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二章 様々の夜



 部屋を見渡してみると、いつもの家だった。隣ではいつ戻ってきたのか、オリオールがすやすやと眠っている。窓から外を覗くと真っ暗。

 また気絶してしまったようだ。いつもなら数十分で起きられる。

「やっぱり、薬が必要なのかな」

 衰弱しているという実感はあまりない。ただ、前より深く長く眠るようになったと思う。

(今日は楽しかったな……)

 最近は家から殆ど出ていないから、人のいる所は久し振りだった。氣を使ってあんなに喜んでもらえるなんて思ってなかった。それにウィルやリーズとも知り合えた。

(明日はどうしよう?ヨーコさんの氣の様子を見に行こうかな……その内リーズの所にも行きたいな。ウィルに頼んでみよう)

 カツン。外で何か音がした。弟を起こさないよう細心の注意を払って家を出た。

「よう。こんばんは」

 木の影から出てきたのはいつもの男の人だった。黒い髪を後ろで束ねている。腰に長剣を差して、動きやすそうな服を着ていた。

「少し歩こうぜ。今夜は風が気持ちいい」

 しばらく歩いていくと、開けた場所に出た。眼下にはさらに拡がる森が見えた。

「今日の氣は良かったぞ。森の中まで清浄な力が届いた」

 彼は誇らしげに言った。

「あなたは……誰、なんですか?記憶がある頃なら分かりますか?」

 この人とは今まで数度会っているけれど、未だ思い出せない。彼は彼で記憶が無いのを知っているにも拘らず名乗りさえしない。

「戻したいのか?」

「……分からない。困る時もあるけど……今も充分幸せです。お隣さんも優しい人だし」

「まあ、ゆっくり考えてみろ。お前の出した答えが唯一の答えだ」

「はい」

「でもあの男は優しいのとちょっと違うように思うぞ」

「え……?」どういう意味だろう。

「兄様!!!」

 振り返ると、血相を変えた弟がこちらに走ってくる。

「オリオール、どうしたの」

「危ない!!」

「えっ、あっ……!」

 突然、地面の感覚が消えた。というより崖から足を踏み外していた。落下しながら、追ってくる弟の姿を確認する。

 それを淵で見ていた彼ははぁ、とため息をついた。

「セッカクあんなトコから出てこれたのに、難儀な連中だぜ」




 ドスンッ、ドスンッ!


 荷物を船内に積む作業をしていたアタシは、瞬間的に音の方へ振り返った。そこには荷物運搬用の空箱があるだけ。上を開けた一辺二メートル以上の立方体、中には品物を保護する緩衝材代わりの綿。そのさらに上は十メートルはある崖が連なっている。

 念のため、箱によじ登って懐中電灯で内部を照らしてみた。雲のような白いフワフワが光に反射する。

「アイザ、もう時間だ。その箱を積んだら、早く船に乗ってくれ」

 下りたアタシの背後に歩み寄ってきたのは、齢六十以上の老翁。アタシが百七十センチを超えているのに対し、爺さんは二十センチ下だ。

 鳶色の目と赤茶色の髪のアタシを、彼は枯れた首を目一杯反らして見上げた。

「宝爺、そんな薄着じゃ風邪引くよ。まだ梅も咲いてないんだから、ほらこれ着なよ」

 天宝商店とそっけなく書かれた黄色い作業着のベストを老人の肩に掛ける。こんな小さかっただろうか、彼は。

「儂も老いたもんじゃのう……最近特にそう思うんじゃ、アイザ」

「な、何言ってんのさ!ああ、辛気臭い!アタシ、そういうの大嫌いなんだから!」

 フンッ、とそっぽを向く。老人は呟く。

「儂はのう……(イー)(リャン)兄が夢に出てくる度、いずれ残るお前達のことを考えるんじゃ。借金は儂の物であって、従業員の誰の物でもない。だからの……お迎えが来たら、お前達には商店を出て行って欲しい。

