らす。


「倒すだけなら核を壊さずともいい。だが、それでは魂は永遠にこの場に縛られたままだ。」


 魔石という核を複数使用するほど強力な【呪】。それは竜の自我を奪い、身体を支配し、魂をも縛っていた。このまま倒され一度は朽ちたとしても、縛られた魂が【呪】により、朽ちた体に入れられ、死者となって復活する。


「ああなっては、竜を生かしたまま【呪】を解除することは不可能。だからフィーは、竜を解放するために、全ての核を破壊しようとしている。」


 再度オルは深くため息を零した。


「フィーは優しすぎる。」


 己の危険を顧みず、竜を解放するために、刀を振るう。


「優しい……?」


 オルの言葉に、ケイが反応した。


「だけど、村では……」


 村では村長相手に、かなり高慢な態度だった、とケイは思い出す。

 自分を助けてくれた時の違いに、戸惑った。


「……フィーはもともと、この問題を放置する気はなかった。誘拐された女たちを、助けるつもりだった。偶然を装ってな。」


 ケイの言葉に、オルは少し考えたあと、答える。その言葉に、ケイは目を見開いた。


「なら……なぜ、なぜあんなことを?」


 助けるつもりでいたのに、なぜ高額な報酬を提示したのか、ケイは理解できなかった。


「お前たちのせいだ。」


 ケイの言葉を、オルは断罪するかのように、言葉で切って捨てた。


「フィーの強さを知ったお前たちは、利用しようとした。そうやって、フィーを利用しようとしたものは今まで巨万ごまんといた。」

「しかし、俺達は報酬を……!」

「その報酬を支払ったあと、お前たちは生活が出来るのか?」


 オルの言葉に、ケイは息を飲む。ケイに追い打ちをかけるように、オルは言葉を続けた。


「フィーと俺は、様々な地を旅した。お前たちのような、貧しい村の者が、金がなく生活が困難になった場合どうするかを知っている……せっかく助けた女たちを、売るのか?」


 ケイは反論することが出来なかった。過去、生活に困窮し、村の娘達が犠牲になったという話を聞いたことがあったからだ。今は男手でもあり、気候も安定しているため、そこまでは困窮していないが、フィーリの提示額を払っていたら、身売りをする必要がでてきたかもしれない。


(ああ、だからか……)


 ケイは思い出す。


『その後の生活はどうするのよ。』


 彼女は取引が成立したとき、たしかにそう呟いていたのだ。彼女は己のことではなく、村のことを思って、依頼を断わり、打開策として取引を持ちかけたのだ。


「なら、理由を言ってくれれば……!」

「理由を言って、それで何か解決が出来たか?」


 ケイにオルが冷やかに言った。


「弱者は強者から護られ、助けてもらえるのだと、妄言でも言うつもりか?」


 オルの言葉に、ケイは言葉を失った。


「前例を作れば、他にも同じようにいう者も出てくる。」


 過去を思い出してか、オルの眉間に皺が寄った。


「それを断われば、皆が口をそろえていうのだ。『なぜ、あいつは助けて、自分は助けてくれないのか。』とな。」

「それは……」


 ケイはそれ以上なにも言えなくなった。

 多くの祝福を持つフィーリは、それだけで奇跡の存在だ。だれもがその存在に縋りたくなるだろう。でも全ての人々を公平に助けることは、例え神であっても無理なことだった。


「希望がかなわなかかった者は、絶望する。そして絶望は憎しみを生む。その憎しみはフィーだけでなく、お前たちにも向かうかもしれない。」


 だからフィーリはあえて、無償にはせず対価を求めた。その対価が己にとっては不要の建前だったとしても、『対価を渡した』という事実は村人たちを、いわれなき悪意から守ることができる。


「フィーは強い。でもフィーは、一人しかいない。一人でやれることなど、たかがしれている。」


 オルは一拍置いて言葉を続けた。


「それを理解しているからこそ、フィーはあえて他者にああいう態度をとり、距離を取る。例え、他人に何と詰られようと……己が傷つけられようと、な。」


 だから彼女は優しすぎるのだ、とオルは言うと、戦いを続けるフィーリを案じるように、金色の双眸を向けた。







 最後の核、額の魔石にフィーリは刀を突きたてた。赤い魔石が音を立てて割れることを確認し、フィーリは跳躍し、竜から離れる。

 翼をもがれ、鱗が割れ、肉が断たれ、血を流す竜。だがその竜は襲ってくることはなかった。


「ごめんなさい……」


 その竜に、フィーリは今にも泣きそうな声の謝罪が、ケイの耳に届いた。

 次の瞬間、竜が倒れ光りに包まれる。【呪】が解かれ、解放されるのだ。


『……ありがとう、強く、美しく、そして心優しき乙女よ……』


 頭に直接声が届いた。あの狂ったように暴れる竜からは考えられないほど、穏やかな声だった。


 光がやみ、竜は消えていた。


 フィーリは一度首を横に振ると、刀を振って血のりを落し、朱塗りの鞘と納める。

 その背中は、二つ星と称えられる冒険者ではなく、年相応の、傷ついた乙女の儚い後ろ姿だった。


 ケイは拳を握る。


(俺は、なにを思っていたんだ?)


