Act.4 底へ続く迷宮
「なるほどね。」
男から依頼者の名前を聞いたフィーリは、ため息を漏らすようにそう言うと、面倒くさそうに頭をかきつつ、首を横に振った。
その名はフィーリでも知る、大手の商会だった。たしか国から奴隷商の認定も受けていて、従業員の中には奴隷もいるらしいが、主な事業は輸入業だったはず、とフィーリは思い出す。なぜフィーリが知っているかというと、よく冒険者ギルドにもその商会から依頼があるからだ。冒険者ギルドでは身元が確かな者からしか、依頼を受けない。そのため依頼者の情報も、冒険者が必要となれば開示されるのだ。過去、フィーリはその商会から依頼で指名を受けたが、都合が合わず断っていた。
(他国と行き来がある商会なら、捕まえた獣人たちを運搬できる。だけど……)
そこまで考えてフィーリは頭を再度横に振る。この場で考えて解決できる問題ではなかったからだ。
フィーリは気を取り直し、人差し指を拘束され集められた男たちへと向けた。
「【制約】【呪】」
フィーリの力ある言葉を唱えると、彼女の指先に淡い光が集った。しかしすぐさま彼女の元を離れ、複数に分裂し、捕えられた者たちの額に吸い込まれていく。
捕えられた者たちも、獣人族たちも、なにが起こったかわからずざわついた。そんな彼らにフィーリは口を開いた。
「この輩には魔法をかけました。」
その言葉にざわめきがぴたりととまり、注目がフィーリに集まった。十分な注目が集まったところで、フィーリは再度口を開く。
「獣人族のみなさん聞いて下さい。あんたたちもよく聞いておくことね。この魔法は条件を満たすと発動するわ。」
そういって、フィーリは人差し指と、中指をたててみせた。
「条件は二つ。一つは逃亡しようとすること。もう一つ敵意や殺意を持つこと。どちらの条件を満たせば……」
そういって女神の微笑を思わせるかのような、誰もが見惚れる微笑みを浮かべる。
「とても、楽しいことになるわね。」
具体的にはなにも言わない。だがその微笑みが、捕えられた者たちの想像力を刺激し、各自の中で最悪な未来を描かせた。ついさきほども、全員が束になっても赤子の手を捻るがごとくあしらわれ、捕えられたのだ。絶対的な強者から、呪いをかけられた状態に、誰もが顔を青くする。
そんな彼らにフィーリは追い打ちをかけた。
「先にいっとくけど、私や獣人族たちはあんたたちに死なれても困らないわ。」
それは事実だった。フィーリにとってこの者たちは、捕えられるから捕えた、殺すまでもない、殺す価値もない存在だ。
だがフィーリにとってはそうでも、家族や恋人を攫われた獣人族たちにとっては違う。
「だけど獣人族たちは、あんたたちを殺したいほど、憎んでいるでしょうしね?」
そういえば、フィーリとともにきた獣人族も、とらえられていた獣人族も、射殺さんばかりに、人攫いたちを見据える。内何人かはフィーリの言葉に頷き、何人かは拳を強く握っていた。
「だから、死にたくないなら、獣人族のみなさんのいうことをよく聞いて、条件を守ることね。」
その言葉に誰も反論はしなかった。それを確認したフィーリは振り返り、背後にいたケイに話しかけた。
「ケイさん、私は予定通りこの遺跡を探索します。数日はかかると思うから、その間はあいつらのことを任せます。」
「……わかった。」
「いいですか、条件は絶対ですからね。」
ケイに念を押すとフィーリはその場をあとにし、遺跡の奥へと進んで行った。
そんな彼女の背中を目で追うケイ。彼女が奥へと姿を消しても、視線を外すことはなかった。
「ケイ、こいつらどうする? ……ケイ、聞いているか?」
仲間の言葉に、ケイははっと我に返った。
「そ、そうだな。この人数だと村に連れて行くのは難しいし、距離もある。」
獣人族の足でも半日はかかった。その道のりを、たった数人で十人以上の捕えた者をつれていくことは、不可能だとケイは結論を出す。
「フィーリ殿が戻るまで、この場に留まるのが一番だろう。」
幸いにも、やつらが根城にしていたため水も食料もあるから、餓死することはない。捕まっていた娘たちも自由の身になったとはいえ、心労により疲れているし、今から遺跡を出発しても、村につくのは深夜になってしまう。
「今夜はここに留まり、明日、見張りを残して、女たちを村へと連れて行こう。」
ケイの言葉に仲間達は頷いた。たださすがに人数がこころもとないので、応援を呼ぶことにし、足に自信がある者が出発した。
「ケイ、今出発した……ケイ?」
仲間を見送った者がケイに話しかける。だが名を呼んでも、返事は帰ってこず、ケイに不審な視線を向けると、ケイはフィーリが向かった先を見ていた。
「……悪い、後は任せる。」
迷うかのように視線を彷徨わせたあと、ケイはそう言って、フィーリの消えた遺跡の奥へと走り出した。
ケイは入り組んだ道を進む。途中耳を澄まし、フィーリの足音を探り、方向を確認するとまた足を進めた。十分ほど進むと、話し声が聞こえ、角から覗き込む。
(あれは?)