 特にアイザ、お前はまだ二十四だ。こんなオンボロ店を支えるだけの人生でいいのか?引き取った恩など考えずともよい。今からでも好きなように生きていいんじゃぞ?」

「あのね。アタシは今でも充分好きに生きてるよ。ここはアタシの家、守るのは当然。

……宝爺、どうかしたの?何かおかしいよ」

 心配だった。今度の仕事も彼は一切タッチしていなかったから。

 仕事自体は簡単な物だった。“白の星”に注文されていた物を数点運び、その店の物品を鑑定する。高い物は後日その道の専門家に再鑑定してもらう。容易い割に報酬は破格だった。田舎だったからだろう。

「そうじゃの。おかしいのかもしれんの」

「そうそう。馬鹿言ってないで入った入った!もうすぐ発進するんでしょ」

 最後の箱を右手一本で軽く持ち上げ、搭乗口へ進む。その後ろをトボトボとついてくる老人。

(しっかりしてよ。店長なんだから)


 ブロロロロロッッッ……!!


 船はゆっくり離陸した。



―――只今、夜の十時ちょうどをお知らせいたします。当船はあと十分で消灯となります。皆様、どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい―――

 深夜便の一等室で本を読んでいた僕、エルシェンカはアナウンスに反応して顔を上げた。窓の向こうには今日も満天の星が浮かんでいる。

 緩慢な動きで「プルーブルー五百年の歴史」を閉じる。唯一持ってきた革鞄に入れ、代わりに下着を出す。

(シャワー使えるかな……)朝にしてもよかったが、このような集団密室の場合、満足な湯量を確保できる可能性はあまりない。今ならば、大方の人間は床に就いているだろう。

 緩いウェーブの金髪を掻き上げて、バスルームへ足を踏み入れる。真っ白のタイルにギリギリ脚が伸ばせるバスタブ。タオルは大きいのが二つ、小さいのは三つバーにかかっていた。

 服を脱ぎ、湯加減を確かめて浴び始めた。


 バタンッ!ドタドタドタッ!!


 植物性の高級シャンプーで髪を洗っていく。明日のため気持ち念入りに。

「え、エルシェンカ様!!正体不明の船が隣を走っています!!」

 残り少なくなったリンスを惜しげもなく使う。少々きつい匂いがする。


 ドガッ……バタバタバタバタッ!!


 湯をジャバジャバ、まさに湯水の如く使う。右手のタイルには大きな文字で「他のお客様と環境のため、お湯は大切に使いましょう」なる注意書きがある。


 バタンッ!


「エルシェンカ様―――おぶうっ!」

「馬鹿者、入浴中だ!さっさと出て行け!」

 船長にしこたま冷水を浴びせた後、何事もなかったかのようにドアを閉め、再びシャワーを浴びる。

 しかしそれで諦めては男が廃るとばかり、船長始め船員は果敢に挑みかかったのである。その武勇伝は、後に長く船乗りの間で語られた(らしいが、僕は聞かなかった)。

 気持ちよく風呂を出た僕は、部屋がビショビショになっていることに気付いた。

「おい。サービスがなっていないぞ。この船は客にこんな場所で寝ろと言うのか」

「申し訳ありません。す、すぐに部屋を取り替えさせていただきます!」よほど効いたのか船員ビビりまくっている。

 窓の外を見て、「商船みたいだね、あれ」と呟いた。

「航海手続き無しなんて、よくあるじゃない。ライト点けてるし、安全距離も適度に置いてる。そう神経質にならなくても……」


 ピピピッ、ピピピッ!!


「失礼」

 革鞄の中からノートパソコンを取り出した。蓋を開け、届いた文章を読む。緊急メールの場合は受信した瞬間に電源が入り、三秒でメールソフトが開くようになっている。

「……何だって?この座標は……あれか」

 キーを激しく叩きながら船長に、「部屋は変えなくていい、チェックアウトだ」と言った。

「その代わり、今すぐあの船に横付けしろ。私の協力者が乗っている。なるべく早く」

 仕事モードの時の一人称は敢えて私にしている、その方が偉そうだろう?