 彼女は強い。助けてもらった時、そう感じた。

 彼女は二つ星の冒険者だと知って、納得した。

 彼女は強者で、自分は弱者。頼り、守ってもらうことが当然だと思った。

 だが、彼女はまだ二十も満たない、女の子だ。

 本来なら守られる立場なのに、今も一人、傷つきながらも、戦場に立っている。


(誰が、彼女を守るんだ?)


 その問いは、己への問いだった。


 自問自答するケイには気づかず、フィーリは二人に歩み寄った。


「オル、なぜ人型?」


 人化している相棒に、フィーリは首を傾げながら問う。


「さすがに竜のブレスは、蛇のままの結界では防げない。」

「そう、ありがとう。」


 そう言ってフィーリはふわりと微笑む。それが相棒のオルだからこそ、向けられた微笑みだった。


「じゃ、お宝を確認しましょうか。……ケイ?」


 己の拳を握り、動かないケイに、フィーリは不審な目を向ける。


「どうしたの、ケイ。怪我でもした?」

「……なんでもない。」


 ケイの絞る様にでた言葉に、フィーリは首を傾げながらも頷いて、お宝を見つけるべく、二人を引き連れ歩き出す。


 広い空間を横切り、竜が倒されたことにより現れた扉を開くと、そこは小部屋だった。

 小部屋の中央の台座には、人の頭ほどの、どどめ色のような闇の宝玉が鎮座していた。

 その宝玉の中身はまるで生きているかのように脈打ち、闇がゆらゆらと揺れている。


「【鑑定】……やっぱり。」

「やっぱり?」


 宝玉を鑑定したフィーリが、不愉快気に眉間に皺を寄せながら言い、ケイが宝玉とフィーリを見比べながら問う。


「これ、簡単にいえば死霊魔法の極意をつめこんだ宝玉で、この迷宮の核。ここまで来るのに、死者の兵が異様に多かったから、そういった類のものだろうとおもっていたの。これが無限に死者の兵を作り出していたのよ。死者の兵は、浄化しない限り、再生するから。」


 そう言ってフィーリは、宝玉を持ち上げる。


「さて、問題はこれをどうするか……」


 闇の宝玉の中身は、フィーリの手の上で怪しくゆらゆらと揺れている。


 フィーリが考えたのは、十秒ほどだった。


「あ、手が滑った。」


 そう言ってから、フィーリは思いっきり宝玉を壁へと叩きつけた。


 ガラスが砕けるような音とともに、なにかの断末魔が小部屋に響き渡る。

 宝玉から、どどめ色の煙が溢れたが、オルが打ち合わせをしたかのように結界を張ったため、その煙が三人にふれることはなかった。

 やがてなにかの断末魔も聞こえなくなり、どどめ色の煙も消え、残されたのは透明な宝玉の欠片のみとなったところで、オルが結界を解く。


「……いいのか?」


 欠片となった宝玉の残骸をみながら、ケイが問う。

 邪悪なものだったとしても、この巨大な迷宮を維持していた宝玉だ。価値は国宝級だろう。

 迷宮探索を主とする冒険者の収入は、そういったものをギルドや国に渡し、対価を得るのだ。


 ケイの言葉に、フィーリは首を横に振った。


「私の求めていたものではないし、手が滑ったのだからしょうがない。意外と脆かったわね。」

「そうだな。」


 フィーリの言葉にオルも同調する。オルにとっては、このようば悪趣味な迷宮の核など、手元にも、己の空間魔法で作ったアイテム収納空間にも、入れておきたくなかったが本音である。


「いや、どうみても……」


 手が滑ったと言っているが、振りかぶって投げていた、とケイは言おうとしたが、そんな彼にフィーリは人差し指をさして、言葉を封じる。


「こんなもの、ないほうがの世のためよ。私たちが黙っていればいいだけ。」


 ね、とフィーリは小首を傾げ、可愛らしく微笑む。その微笑みに、ケイは言葉を忘れ、首を縦に振ったのだった。


「さて、出口の魔法陣を探して帰ろうか。」


 そう言って、フィーリは小部屋を出たのだった。







Act.2の主人公の真意が明らかに。

あと誰もが予想していたでしょうが、人化したオルさん(イケメン)

テンプレです。


あと二話ほどで、一章が終わる予定。




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