ケイは心の中で首を傾げた。フィーリがなんの変哲もない壁の前で、棒立ちになっていたのだ。首には白い蛇を巻き、壁に掌を置いている。
「ここ? ……うん、怪しいね。」
フィーリの言葉に、白い蛇の尾が揺れる。フィーリが唸りながらも、壁を手探りに触る。そして壁に描かれた模様の一部分を触ると、一瞬だけ光ったかと思うと壁が消失した。
「ビンゴ!」
フィーリの嬉しそうな声が響く。ケイは、壁が消失した壁の先へ視線を向けると、部屋あった。その部屋の中央には、石造りの台座とその上にこぶし大の、赤い宝玉が置かれていた。
フィーリが台座に歩みより、宝玉に手をかざす。すると、地面に魔法陣が現れ、フィーリの身体が光に包まれた。
反射的に、ケイは角から飛び出した。
「……フィーリ殿!」
名を呼び、手を伸ばす。名前を呼ばれたフィーリが振り返り、驚きにより目を見開いた。フェーリが何かいうよりも早く、ケイが一歩、魔法陣の中に足を踏み入れた瞬間、光が爆発した。
光がやみ、視界が戻ってきたケイがみたのは、天井も、壁も、床も全て石造りの廊下だった。さきほどまでいた場所とそう変わらないようにも思えたが、薄暗いため廊下の先まで見通せず、照明が青白いため、気味が悪く感じた。
「ここ、は?」
「迷宮よ。遺跡から転送されたの。」
つい漏れた疑問に、背後から答えがあった。その言葉にケイは恐る恐る振り返る。
「フィーリ殿……」
「なぜ、あなたがここにいるの? ケイさん」
整った柳眉を顰め、不機嫌を隠そうともしないフィーリが、ケイを睨みつけていた。
「それは……」
ケイは口ごもる。自分でもなぜフィーリを追い、そして飛び出したかわかっていなかったからだ。ただつい彼女から目が離せなくなり、彼女が光に包まれた瞬間、彼女がいなくなってしまうのではと思い、考える前に飛び出していた。
垂れた兎の耳がいっそう垂れ、俯き黙ってしまったケイに、フィーリはため息をつく。
「きちゃったのはしょうがない、か。」
終わってしまったことをとやかくいってもしょうがない、とフィーリは割り切り、薄暗い周囲を見まわす。
「みたところ、一方通行の転送装置で、もどれそうにないしね。」
そうなると、ここを安全にでるには出口となる転送装置を探すしか方法はない、とフィーリは考える。
(順当に考えて、出口は最深部にあるだろうし。)
今までの迷宮探索からの経験で、入口が転送装置で一方通行だった場合、出口は迷宮の最終到達地点に用意されていることがほとんどだ。なら、彼をそこまで連れて行くしかない、ということになる。
再度、フィーリはため息を零す。
一人なら問題はない。いつものことだ。しかし、ケイを連れて行くこととなると、難易度は跳ね上がる。
だがフィーリの中に、彼を見捨てるという選択肢は存在しない。
「ケイさん、私から離れないで。勝手についてきたからって、死なれたら寝覚めが悪いから。」
ついそう嫌味を言いつつ、フィーリはケイを頭からつま先まで見る。
「迷宮には、襲ってくる魔物もいるわ。武器はある?」
「……ナイフを。」
フィーリの問いに、ケイは腰にさしてあったナイフを見せてみる。狩りに使うもので、手入れも毎日欠かさずしているため、切れ味には問題なかった。
「わかった。でも戦闘になったら離れていて。蛇は大丈夫?」
フィーリはナイフを確認し頷きつつ、別の質問を投げる。ケイが首を縦に振るのを確認し、己の旋毛に頭を置いた相棒に言った。
「オル、お願い。」
そうフィーリがいうと、オルはするりとフィーリの肩から、ケイの肩に移動する。そしてケイの頭のてっぺんに己の頭を乗っけた。
