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魔法使いの館の物語  作者: 優緋
悪魔と魔女の内緒の約束
2/28

雀の引越し

 青色のワゴンが高速のパーキングエリアに入って駐車場で空いている白い枠線の中で止まる。

 平日であるため、空いている場所は多い。

「大丈夫か?」

「ええ……」

 エンジンを止めて尋ねたが答える声に元気がなかった。竜児の隣で背凭れに寄り掛かってぐったりとしている。

「ここで少し休もう」

「でも……」

 早く雀に会いたいと言いかけて、私を気遣って、もうここで休むことを決めているのに気がついた。私が何を言っても無駄だ。

「はい」

 返事を聞くと竜児は深緑のジャケットを着て車を降りた。

 パタン

 扉が閉まるのを見てから、天井を向いてずらしていた額のハンカチで目を覆った。


 竜児は車を出ると、煙草に火をつけて自動販売機の方へ歩く。

(まぁ、俺も新しい娘には早く会いたいから気持ちはよくわかるけど)

 でも、だからって自分をないがしろにしていいわけではない。せめてもう少し、自分を労わってやって欲しい。

 そんなことを考えながら4つ並ぶ自動販売機の前に来て1つにコインを入れ、あたたかいと書いてある場所のボタンを押す。

 ガチャン

 落ちてきた缶コーヒー2つを片手に持って、車へ戻る。


「ほら」

 目の前には自販機の缶コーヒー。

「ありがとう」

 車の座席で竜児から缶コーヒーを緩慢な動作で受け取る。

「あんまり体、強くないのに張り切り過ぎだ」

「ごめんなさい。でも、楽しみだったから」

「わかってるよ」

 竜児は、そう言うとカーナビをつけて道を確認する。

 竜児は前を向いて、ハンドルを握る。エンジンをかけて、菫を気遣いながらゆっくりと走り出した。


 今まで母と2人で暮らしていたが、その母が他界したので、雀は志田切の家に引っ越すことになっていた。

 既に家具は引き取ってもらっていて、箪笥や冷蔵庫などの大きな家具は無い。残りは、雀の引き取り先に持って行く荷物だけになっていた。

 雀は最後の段ボール箱にガムテープを貼って、荷造りを終えた。

 荷物は衣類を入れても、たった2つの段ボール箱に収まってしまった。

 ふぅ。

 息を吐いて部屋を見ると物が何にもなくて広かった。

 この家に引越ししてきた時は広くて素敵だと思ったのに、今の片付いた部屋は物がなくて、広くて、殺風景だった。

 同じ広さなのに入った時と出て行く時では、全く違う広さを感じさせた。

 ピクっと何かを感じて、視線を窓の外に向ける。

(……ん?来たのかな)

 迎えに来ると言っていた菫が来た気がして、雀は窓の傍に来た。

 キキーーッ。

 家の外で車の止まる音がした。

 2階の窓から外を見ると、青いワゴン車が車道に寄せて止まるのが見えた。中から菫叔母さんと竜児叔父さんが出てきた。

 ピンポーン。

 ほどなくして家のチャイムが鳴る。

「少し待ってください」

 声を聞いた竜児が数歩後ろに下がってから上を向く。そこで2階の窓からこっちを見ている雀を見つけた。

「わかった」

 返事を聞いた雀は段ボールを持って下りて、階段の下に置いた。通路に置いてある段ボール箱を避けて、玄関の扉を片手で開ける。

「どうぞ」

 そう言って扉の前にいる引越しの手伝いに来てくれた2人を招き入れる。と言っても、運び出す物が殆どないため、雀を迎えに来たような感じになってしまったが。

「久しぶり」

「こんにちは」

 2人が、それぞれ挨拶する。菫は杏の最期を看取った1週間前に会っている。菫の夫の竜児とは本当に久しぶりだ。

 竜児に杏が魔女だと知られないために菫が、あまり合わないようにしていたからだ。

「どうぞ」

 2人は雀に言われ家の中に入って行った。


「何だ、荷物ってこれだけか?少ないな」

「はい」

 竜児は荷造りされた荷物を見る。

 引っ越すのが1人とはいえ、ここまで荷物が少ないとは思っていなかった。これなら、すぐに終わる。

 竜児の後ろで菫が目を伏せる。

 魔女の家系である志田切家に生まれたため、菫には魔女であるという痕跡を残さないように、杏が目立たないようにひっそり暮らしていたのだとわかった。

 そのために辛い事も多かったと思う。だから雀には今まで以上に幸せになってほしい。

「それじゃあ、早く終わらせよう」

 竜児は段ボール箱を抱えて車に積み込んだ。雀も同じように段ボールを持ったが、重くてふらふらしながら歩いた。

 雀は車の前の竜児に段ボール箱を渡して、竜児がそれを積み込んだ。

 段ボール箱を乗せると車がその重さで僅かに揺れた。それを見てやっぱり、重かったのだと雀は思う。

 荷物が少なかったから、積み込みはすぐに終わる。

「それじゃあ行くか?2人とも、車に乗れ」

 雀が車に乗るまで、家をちらちら見ているのに菫は気がついた。あの家は雀と杏の思い出が詰まっていて名残惜しいのだろう。

「ほら、早く」

「ちょっと待って」

 竜児が、再び声をかけたが笑顔の菫が止める。

「ねぇ雀ちゃん、この家との最後の思い出に写真撮らない?」

 菫がにっこり笑いながら、ポシェットからピンクの小さなデジタルカメラを取り出して見せる。

 パタンッ。

 雀がどうしたらいいか困っておろおろしているとドアの閉まる音がした。

 そっちを見ると竜児が菫の隣まできて、こっちを見ている。

 目が合った雀の動きが、ぴたっと動きを止まる。

「お願い、します」

 小さい声でそれだけ言って、とことこ歩いて雀は門の前に立った。

 思えば写真なんて殆ど取ってもらった事がなかったから、雀は気恥かしくて表情が硬い。

「表札も入れたいから、もう少し右に寄って」

 雀は後ろの表札を見て、小さな歩幅でちょっと移動する。

「この辺りでいいですか?」

「いいわよ」

 カメラのレンズを通して見た雀は、下を向いていて顔が見えない。

「こっち、見て雀ちゃん」

 雀は恥ずかしくて赤くなった顔をゆっくり上げた。

 カシャッ

 その顔が可愛いかったから、シャッターを切った。

 いい写真が撮れたと思ってカメラの画像を見る。けど、そこに写っている雀の顔は少し悲しそうだった。

 おかしいと思って前を向くと、雀は笑っている。

 写真に写っているのは雀の心だ。菫が取った写真は微かに残った魔女の才で人の心のような目に見えないものを写してしまうことがある。

(この家での最後の思い出が、悲しい表情の写真なんてあんまりだ)

「ねぇ雀ちゃん、もう1枚ね」

「はい」

「笑って。この家との最後の思い出だよ。ね、この家であった楽しかった事を思い出して、いい思い出にしようよ」

(本当にそれでいいのかな?)

 雀が困っていると、目の前に菫の優しい笑顔。つられて雀は、はにかんだ笑顔になった。

 カシャッ

 菫が、タイミングよくシャッターを切った。

 写真の雀の笑顔を見て菫はほっとした。

「それじゃあ、行きましょうか」

「はい」

 少し元気が出た雀が、走って車の後部座席にちょこんと座る。

 菫が車に乗ったのを確かめると、竜児は車のアクセルペダルを踏んで、山内の家を後にした。


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