表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1




ほう ほう ほたる こい


あっちのみずは にがいぞ


こっちのみずは あまいぞ


ほう ほう ほたる こい






――――――それは、冷たい眠りに着くその刹那に垣間見える、ひとつの光だった。


耳を劈くほどの轟音、鼓膜を震わす振動。その場にいる全ての者に等しく降りかかる鳴動ののち、誰かの頭蓋の砕ける音がする。


それは一発の弾薬たまぐすり


その鉛が残す軌跡は、炎ともいえぬ熱を残していく。

等しく命を食い荒らしていくその炎は、鬼火にも狐火にも非ず、寧ろ蛍火のような刹那の種火だった。


その儚い灯を、誰しもが畏れた。




やがて、ある噂が広まる。


この国中を行脚する商人の間で、口伝くちづてに広がりつつある、幼い噂話。

日本中を放浪する、凄腕の鉄砲上手の話だ。

どんなに離れた場所であろうと、獲物がどれだけ速く馬を駆っていようと、その者が放つ弾丸は寸分狂わず獲物の額に命中するのだとか。


一発あれば仕留められる。二発目は必要ない。

その迷いのない軌跡を残す一粒の鉛で、対象は必ず死ぬのだから。




ある商人の話では、160間(約290m)ほど離れた山から、一瞬青白とも燈とも言えぬ美しい光が刹那垣間見えた。

その直後耳の中に落ちるような鳴動がし、次の瞬間には、その商人から27間ほど離れた家の中から悲鳴が聞こえた。

駆けつけてみれば、家の中では着物を剥かれかけた若い女が、男に跨られながら半狂乱で泣き叫んでいた。

暴漢に襲われていたのだろう。


しかし、不思議な事にその暴漢は既に事切れていたのだ。


額には穴が一つ。人差し指ほどの太さの、歪みのない丸い穴だった。

男に苦悶の表情が無い事から、その死は正しく一瞬の出来事だったのだと読み取れた。


恐らく種子島(鉄砲)で撃たれたのだろう。


だが、ここに種子島の射程距離の、この家の中のこの暴漢の額を寸分なく狙える場所などない。



その途端、何故か商人の脳裏に、あの向こうの山の光が過った。

まさか、と家の外を、見た時だった。



家の前に広がる田に、その空を覆い尽くすような蛍の群舞が存在していた。

あの轟音に驚いたのだろう、潜んでいた蛍が一斉に飛び立ったのだ。



――――――蛍は死んだ人間の霊魂だという言い伝えがある。


あの死んだ男の魂を、空へと連れて行くかのような、そんな幻想的な景色だった。


あの山の一瞬の灯は、この蛍たちのような、微かな光だった。

あの光が、あれから放たれた鉛玉が、この光景を作り出したのだろうか。


この蛍達の長が、あの暴漢を蛍へと変えた。

そうなのだと信じた商人は、まるで御伽話のように言い広めた。




それ以来その狙撃手は『蛍』と言う名で言い広められた。




『蛍』はそれ程の腕を持ちながらどの大名にも仕えず、対価次第で仕事を受け、そして完遂してみせるという。

しかしその対価は依頼者の命だとか、その者の最も大切なものだとか、目が飛び出るほどの金額だとか、噂ははっきりしない。

しかし法外な程の高い報酬であることは確かのようだ。


容姿も、名前も誰も知らない。

姿を現したかと思えば、次の瞬間には闇に紛れて消えていく。

本当に蛍のように朧げな存在である、とまことしやかに噂は流れる。




耳から耳へ、噂は流れる。





ほう ほう ほたる こい


あっちのみずは にがいぞ


こっちのみずは あまいぞ


ほう ほう ほたる こい







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