「これで、何かあってもオルが守ってくれるわ。」
その言葉でケイの身を守るために、フィーリが己の使い魔に指示をしたのだと理解した。
使い魔は愛玩動物ではない。否、趣味で使い魔を持つ者も世の中には存在するが、主が使い魔の能力を使用する為に、主従の契約し、使い魔は対価を得るのだ。
使い魔の能力は、主人の魔力の増強や補助、他特殊能力と様々だ。
現にフィーリの使い魔であるオルも、結界魔法を扱ったり、探索能力に優れていたりと、主人の補佐をしている。その使い魔を己の守護に回すということは、その分フィーリの負担が増えるということがケイにもわかった。
「しかし、それではフィーリ殿が……」
ケイの言葉にフィーリは首を横に振る。
「念のための保険よ。私は大丈夫。」
むしろオルがついていないと集中できない、とフィーリは言い、ケイは項垂れるように頷いたのだった。
「あと、面倒だからフィーリでいいわ。畏まった言葉使いもいらない。」
思い出したようにフィーリは言った。もともとフィーリは年上の人間に、敬語を使われたり、畏まった物言いをされたりするのは苦手だった。自分が敬語を使う分には気にならないが。
「……俺も、さん付けは不要だ。」
ケイが了承したことを確認し、フィーリは刀の柄に手を置き、薄暗い廊下の先を睨む。
「では、油断せずにいくわよ。」
そう言って。フィーリは一歩を踏み出した。
フィーリとケイ、そしてケイの首に巻きついているオルは、薄暗い廊下を進む。途中、落とし穴を回避したり、壁から放たれた矢を叩き落したり、迷宮に住みついていた魔物と戦闘になったりしたが、フィーリは慣れた様子で処理をした。その後ろを、ケイは邪魔にならぬようついて行く。
ふと、フィーリが足を止めた。
「……止まって。」
今まで以上に緊張感を孕んだ声に、ケイも強張った。ふと彼の耳に、複数のうめき声と、足音が届く。それは今進んでいる廊下の先の、部屋から聞こえてきていた。
そして人より幾分か視力のいい獣人族のケイが、目を凝らしてみると、人影があった。だが、ただの人ではない。
「あれは……」
その姿を視認し、ケイの声が震える。部屋の中には何体もの、人ではなくなった、人の形をしたモノがいた。
「死者の兵、ね。」
そんな彼に、フィーリは冷静に言いつつ、己も先の部屋の様子を窺う。
そこにはフィーリの前世でいうところの、ゾンビが闊歩していた。変色した肌、腐り落ちそうな腕や零れ落ちそうな眼球など、目を背けたくなるようなグロテスクなものから、白骨の骸骨が剣と盾を持っていたりと種類は様々だ。
「迷宮に迷い込んだ者の成れの果て、にしては数が多い気がするけど。……迷宮には、ああいった類が多いのよ。」
そもそも迷宮とは、まだこの世界が天界、冥界、地上界と三界に分かれていなかった時代に造られたものだと伝えられている。誰が、なぜ、どれほどの数を造ったのかは不明。一説には「神々が人々に与えられた試練」や「邪神が暇つぶしに造った遊技場」と様々な推察がある。そして迷宮を踏破した者には、様々な恩恵が与えられると言われていた。
それは一生遊んで暮らせるほどの財宝だったり、神器級の武器だったり、禁忌の魔法書だったり、または『祝福』だったり、と言われている。
そのため、冒険者の中には、迷宮探索を主とする者もいて、フィーリもその一人だった。
だがその分、危険も多い。迷宮には罠が張り巡らされ、魔物が跋扈し、迷宮によっては前方のように己自身が迷宮に取り込まれたりする。
「ここから動かないで。」
フィーリはケイにそう指示すると、朱塗りの鞘に収まった刀を、腰のベルトから外す。
