ゼンマイ兵士と月の妖精
昔々、あるところにゼンマイ仕掛けの兵士がいました。
彼は立派な勲章を沢山つけた豪華な軍装に身を包み、おもちゃの銃をしっかり持って、誰かに一度バネを巻かれればそれが解けきるまで行進し続ける運命に縛られているのです。
しかし、彼は元々は人間でした。
小さな国の小さな村に生まれた彼は、息が出来ずにそのまま死にかけていました。
その時、彼は夢を見ていました。
銃弾飛び交う征野にただ一人、硝煙弾雨を物ともせずに敵軍の前に立ち塞がる彼の背中には決して傷付く事のない純白の翼。
怯えながらもひたすらに射撃する兵士達に向かって、彼は大声で囁きました。
「去れ。さもなくば死あるのみ。」
それを聞いて恐れをなして我先にと逃げる者もあれば、恐るるに足らずと猶留まって彼を撃つ者もありました。そんな愚かな兵士達に、彼は制裁を加えるのです。
しかしその時、天から彼目掛けて光が射しました。何事かと彼が見上げてみると、そこには太陽の神が居たのです。
太陽の神は彼に向かって言いました。
「貴方はあまりに多くの命を手にかけた。」
そうして太陽の神はブリューナクを投擲し、彼を死に至らしめたのです。
その数日後の事でした。彼は突然息を吹き返し、何事も無かったかのように泣きだしたのです。神が彼を救ったと、人々もまた泣いて喜んだのでした。
冬の大地に生まれた彼は順調に育ち、ある時、旅立ちを決意します。両親は彼の旅立ちを知らず、彼は消えてしまったと悲しみに暮れました。
彼が旅立ったのは彼の生まれた場所よりも更に北の、まさに極寒の地でした。そこで凍えかけていた彼に、一人の男が手を差し伸べました。その男の名はレフと言い、軍の高級官僚だったのです。
彼はレフのもとで17歳まで育て上げられ、その間に3人の少女と交際し、3人とも殺害しました。
1人目は彼女の「好き」という言葉の重みに耐え切れなくて。
2人目は彼女の異常な程の純粋さに恐怖を感じて。
3人目は遊び心で撃った家の対物ライフルの衝撃波で。
そうして彼は3人と交際し、3人とも殺害し、立派な少年になりました。
そして彼が17歳になった年のある春の日、彼はレフに連れられて怪しい施設に行きました。そこには世界中から50人近くの研究者と数々の研究設備が集まっていました。
彼は白衣に身を包んだ2人の男に引き渡され、服を脱がされ、何度も何度もシャワーを浴びて、真っ白な部屋に入りました。そこで彼は身体中にケーブルを繋げられ、何日にも渡る検査を受けた末に施設の地下へと連れられて、脳を摘出されました。
しかし計画は予想外の事態により途中段階で挫折し、彼の脳と身体は別々に保管される事となりました。
それから12年、彼の脳は機械に適応するために補完され、彼は施設内のコンピュータの一部となりました。
その2年後、彼は施設に研究の為に連れて来られた少女に恋をして、音声合成装置とロボットアームを使って彼女に接触し、孤独だった少女と次第に心を通わせるようになり、1年間交際しました。
その後、彼は彼女を殺しました。彼女と一緒になりたくも、それは叶わない、その苛立ちが次第に殺意になり、結局彼女はロボットアームに分解されてしまったのです。
彼は危うく処分されそうになりましたが、何とか助かったのです。
それから11年の後、彼は機械の身体を貰って、上層部の命令通りに戦争をするようになりました。鉄の身体で弾を弾き、人間には扱えない兵器をいとも簡単に扱い、その様はまさに彼の生まれた直後の夢のようでした。
その姿はまさに、ゼンマイ仕掛けの兵士でした。
それから彼は幾度と無く戦場に赴きましたが、ある年に彼を研究していた国が崩壊してしまいました。そのせいで彼の計画も、彼の身体も、彼の脳も、全てが凍結されました。
3年後、彼は別の組織によって凍結解除され、その後3年間の再研究の後に記憶を消して容姿のほぼ同じ人間と入れ替えられました。
それから彼は順調に育ち、6歳の時に軍に再回収されて、それから4年経って妹と初めて出会いました。
彼は妹と5年の間一緒に過ごし、妹に縋る事で普段の不安やストレスを消していました。しかしそれ故に彼は時が経つにつれてどんどん弱くなってゆきました。
最初は彼女の声が無いと不安になり。
次は彼女の姿が見えないと落ち着かなくなり。
次に彼女に触れられないと恐怖に苛まれ。
次に彼女の存在が無い未来を考えるだけで死にたいと思い。
そして彼女の存在こそ自分の存在であると思うようになりました。
そんな彼女は無慈悲にも彼を残して死んでしまったのです。
彼は泣きました。1日中泣いて、次の日には涙を失って、その次の日には自己を失って、その次の日には死ぬ事を考えました。
しかし彼の妹は彼の死を拒みました。
結局彼は独りになって、それでも戦い続けました。どれだけ苦しくても、どれだけ痛くても、どれだけ辛くても、彼には他人の前でそれを見せる事は許されませんでした。
そこに、月の妖精が現れたのです。月の妖精は彼に救いの手を差し伸べました。しかし彼はその手を取るために、ゼンマイを巻いてもらわなければいけませんでした。
それを見兼ねた月の妖精は、少しだけ彼のゼンマイを巻いてあげたのです。するとどうでしょう。彼はおもちゃの銃で自分のゼンマイを切り取って、人間に戻ったのでした。
しかし疲れ切ってボロボロになった彼は、妖精の手をしっかりと握っていられる自信がありませんでした。そんな彼をしっかりと抱き締めながら、妖精は言うのでした。
「大丈夫だよ。」
そして兵士は妖精に抱かれて、どこかへと旅立ったのでした。
2500文字以内でこういうものを書けという要望があったので。超短編で面白みがどこにあるのか分からない文章ですが、そういうものですのでお許しを。