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こてつ物語9  作者: 貫雪
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(6)

 金絡みでおかみさんやアツシさんと交渉か。ああ、頭が痛い。そんな事を考えていたが……。


 突然の緊張感。視線に気付いた時には、何者かが飛び出して来ていた。だが、動きは荒い。身をかわす瞬間、相手の手元に光るものが見える。さらに向かって来た相手の手を取って、後ろ手に回してしまう。


「いててててて」


 見れば若い男で、ハルオとたいしてかわらない、いや、もう少し若く見える。その手からナイフが落ちた。


「強盗? ひったくり? あんた、狙った相手が悪すぎたわね」


「悪かねえよ。あんた、華風組の組長なんだろう?」男は悪びれることなく尋ねた。


「私の事を知ってて狙ったっていうの? いい度胸してるじゃない。何処の組の者?」

 まさか、こてつ組の若い奴じゃないでしょうね。土間はそう思ったのだが、


「組? そんなもん、関係ねえよ。この辺の刃物を使う奴では、あんたがピカイチだって聞いたから、狙っただけだ」


「私で腕試しをしようなんて、いい加減、命知らずなやつね。でも、これで分かったでしょ? あんたなんて相手にならない。命が惜しかったら私に近付くんじゃないわ」

 土間はナイフを拾い上げながら、男の手を離してやる。しかし男は逃げもせずに、


「あんたは人の命は取らないんだろう? だから俺にもチャンスがあるかと思ったんだ。身を守る心配がいらないからな。華風組は刃物を使うらしいが、皆、あんたみたいに強いのか?」


「皆ってわけじゃないわ。あんた、刃物にこだわるのね?」


「俺、刃物で一番強くなりたいのさ。華風にいれば、強くなれるのか? あの、どもりのハルオ以上に」


 とっととつき放すつもりが、ハルオの名前に反応してしまった。


「どもりのハルオがどうしたって?」それでもナイフを返してやりながら慎重に聞き返す。


「この界隈で最近噂になってるのさ。俺の知り合いもこの間、頼まれ仕事で女を狙ってやられた。真柴のどもり男、ハルオって奴は、見た目と違って腕が立つってな」


 そんな噂に……そりゃあ、なるか。派手な事が続いたから。土間はうんざりしてきた。ああ、厄介事が増える。


「どのくらい腕が上がるかなんて、誰にも分からないわ。ウチの刃物は刀とドス。ナイフは持たない。伸びるかどうかはもって生まれた技量次第。そもそもウチはチンピラ、お断り」

 そう言って今度こそ、土間は立ち去ろうとする。


「あ、待ってくれよ。これでも俺、多少は自信があるからあんたに向かって行ったんだぜ。度胸ぐらいは買ってくれよ。華風組に入れてくれ」男は土間に立ちふさがって言った。


「あんた、今自分が何やったか分かってんの? 何処の世界に自分の命取ろうとした男を自分の組に入れる馬鹿がいるのよ」さすがに土間はあきれ返った。こいつ、どっか抜けてるのかしら?


「たった今、俺じゃ相手にならないって言ったじゃないか。だったら今のはチャラでいいだろ? 別にあんたを恨んで命取りに来たわけじゃねえよ。俺がそれなりに強いと認めさせたかっただけさ」


「つまんない見栄で人を襲ったもんね。何処の馬鹿にそんな見栄を張りたいっての?」


「……親父だよ。俺にナイフの喧嘩を教えた」


「ロクな親じゃないわね。だったら、その親を相手にしなさい。こっちは無関係」

 人の事は言えないが、それはそれ。


「その親父がタイマン勝負で刺されて死んじまった。たいして悲しむ気もないが、俺は永久に親父を越えられない」


 土間はふと、足を止めてしまった。永久に超えられない。親も、師匠も。それは自分も同じ。相手はとうに死んでいる。ハルオは自分を超えたいと言ってくれたが、自分にはそれはかなわぬ夢。


「だから俺はこの辺で一番の刃物使いになりたい。いつかはあんたも超えるぐらいに。そうすりゃ、少なくとも親父よりはずっと上だ」


 眼の色が暗い。何かに夢中になって、悲しさを忘れようとしているような。心の行き場を求めているような。


「あんた名前は?」


「さとし。知るの下が白って字のヤツ」


「名前負けね。智恵がない。自分を殺そうとした男を、自分より強くなるようにしろっての? 私、そこまでお人好しじゃないわ。親を越えたきゃ、別の事で超えるのね」


「ナイフしかとりえのない親父だったんだ。そのせいで俺までナイフ使いにさせられたんだ。刃物で越えなきゃ意味がねえんだよ」


「ナイフはともかく、あんた、刀には向かないわ。あきらめなさい」


「なんでだよ!」智がカッとなったのが分かった。私と同じくこいつも頭に血がのぼる性格か。


「もうあんた、ナイフの動きで身体が憶えているでしょう? さっきも動きが荒かった。あれじゃ刀は通用しない。あきらめて堅気の道を選んだほうがいいわ」


「それなら、噂の、どもりのハルオに勝ったら、俺を認めて組入りさせてくれ」


「あんたじゃ、ハルオにはかなわないわよ」


「やってみなきゃ分からないはずだ! 見てろ、絶対にハルオに勝ってやる!」

 そう言って智は走り去ってしまった。


 土間も慌てて智の後を追ったが、智はなかなか俊敏なようだ。あっという間に姿を消してしまった。

いくら俊敏でもあの、荒っぽい動きでは、本当にハルオの方が格が上だとは思ってはいるが、何かの拍子でハルオが智に怪我をさせないとも限らない。とりあえずハルオに事の次第を伝えないと。



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