「どうするつもりだ?」
「倒すに決まってるでしょ。」
ケイの言葉に、フィーリは当然のように答えた。だがその答えに、ケイは眉間に皺を寄せる。
「しかし、あれは死者……不死の者を倒すのは。」
ケイは最後までいえず口ごもる。不死系の魔物は、時折地上にも出現する。しかし、他の魔物と違い既に死んでいるため、斬ったりするだけでは倒せない。
オルの言葉にフィーリは頷いて見せた。
「わかってる。不死の者を倒すのは、燃やすか、跡形もなく粉砕するか、浄化するか……だけど私の腕力じゃ粉砕は無理だし、限られた空間で炎の魔法を使うのはまずいから……オル。」
フィーリが相棒の名を呼ぶと、ケイの肩から微動だにしなかったオルが、むくりと鎌首を持ち上げる。金色の双眸が仄かに輝いたかと思うと、ケイとフィーリの間に、穴があいた。
突然の出来事にケイが言葉をなくしていると、フィーリはその穴に手を入れる。そして穴から彼女の手が戻されると、手には金の装飾がほどこされた白の鞘に収まった剣が握られていた。
「剣が!?」
なにもない場所に穴が開き、そこから取り出された剣に、ケイは驚き大きな声を上げる。その声の大きさにフィーリは眉を潜めた。
「声がでかい。あとこれ持ってて。」
そう言ってフィーリはケイに刀を渡すと、新しく手にした剣を腰に装着する。
「それは……」
着々と準備を進めるフェーリに、手渡された刀とその方なの持ち主の顔を交互に見つつ、思考が止まっているケイは声をかける。
「これ? 銘は『聖者の心が宿り剣』だったかな。浄化の光魔法が付与されているわ。」
「いや、剣の名ではなく……」
その剣はどこから出て来たのか、と問いたいが、うまく言葉にすることが出来ず、口ごもるケイにフィーリは肩を竦めてみせた。
「他になにか? ……とりあえず、片づけてくるわ。」
そう言うとフィーリは剣を抜き放つ。白銀の刀身が顕わりなり、なぜか淀んだ空気が、軽くなった気がした。刀身はよく見れば、淡い光を纏い、神秘的に輝いている。
それが剣に付与されている、浄化の光だとケイは思った。
フィーリは駆け出し、死者の兵がいる部屋に飛び込んだ。すぐ目の前にいた死者の兵を、剣で一刀すると、死者は一瞬で砂と化す。
浄化されたのだとケイは理解した。だが、いくら浄化の光が付与されている武器だからといって、一太刀で砂と化すほどの作用があるとは思わなかった。浄化魔法を、効果を表すには相応の時間を要する。浄化効果を得られる聖水も、量と時間が必要だ。
つまりあの剣には、たった一太刀で浄化できほどの威力が付与された剣であり、価値は国宝級……もしかしたらそれ以上の価値あるものかもしれない、ケイは考えにいたり、預けられた朱塗りの刀を持つ手に力が入る。
フィーリの動きは鋭く、速い。対して数は多いものの、死者の動きは緩慢なため、その攻撃がフィーリに届くことは皆無。フィーリは淡々と攻撃を避け、死者の兵に淡く輝く剣の刀身を、食い込ませていった。
ふとケイは持つ刀に違和感を覚えた。刀がその大きさと比べ軽いのだ。
フィーリが持つには、刀身が長い太刀。興味本位で抜いてみようとケイは柄を持つが、引き抜くことはできなかった。
首を傾げるケイにオルが尾で肩を叩き、尾の先でフィーリを指す。
どうやら戦闘は終わったらしかったため、ケイは刀を手に部屋へと向かう。
部屋の中には死者の兵はおらず、床に砂の山が点々とあっただけだった。
「安らかに……」
ケイはフィーリに近づくとふと耳に、静かな祈りの声が届く。
視線を向ければ、彼女は目を閉じ、黙祷を捧げていた。
「フィーリ?」
「なんでもない。いこう。」
