魔法使いの館での出会い ~火の神~
戻ってきた晃は、床に座って本を読んでいる雀を見て呆れた顔をした。黄金お婆ちゃんも同じような表情でこっちを見ている。
「話は終わった。ところで……どこに座っているんだ、雀?」
「えっ?」
そう言って周りを見て、はっとした。ここは、埃だらけだったのを本を読むのに夢中ですっかり忘れていた。そんな所に座れば当然、埃が服に着く。雀は、恥ずかしくて、顔を赤くしてちじこまる。
雀が、埃を手で払った。
「ここは、雀のお母さんが、お父さんと結婚するまで使っていた館だったんだよ。その頃は、たくさんの魔法使いが、集まってきていての。日々、魔法の技術を競い合ったり、知識を交換したりしていたよ。もし、雀も魔女になるなら、ここで魔法を学ぶとええ」
「う、うん」
(あれ? 魔女になるなら、っていうことは、まだ、魔女じゃないってこと?)
「……お前は、まだ魔女じゃない。魔女になるには満月の晩にしかできない。それまで本当に魔女になるかどうか、じっくりと考えてから答えを出しなさい」
雀の心を見透かしたかのように黄金がゆっくりと答える。
「うんっ……わかった」
その話の後は、この館を黄金お婆ちゃんに案内してもらいながらたくさんたくさん私の知らないお母さんの話を聞かせてくれた。
「わしは、もう暫くこの館を見て回ってくるよ、雀も一緒に来るかい?」
雀は、周りにある珍しい本に既に目移りをしていた。もう、早く本を読みたくてうずうずしていた。
「私は、ここで本を読んでるよ」
「わかったよ」
黄金は、雀と別れ、館の奥に消えていった。別れた雀は、一番気になる本――さっき黄金が手にしていた『魔女の手記』を手に持って椅子の埃を払って、本の表紙を捲った。
「ねぇ、そういえば昨日、泉に誰かに落とされたんだけど」
雀は、本を読みながら、後ろに立っている晃に尋ねた。
「ああ、それやったの俺」
雀の後ろで立ちながら本を読む晃が、しれっと答えた。
「やっぱりそうなんだ」
昨日落としたのが、魔法を知っている人であるなら、晃しかいないけど、一応確認のために聞いた。
「ああ、悪かったな」
「ねぇ、何でそんなことしたの?」
続いて聞いたが、答えが返ってこない。どうかしたのか気になって後ろを振り向いたけどそこにいたはずの晃は、いつのまにかいなくなっていた。
きっと、何処かで本を読んでいるのだろう。
ふと何かを感じた気がして雀は、本から目を離して窓の外を見た。
窓の外には特に変わった様子はない。気のせいかと思ったが、まだこの館の庭は見ていなかったこともあり、外に出てみる事にした。
雀は館の扉を開け、外に出た。
そこで、場違いなマントを羽織った青年が、黒い森を背景にして宙に浮いる人を見つけた。炎のような紅い髪、紅い瞳。そして掌の上に炎を揺らめかせていた。
雀の後ろから晃が、雀の様子を見に出てきた。
「雀、どうし――」
晃は、宙に浮いた青年を見て、手を顔にやり、困ったっていう態度をとる。
「見つけたぞ、晃。……いや、黒き漆黒の破壊者、殺戮の大魔」
「……えっ、何そ――」
雀は、驚いて晃の方を振り向きかける。雀の言葉が終わる前に、青年は掌の上にあった炎から、火の玉を飛ばしてきた。晃がいるのは、雀の隣だ。当然、火の玉は雀も被害を受ける。
雀は、声を出すことも出来ず、ぎゅっと眼を閉じた。
(……)
一瞬明るくなって、すぐにその灯りが消える。覚悟していた火の玉が当たった感じはしない。
ゆっくりと眼を開けると、すぐ隣の晃が蝙蝠の翼で雀ごと包んでいた。まるで、悪魔のように。
(何これ?)
だって、晃君の翼は天使の翼のはず。雀は困惑していた。
(羽を2種類持っている……?普通の天使でも悪魔でもない。晃君は、一体なんだろう?)