「ですが、明日間に合わなくなります」

 事態がどう転ぶか見当も付かない。だが、会合には出席できない公算が大きい。

「私どもは聖族政府から、あなた様を必ずお送りするよう命令されております」

「そうだな……よし」メールを出す。

 ノートパソコンの電源を落として携帯電話を取り出し、通話を開始した。

「あー、ラキス。今から蒸発するから、後よろしく」

「な、なにー!?こんな遅く掛けてきたと思ったら。どーすんだよ、コンシュ家のパーティーは?それに例の調査は……」

「大丈夫だって、明後日ぐらいには帰るからさ。それじゃ!」

 ブチッ。

「という訳で予定空いたから。お願いね」

 パソコンを入れた鞄を持ち、僕はにっこり笑った。



 また眠っていたらしい。目覚めて最初に見たのは天井の裸電球だった。

 大きな箱の中にいる。周りには沢山の綿が敷いてあって、ふかふかして気持ちいい。

 立ち上がると首の高さの所に箱の辺があった。足元がおぼつかない中、外にも十個以上同じような物を確認できた。蓋が無い物の中身は綿か藁、或いは両方だ。


 ガタッ!


 後ろで何かが動いた。振り返ると再びの金属音と共に、壁の上方の排気口の柵が勢いよく外れた。出てきたのは見慣れた青髪の五歳ぐらいの男の子。身軽に飛び降りて、一直線にこの箱に到達した。

「よいしょっと」

 身軽に縁を掴み、難しい箱登りを危なげなくこなした。

「兄様、起きてたんだ」安心したのかニコッ、と笑う。

「具合大丈夫?綿があったけど、高い所から落ちたからね。頭とか打ってない?」 

「うん。あ……棚のクッキー食べてくれた?お菓子屋さんがくれて、リーズがくれたんだよ」

「家出る時に非常食で持ってきたよ、ええと……うわっ、バラバラになってるぅ。ごめんね兄様」

 謝る弟を見つつ、袋を開けて一口食べてみる。

「美味しいよ、オリオール。ほら」

「ホントだね」

 二人でしばらくもぐもぐ食べて、ここはどこかなぁと尋ねてみた。

「商人さんの船っぽいね。もしかしたら盗賊団かも。パスポート見せてきた方がいいかな……ねえ、兄様?あんな所で何してたの?」

「お話してたんだけど」

「崖の上で?その人、僕が留守の間に家に上げた人?ねえ」

「え、別の人だよ―――?」

 顎に手を添えられ、無理矢理視線を合わせられる。真剣な目をした弟はさらに質問(他人が見れば完全に尋問)をする。

「約束破ったの?僕が必死になっている時に、兄様は他の人と何してたの?」

「村に行ったよ。教会に入って、氣を使って、そしたら皆が奇跡使いって言うの。それでね、とても」

 楽しかったよ、と言った。手が外れる。

「あー、そうよかったね。で、兄様誰と行ったの?」

 名前を言うと、「あんまり近付かない方がいいよ」眉を顰めて彼は言った。

「聖族はちょっと、ね。見つかるとマズいし、正直好きじゃないもの」

 ウィルはいい人なのに、という言葉を飲み下した。本当に嫌いらしい。

「僕達の事、嗅ぎ回らなきゃいいんだけど……」

 小声で弟は呟いた。




 トントン。キィー。バタン。


「あ、お兄ちゃんか。もう十一時だよ、早く寝ないと駄目じゃない」

「いいじゃんか。明日終わったらしばらく休む気だからさ。ババアみたいに堅い事言うなって」

 不敵な笑みで入ってきたのは十八歳前後の青年。きついウェーブのかかった黒髪、濃茶色の瞳。“フライドチキン”のロゴTシャツにジャージを着ている。いつもながら、どこからこんな変なシャツを見つけてくるのだろう。