ケイの言葉にフィーリは瞳を開けると、ケイから刀を受け取ると、先へと足を進めた。
「今日はここまでね、オル。」
それから二時間ほど探索を続け、フィーリは足を止めた。場所は罠も魔物もいない小部屋だった。
フィーリの言葉にオルはケイの肩から地面におりると、一瞬だけ金色の双眸を輝かせる。
周りの空気が変わった気がして、ケイはあたりを見回したが、特段変わった様子はなかった。首を傾げるケイにフィーリが口を開く。
「オルに周囲に結界を張ってもらったわ。ここなら野宿しても安全よ。用を足したい時はいってね。」
そう言ってフィーリは装備を外し、身体をほぐす様に背伸びをしつつ、言葉を続ける。
「食事の用意をするわ。とはいっても干し肉とパンとお茶しかないけど。」
フィーリの言葉を聞きつつケイは、ん? と首を傾げた。フィーリは迷宮に入る時、武器以外はもっておらず手ぶらだったはずだ。どこにも食料など持っていないはずだ。
「どう……」
やってと問おうとケイがフィーリに視線を向けると、そこには簡易型コンロで湯を沸かそうとしているフィーリがいて、目を見開く。傍にはパンや干し肉の塊が布の上におかれ、調理用のナイフもあった。
「ん? どうしたの?」
驚きで言葉を失っているケイに、フィーリは首を傾げてみせる。
「その荷物はどこから……」
「ああ、オルに出してもらったの。」
フィーリはそう言うと相棒に視線を向け、ケイもつられて視線を向けた。その先には、白い蛇が蜷局をまいてくつろいでいる。
「私の荷物は、全部オルの魔法で作った収納用の空間に保管してもらっているのよ。」
「だからさきほどの剣も……」
ケイは合点がいった。使い魔の能力で、異空間に物を収納していたのだと、理解できたからだ。だが本来、結界魔法も空間魔法も高等魔法であり、人間に使役される使い魔が扱う出来るレベルではない。しかし、それを知らない田舎暮らしのケイは、その事実に驚くことはなかった。
「はい、毛布。私は外套があるから使って。」
そう言ってケイに毛布を投げ渡す。そしてフィーリはケイに念を押すように言った。
「あと、私には、必要以上に近づかないで。」
刀に手を置きながら言われた言葉に、ケイは首を縦に振った。
それから干し肉とパン、お茶のみという食事を終えた二人の間には、沈黙が流れていた。
灯りはフィーリが収納用空間から取り出したランプのみ。ランプの中でゆらゆら揺れる炎が、二人の影も揺らしていた。
「フィーリ、質問してもいいか?」
沈黙に耐えられなくなったケイが口を開いた。返事はないが、拒否する雰囲気を感じられず、ケイは質問を口にする。
「なぜ、この迷宮の入口があるとわかったんだ?」
ケイはなぜフィーリが、何も変哲のない壁の仕掛けを見破り、迷宮への入り口を見つけたのかが不思議だった。この遺跡自体に隠蔽の魔法がかけられているため、探索の魔法も使えないと彼女は言っていたはずだったからだ。
「あそこの壁の模様だけ、微妙に他のところと図柄が違ったと、周りの間取りを比べたら、先に空間がありそうだったから。」
ケイの言葉にお茶を啜りながら、フィーリは答える。
「他の場所でも、そういう仕掛けはみたことがあったしね。ま、迷宮の入口は遺跡じゃなくても、美術館に展示された水晶とか、民家の庭先の岩が転送装置だったこともあったけど。」
あれはさすがに驚いた、と付け加えるフィーリ。そんな彼女にケイはさらに質問をぶつけた。
「なぜ、フィーリは冒険者になった?」
剣も、魔法も、達人級の腕前であり、容姿も最上級。さらに知識も豊富で頭もいい。国から声がかかってもおかしくないほどの人材だ。
