表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こてつ物語9  作者: 貫雪
7/15

(7)

 華風組に戻った土間は、自室でおかみさんとアツシという、苦手な二人を相手に、厄介な金銭絡みの相談を持ちかけ、なんとかシマの店の借金を、ギリギリこっちでかぶれそうだと判断した。


「本当に、ギリギリだ」座卓の上に広がるプリントされた表を睨みながらアツシはそう、うめいたが、


「しかたがないわ。今はこてつ組も必死でしょうから。確かに今度の入札はこてつ組に折れておけば、先々便利ではあるんでしょうけど、ウチがらみの業者は、納得しないでしょうね」

おかみさんもため息をつく。


「それ以上に、ウチの連中も黙っちゃいないでしょう。こてつ組はどれほどデカくなろうとも、土木はウチに任せるってのが、今まで暗黙の了承だった訳ですから」アツシは恨めしそうに愚痴る。


「裏切られたように感じる連中もいるでしょうね。特に若い連中には冷静でいてもらわないと。ここで新たな喧嘩沙汰なんか起こしたら、それ見た事か、華風が街の発展を妨げていると、こてつ組に口実を与える事になってしまう」


 そうなればこてつ組はますます華風を邪魔者扱いするかも知れない。華風を火種と見るか、邪魔者と見るか、協力者と見るか。そんな事は本当に微妙な差でしかないのだから。


「おまけにハルオにまで余計な噂が立ってるみたいだし。組の事だけでも頭が痛いのに」

土間は苦々しげに言ったが、そこにアツシが口をはさんだ。


「あの。実は組の中でもハルオさんについては、マズイ噂が立っているんですが」


「マズイ噂?」土間にとっては初耳だ。


「はあ。ハルオさんが組長の手放した実の子じゃないかと」アツシが声を落とす。


 冗談じゃない。これは内密にし続けてきた事実だ。この事を知っているのは今ではここにいる三人だけのはず。


「組員にバレているって言うの?」おかみさんもひそひそと聞き返す。


「バレるとまでは行ってないと思います。あくまで噂というか、憶測というか」


「私、ハルオに近づき過ぎたのかしら?」土間ははっきりと動揺した。


「そう言う事ではないでしょう。ハルオさんの実力が噂に立てば、ここからあなたの子を出した時期とハルオさんの年齢は一致してしまうから、ひょっとしてという噂が立っても不自然ではないわ。この世界はそもそもせまいのだし」


 おかみさんはそう言ってかばっているが、自分の態度が余計な憶測を呼んだ部分もあるに違いない。土間はそう思わずにはいられない。


「次を任せられる、腕っ節を持った若いのが育っていない事も、一因なんじゃないでしょうか? ウチはどうしてもそこにこだわる家風ですし。もし、ハルオさんなら、という期待を持っているんじゃないでしょうか?」


「冗談じゃないわ。あの子はもう、真柴の人間。今更担ぎあげる奴がいるって言うの?」

 土間は目の前の座卓をバンっと叩く。


 土間の切迫した様子に、アツシの方が面食らった。これじゃ、噂の火に油を注ぎかねない。


「落ち着いて下さい。単なる噂なんです。皆、そんなに本気でハルオさんを息子と思っている訳でもないだろうし、ましてや担ぎあげるなんて想像もしていないはず。ただ、次に期待を持てる世代を育てないと、この噂は繰り返されるかもしれません。そのうち本当にバレるかも」


「分かったわ。私も冷静にならないとね。これから若い連中を、一層鍛えあげないと。大体、しっかりしごかれていれば、くだらない噂を立てる暇もなくなるでしょう」


 土間は歯がみしながら言う。その態度がすでに冷静には見えないのだが、どうもカッカしやすい気性は直らない物らしい。それでも気をもんでイライラした姿を組員に見せるよりは、組長自ら鍛えてくれた方が、これから起こる動揺を抑える効果も期待できる。アツシもそう考えて、賛同した。


 真柴組では、ハルオと香に無理やり連れ帰られた組長と良平が、御子の娘につける名前をめぐる論争を一旦休戦したところで、とりあえず香が二人にお茶を入れてやっていた。ハルオは組長の機嫌を取っているようだ。


「御子さんの生んだ子なんだから、御子さんに名前を付けさせてあげたらいいのに」


 香は離れて座る組長に聞こえないよう、良平にお茶を差し出しながらこっそりと聞いたが、

「それは組長がすぐに却下した。俺も組長に賛成だ」


「どうしてです? 真柴組だから真子。良平さんの子だから良子じゃ、あんまり単純過ぎるじゃない」


 良平は「真子」の名を付けたがり、組長は「良子」を押しているのだ。組長は親から字をもらうのは縁起がいいと言っていた。


「子供の名前は一生ものだからシンプルな方がいいんだ。なのに、御子の奴、女の子は華のある名前がいいって言いやがって」


「どんな名前です?」


「何だっけ? 麻鈴だの、佳莉菜だの、美哩香だの。そんなの俺だって却下だ」


 まあ、「真子」がいいと思うような感性に、「美哩香」はピンとこないだろうな。どっかのスナックの名前みたい。これは御子さんの望みは通りそうもないなあ。なんでこうも両極端なんだか。

 そんな事を考えていると、またもやハルオの携帯が鳴った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