 ババア、というのは孤児院“白い羊”の院長先生のことだ。兄は十歳の時からそう呼んでは、バコンと拳骨をもらっていた(今も継続中)。

 ネグリジェを着て眠っていた私はベッドから身体を起こした。兄がそう簡単に帰るはずない。

 今夜は薄曇で月が朧げに見える。明日の昼はすっきり晴れると夜のニュースで言っていた。

「もう、お客さんの前で居眠りしないでよ。“赤の星”の恥にならないようにね」

「分かってる分かってる。お兄ちゃんを信じてくれよ」

「チーズケーキ食べた?友達が買ってくれたんだよ。有り難く思ってね」

「ああ、分かってるって」

 そう言って、兄はごく自然に、まるでソフトクリームを舐めるようにキスをした。

「お・に・い・ちゃ・ん。あれほど寝る前にコーラ飲んじゃ駄目だって。歯医者さんにも言われたでしょ?ちゃんと磨いたの?」

 砂糖の甘ったるい匂いに辟易して、二十センチ違いの身体を押し返した。

「やっだあ、油の臭いするー!ポテトも食べたの?本当、私がいないとろくな事――」

 言葉は塞がれる。熱いとすら感じる舌が口腔をなぞり上げた。


 ドサッ。


「お、お兄ちゃん!」

 二人はベッドに倒れ込む。兄の右手が器用にネグリジェのボタンを外し、膨らみ始めたばかりのそこを柔らかく掴んだ。くすぐったい。

「Aカップもないんじゃねえか?俺結構揉んでるけど、他に何かいるのかなあ……ぎゅーにゅー?」

「むぅ。お兄ちゃん、デリカシーなさ過ぎ」頬を膨らませて無神経さを指摘する。

「ははっ、わりーわりー。ホントは今ぐらいが好きなんだ。リーズ怒るなって、な?」

 兄は年中この調子である。幼い頃から本当の兄妹のように育てられた影響か。二人はいつしか好き合う仲になっていた。――あの頃と違って、障害は何も無い。私はそれだけでもう満足だ。



 ぱあん。数秒して悲鳴にもならない叫びがアタシの耳に届いた。跳び起きて部屋を走り出る。丁度、宝爺と四 理がブリッジから歩いてくるところだった。四は身長二メートルを超える大男で、アタシが商店に来る前から働いている社員だ。実力あり他の従業員からの信頼厚く、店中で次期社長と黙されている。

「何、なんなのよ!?宝爺、四?」

「儂に訊かれても困るわ。のう四?」

 すると四は、体格に似合わぬ細い人差し指で廊下の先を示した。慌てた様子の三十代の小男が尻餅をついたままずりずり後ずさっている。

「両?あんた何してんの?床掃除?」

 両は三年前に入った売買役で、妙に小悪党臭い男で損な役回りばかりしている。

 彼はこちらを向いて痙攣を起こしている唇で、「あ、アイザ。あ、あれあれ……倉庫にあれが……」とどうにか聞き取れる音量で呟く。

「アレ?ゴキブリ?」

 そのまま泡を吹き出し気絶してしまった両を置いて、アタシ達は倉庫へと向かった。あそこには空の箱しかないはず。

 扉は開かれたままだった。中には―――



 いつの事だっただろうか。

「お前は市民だ。大人しく守られろ」

 ああ、そうだ。初めて会った、少なくとも自分がそう認識した時だ。

 昼の街で追われていた自分を助けた、人間の男。目を閉じただけでキツイ眼差しも、すっと伸びた鼻梁も、ただ一度の笑顔もありありと描ける。

 重い甲冑をガシャガシャと言わせ、しつこくナンパをしてきた男達を持っていた槍で威嚇した。

「失せろ」

 気迫だけで彼らは火がついたように逃げ出した。

 その後彼は変わらず門番、街と港を繋ぐ関を守る仕事、を続けた。門を通るのは宇宙船を使う人間と、普通の船を使う人間。街に出入りするには必ず通らなければならない。私は泳いで水路から入れるので、実はあまり関係ない。