「祝福持ちなら、危険を冒す必要もないだろう。」
神々から祝福された存在は、国家の宝であり保護対象だ。それほど『祝福持ち』は国にとっても有益であり、重要な存在。捨てられた孤児が『祝福持ち』だと発覚したため、国で手厚く保護されたばかりか、貴族へ養子に入ったという話もあるほどだ。
「祝福持ち、ね。」
ケイの言葉に、フィーリは呟く。その呟きには若干、皮肉の声音が籠っていた。
「ねえ、金持ちはみんな幸せだと思う?」
「え?」
唐突な問いに、ケイが瞬くを数度繰り返す。フィーリは目を細め、揺れるランプの炎を見ているだけだった。だが何を思い出したかのように、表情は険しくなる。
「フィーリ……?」
ケイは名を呼ぶ。
「私は……」
ケイの声に反応して、フィーリは口を開こうとしたが、すぐに口を閉じ、頭を横に振ると立ち上がる。そして壁に立てかけてあった刀の側にいくと、刀の横に座り、壁に背を預けた。
「私は寝るわ。もう話しかけないで。」
そうケイに有無を言わさない口調いいきり、フィーリは目を閉じる。オルがフィーリの膝に頭を置き、同じように目を閉じた。
ケイは何もいうことが出来ず、渡された毛布にくるまり横になると、己も目を閉じたのだった。
迷宮に入り三日目となった。
「きりがないわね。」
フィーリがうんざりした声音で言った。
二日目は初日と同じように、罠を避け、魔物を討伐し、死者の兵を浄化しては、見つけた階段を下りていく。迷宮にはいってから、いくつもの階段を下りたが、まだ最下層にはつきそうになかった。予想していたよりも、巨大な迷宮だったみたいだ、とフィーリは考えを改める。
ふと開けた空間に出た。広さとしては、遺跡の聖堂くらいだろう。しかし広いだけでなく、大きな穴があった。
「縦穴?」
フィーリは首を傾げつつ、目の前に広がる穴を覗き込む。底が見えず真っ暗だったが、下から風が吹き、フィーリのピンクゴールドの髪を巻上げた。上を見上げれば、今まで下ってきた階層がみることができた。
「【光】」
フィーリが力ある言葉をいうと。掌の上に光の玉が現れる。拳大のその光の玉を、フォーリはそっと穴の中に落す。光の玉はゆっくりと降下していき、最後は闇に呑まれて消える。
「……どこまで続いているんだ?」
フィーリと同じように覗き込んでいたケイが言った。フィーリは肩を竦めてみせる。
「さあ? だけど、丁度いいわ。」
「丁度、いい?」
フィーリの不穏な言葉をケイが聞きとがめる。
「私達が目指すのは最深部よ。」
そう言ってフィーリは穴の底を指さす。
「ここを落ちれば丁度いい。無駄に時間がかからない。」
当然のような口調で、とんでもないことを言いだすフィーリ。二人と一匹の間を沈黙が支配する。
「……すまない、もう一度言ってくれないか?」
フィーリが言った事が理解できず、ケイは再度問いかける。
「無駄に時間が……」
「その前だ。」
「私達が目指すのは……」
「……わざとやっているだろう?」
思わずじと目でケイが睨むと、フィーリは涼しい顔でさらりと流す。そして、彼の腕を掴んだ。
「『落ちれば丁度いい。』 さ、行くわよ。」
ケイが身構える時間も与えず、有無も言わさず、フィーリは穴へと飛び出す。もちろん、彼の腕を掴んだまま。
ケイの悲鳴が縦穴に木霊した。
相棒オルはアイテムボックスも兼ねてました。
落ちた先がモンスター部屋じゃないといいね、主人公。
※作者はダンジョン系ゲームで、探索が面倒になりわざと落とし穴に落ちる人間。そしてモンスター部屋でひどい目に合うお約束(でも懲りない)
書くたびに文字数が増えていく不具合発生中。