横山君と一之瀬さんのアンラッキーデー2
―今日はついてないな―
そう思って、僕は目の前でひしゃげた眼鏡を見て思った。
席替えでは一之瀬さんの隣になり、非常に気まずい思いをする。顔の左半分だけ、クモの糸がくっついた様なくすぐったさをずっと感じていた。
昼食の時は、佐原さんに席を取られて仕方なく食堂へ行く。ああ、そうそう、佐原さんはきっと僕のことをむさくるしくて少し気持ち悪い男子だと思っている。まあ、席に座っているくらいだから、毛嫌いしている訳ではないだろうけど。
食堂に向かうがその道すがら廊下でふざけていた1年のボールが顔面に命中した。
1日24時間のうち、目が覚めてから6時間も経っていないのに、3つも悪いことが起きた。中々の不運の確立だ。手に持っていた本が急に重く感じられる。
「すんません、大丈夫っすか?」
先輩の2年生といえど、気を使わなければならない相手ではないと分かったらしい。謝る気などミジンコほどにも感じられない1年がへらへらと笑いながら僕を囲む。
ミジンコと、微塵。
微妙だな、と自分の脳内で突っ込みを入れて、目の前の1年達を意識から放り出した。
「大丈夫だから。」
溜息を一つ吐く。「神話の予言と不運の確率論」この本をもっと早くに読み始めればもう少し幸運に当たったのだろうか、と考えながら眼鏡を拾い、立ちあがる。
まあ、伊達眼鏡なのだ。なくて困ることはない。それに、僕の顔から眼鏡が消えたことを気にする人なんていないだろう。
しかし、ついていない日というのは、何をしても何をしなくてもついていないものだ。
その日の5限目、自由学習と名づけられつつ、色々なイベントがあるたびにHRになる時間。
「あと3人、当日の昼の店番担当、やってくれる人いませんか?」
声を張り上げる学級委員。学園祭の昼の当番が不足している。昼は一番イベントも多く、みんなやりたくないらしい。別にやっても構わないが、自ら手を上げるほどの根性も公僕心もないので、黙って本を読んでいる。
本を読む限り、預言書と呼ばれる体の古く長い文書には、おおよその確率で隠された文があると言うものだ。それは、数学的な確率論で説明できるが、災害とがあってそれを見ると、古くからの本に、まるで起きるべき事柄が書かれているように見えると。
じゃあ、今日の不幸を回避するには、この本は有用ではなかったようだ、と安堵と諦めが混じってふっと息を吐いた。
「当日、他に仕事のある人は??」
パラパラと手が挙がる。残りの手の挙がらないうち、他の時間に入っている人が抜ける。残りは僕と、もう一人のむさい男子、高橋君。そして、女子数人。ただし、この女子達は出し物の準備をしてくれている。
「高橋君と、横山君、大丈夫ならやってほしいのだけど、良い?」
ここで、嫌だといって目立つことはしない。無言で、頷く。本当に面倒だ。学園祭なんてやりたい人だけでやれば良いのに。
「よし、じゃあ、あと一人。」
「あ、はい!あたしやりたい!」
思わず首筋を攣りそうな勢いで真横を見た。
「いいの?凛子?合唱部は?」
「うん、店番やりたかったし、始まる前だから、大丈夫。」
「そ、そう?」
皆、不思議な空気になる。なぜ、こんなむさくるしいメンツと一緒に、一之瀬さんはやりたいと思っているのだろう。と。ただし、僕にとっては何か考えがあるのか単に嫌がらせなのか分からなくなっていた。
でも、昼の店番なら2時間くらいゆっくり一之瀬さんと話せるかもしれない、と期待している自分にこの時は気がつくことはなかった。
その日はこれ以上悪いことが起こらないうちにと早々に帰った。
それでも、電車で重量級のおばちゃんに足を踏まれたり、水たまりを通った車に頭の上から泥水をかけられたり、それも3回も。
―このまま水たまりに倒れたら、家の温かい湯船に落ちてないかな―
そんな現実逃避をする。
やっとの思いでたどり着いた自宅は珍しく鍵がかけられていて、鞄から取り出した合鍵を玄関前のよりによって土が出て泥水が溜まっている所に落としたり。
その鍵を拾おうとしたら、鞄の中から「神話の予言と不運の確率論」がべちゃっとその上にダイブしたり。
とてもこのまま家に上がれないくらい濡れていたので仕方なく玄関でズボンを脱ごうとするが、足に張り付いて中々脱げず、玄関で無様に転がって、肘をドアノブに打ちつけ悶えたり。
挙句の果てによりによって、そのタイミングで母が帰ってきて、母はともかくその後ろに母の友人の奥様方がいらっしゃったり。
その日はすぐに風呂に入って、夕食を食べた1時間後にはもう寝た。
眠る時には、地震が起こりませんように、と本気で祈った。
次の日は、昨日までの憂鬱さが夢だったかのように、いや悪夢だったかのように、秋晴れの青々とした空が広がっていた。ここまで晴れていると、いっそ馬鹿にされている気がして青空が恨めしくなるのは僕が悲観的過ぎるからだろうか。
そうそう、ピアノを弾き始めたあの日から毎朝少しだけ早起きをするようになって、少なくとも30分はピアノを弾いてから登校している。
今日も勿論弾いてから登校したのだけど、僕にしては珍しく軽やかな長調の曲ばかりを無意識に選び、外に出た。思いっきり息を吸ってから、歩きだす。
空の真ん中を目指して駆けあがる太陽が、幾分斜めから顔に当たるのを感じで、夏が終わったんだなと実感した。
昨日、壊れてしまった伊達眼鏡を今度は細いメタルフレームの物に変えた。どうせ、前髪に隠れて他人からは大した違いにはならないとは思ったけれど、フレームが細くなった分、心なしか視界が広くなった気がした。
明るい曲のせいか、秋の空気のせいか、はたまたフレームのせいか、朝、学校までの道のりは昨日の家路の10分の1にも満たない距離に感じた。
この横山君の帰宅中の悲劇は、ほとんど実際に経験しました。
3回も車に水かけられると、憤りを通り越して悟りになります。
青田の場合は本ではなくケータイを水没させましたorz
あと玄関でびしょびしょのジーパン脱いで転んで肘ぶったのもそうです。
(肘の良い感じの所をぶつけてビリビリして悶えました)
作者の名誉のため述べますが、ジーパン脱ぎかけた所は誰にも見られてません!