「…………」じっと門の周囲を警戒している。彼の常らしい。

「あの……」

「あと十分」

「?」

 意味が分からないまま、男の隣で時間の経過を待つ。私達はその間ずっと無言だった。

「………十二時だ。行くぞ」

「え?」

「走れ」

 男には重さのハンデがまるで無いらしく、自分の手を引いて疾走する。風のようにスイスイと通行人を避けていく。

 五百メートルほど走った先に、数十の露店がひしめく商店街があった。昼時、屋外に設えられた席は半分ほど埋まっている。いい匂いが漂う中、人込みを遠目に見て、

「席確保。食えない物は無いな?」男が短く命令する。

「え、ええ」

 数分して彼が買ってきたのは焼き蕎麦と魚のパイ包み。それを二人で会話しながら、主に自分が一方的に話しかけて、食べた。



 頭が重い。掛けられたタオルのせいかな。

「アイザ?」

「っ!?どうしてアタシの名前を?」

「さっき……白い髪の人が言ってた」

 オリオールはあの人と一緒に部屋を出て行った。話し合いをするらしい。

「……ああ。あのお爺ちゃんは宝 参って言って、この船と天宝商会って店の主。あんたは……誠、だったよね」

 アイザが横向きに寝ている所を覗き込んで言った。

「ごめんよ」

「どうして……謝るの?」

「だって両が、銃なんかいきなり撃ったから」

「両さんは驚いただけだよ。元は(自分を指差し)、悪いから。ごめんなさい」

 光が視界を走って、衝撃が来て床に倒れた。頭からぬるぬるしたものが流れ出して。

 動かそうとすると、「駄目!」きつく言われた。

「血は止まってるけど、傷がいつ開くか分からない。もうしばらく安静にしてて」

「うん」

「今、四が誰か治せる人に連絡付けてるみたいだから。大丈夫」

「四さんって、あの大きな人?」

「そうだよ。とっても頼りになる人」

 アイザが誇らしげに言う。確かに、あの人は他の人と違う。ぴん、と張り詰めた氣をしている。

「アイザ、ちょっと疲れてない?」

「え?」

「氣が滞っているよ。特に」大きな手を握って、「この腕」

「そう……かもね。誠って分かるの、そういうの?」

「奇跡使いだから。治そうか?少しは楽になると思うけど」

「いいの?怪我してるのに」

「?平気だよ」

 深呼吸を二、三回。高まった氣を手からゆっくりと移していく。

「わわっ!何これ……握ってるだけなのに温かい」

 一分ぐらいして、手を離した。アイザは手を試すように何度も振った。

「筋肉の疲れが取れてる……身体も随分軽いし」

「良かった。アイザは元の氣が強いから、当分は大丈夫だと思うよ」

「へー。不思議な力だね、奇跡って」

「そう?」

「ありがとね」

 そう言われて、ちょっと嬉しかった。

「喉渇いてない?」

「……うん、少し」

「ジュース持ってくるよ。オレンジしかないけど、飲める?」

 オレンジなら船で一度飲んだ事がある。首を縦に振った。

 その時、ドアがノックされた。

「入るよ。小晶君」



―――できないよぉ!――


「爺?どうしたんだ」

 うわの空の執事は、はっ、と俺の方を向いた。

「い、いえ。何でもありません」

「そっか?それならいいんだが」

 デザートのフレッシュチーズをぱくり。


―――早くするんだ!!――


「まーくん、もう起きたかな?」

 弟が戻ってきて看病しているらしいけど。

「……彼は優し過ぎるのです」

「爺?」


―――嫌!うさぎさん、苦しの?……ごめんなさい、手当てしなきゃ……――


「御主人様。誠様は、どうでしたか?」

「えっ?どうって……うーん。天然なのに芯がしっかりあって……でも」

 一緒に歩いていると。

「ふっと消えてしまいそう……だった。何かさ、月みたい」

「月……ですか」

「うん。月夜にしか咲かない花あるじゃん。あんな感じ。月の光だけを浴びた人間、なのかも」

 太陽の下では掻き消されてしまいそう。


―――ごめんなさい、ごめんなさい……――




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