複雑な気持ちで、晃の顔を見上げた。
彼は、どこか楽しそうに僅かに唇の端を上げていた。口の中の歯の中に尖った牙の様なものが覗いていた。無口で無表情な晃のこんな表情を始めてみる。
さっき飛んできた火の玉は晃君が伸ばした手で止めてくれたらしい。何事もなかったように手からまだ煙が出ていたがそれを晃は、握り潰す。
他の場所にも当たったはずの火の玉は何も燃やしてはいない。
「久しぶりだな。……火神ラード」
晃が、宙に浮いていた青年を見てそう言った。
「何がどうなってるの?説明してよ」
晃に問いかけたが、代わりにラードが返答した。
「そいつは、かつて神を何柱も殺した堕ちた神の仲間……我々に背く悪魔の1柱なんだ」
雀には、横に立つ晃が、そんなに悪い人には見えない。一瞬だけ、晃の顔が曇ったのを雀は、見逃さなかった。
ラードは、とても怖い顔で晃を睨んでいた。その表情は、嫌いというよりも憎んでいるようだった。それに対して晃は、余裕の表情で受け流す。ラードの相手にしてないというよりも楽しげだ。まるで違う2人の表情、いったいどんな関係なのか雀は気になった。
「本当なの、それ?」
「……ああ」
晃は、簡潔に答えた。
ラードは、晃が認めたので、さらにきつく睨みつけるが、相変わらず平然といている。
(本当に晃君は、ラードが言っているようなことをしたのだろうか?)
雀には晃が、そんな悪い人には見えない。実際にさっきの炎は、晃の手以外を燃やしてはいない。にも係わらず晃君は怖がらせないために私を守ってくれた。関係ない私を助ける必要はなかったのに。
雀は、1歩前に出て、両手広げた。
「あなたは、藤堂君が本当にそんな人だと思うの?そんなことをしたって言い切れるの?」
「それは、しかし……、お前こそ晃が原因でない、と言い切れるのか?」
ラードは、晃が本当にそんな事をしたのかどうか、知っているわけではない。ラードは、自分よりも階級の上の神に聞いただけだ。だから、言い返す事しかできなかった。
雀は、本当に信じられるかどうか晃と会ってからの事を思い出す。人の輪の中に入らず、1歩引いた所から見ている優しそうでどこか寂しそうな笑顔を。
(信じられる)
雀は、そう確信する。
「……私には、わからない。でも、もし本当に神様をたくさん殺していたとしても、もうきっとそんなことしないよ!!」
「信じられるものか!!例えそれが本当であったとしても、そんなこと関係ない、俺は絶対あいつを許さない!!」
当然だ、直接ではないのかもしれないが、ラードの父親を殺した事に加担しているかもしれないのだ。
ラードが私をきつく睨みつけられる。怖い。それでも、ここは、引きたくなくって、睨み返した。それでも絶対に引きさがらない。
睨み合いがしばらく続くが、雀の目は、揺るがない。ラードに雀の意思が伝わったのか、諦めたようだった。それでもただでは引き下がるつもりなかった。ラードは晃に条件を提示する。
「いいだろう。ただし条件がある。晃、お前がその悪魔の力で人を傷つけたら、その時は俺が必ずお前を燃やす」
「それでいい藤堂君?」
「……ああ」
勝手に決めてしまったので、晃に確かめると、少し考えてから、仕方がないというように晃は肩を落とした。
ラードは、返事を聞くと羽織っていたマントを翻して空気に溶けるように姿を消した。
(ま、別にラードごときに燃やされる俺じゃ、ないしな)
実際、今までに何度もラードに襲われても力の半分も晃は出していなかった。悪魔としての格が神のラードよりも上なのだ。ラードの覚悟が中途半端なものでないため、殺さないようにすることのほうが難しいのだ。
「ねぇ、藤堂君これでよかったの?」
「ああ」
本当は、雀に悪魔だと知られるほど近づくつもりはなかった。しかし、もう知られてしまったので、魔女の事以外は、話したくない事があるだけで、いくら自分の事を話しても、晃は一向に構わなかった。
館の扉が大きな音を立てて、開いた。黄金お婆ちゃんが、姿を現す。
「何事だい?」
雀は、黄金に何が起こったのか一生懸命説明していた。後ろで晃が、その様子を何処か楽しそうに見ていた。