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「そうでしょうね。真柴は地味だけど小さな組織だし、いろんなところに確実なコネを持ってるから、かえって強いでしょうけど、規模が拡大したこてつ組は厳しいでしょうね」
「御子が出産中でよかった。こんな話、みっともなくて妊婦なんかに聞かせられない」
「お腹の子に、性教育はさせられるくせに」土間が皮肉る。
「いくら千里眼だからって、胎児の時から分かってたまるもんですか」
「でも、欲が絡んだ話の感情はいいもんじゃないってことね」
「そう。これからはあんたの所と嫌でもパイの奪い合いが起こるわ。小規模企業の上納金や、チンピラ達から巻き上げる程度は仕方ないとして……。土間、華風は観光業にも進出する気、あるの?」
「それ、時期組長のあんたに組長として答えてほしい?それとも私個人として?」
「組長としてって、言ったら?」
土間は少し考えてから答える。
「治安の悪かった街を、どうにか落ち着いた状態に納める事が出来るようになったのは、こてつ組のおかげ。治安が良くならなきゃ、観光どころじゃなかったでしょう。そのこてつ組に茶々を入れるような真似はしたくないし、観光業はこてつ組が取り仕切って当然。今は厳しくても、ガラが悪いと言われた街の印象を変える事ができれば、少しは活路も見いだせるでしょうし」
「実にスマートで優等生な答えね。じゃあ……、土間個人の本音でいったら?」
「言ったでしょ? 実務に私は携わってないって。でも私の気持ちとしては」
土間は姿勢を正して礼似に向き合った。きっぱりとした態度を見せる。
「観光の、整地や整備は華風とゆかりの深い土木屋の仕事。彼らの作り上げた収入源をみすみす逃す事なんて出来ない。ウチだって義理のある会社や、コネをつなぐ人間関係、決して少なくない組員と、その回りの人間に責任を果たす必要があるんだから」
少し、二人に間が空いた。礼似がつばを飲み込む。
「その土木屋の入札を、ウチが取りに行くと言ったら?」
「入札って、今度のレジャー施設の?」
「そう。今までのような郊外型じゃなくて、比較的街の中心部から遠くない所に建設する、大型の施設。すぐに結果は出せないだろうけど、将来性を見込んで利便性の高い所に投資するのも悪くない。こてつ組はそう踏んだのよ。もう入札を見据えて水面下で動いているわ」
土間の顔色が変わる。目つきが厳しくなった。
「取らせない。この街の業者のやり方は知っているし、周りもしっかり固めてある。もし強引な真似をするならば、あんたと言えども容赦はしない」
「私じゃないわ。実務は大谷」
「何、甘い事言ってんの? あんたが看板背負うってんなら、相応に命張ってもらうわ。こっちだって実務はアツシさん。彼に不利益を被らせるなら、相手が誰だろうと私は命張るわよ」
「やっぱり、華風はそうなのね」礼似がため息をつく。
「あんたが言いたいことは分かる。華風がムキになってたてついた時、街は抗争に巻き込まれる。観光業どころじゃなくなって、本末転倒な結果に終わるでしょうね。私だってそんな事望んじゃいない。でも、華風組は、ずっとそうやってきたの。私が止めたって無駄。今までも、多分、これからも」
華風組の古風なプライドの高さ。それが良い方に働く時もあれば、悪い方に出る事もある。大谷はそれをどこまで理解しているだろうか? 私はどこまで土間を信頼し、大谷を信用すればいいだろう?
「宿題のこれなんだけどね」礼似が分厚いファイルを開く。
「大規模な乱闘、派手な刃傷沙汰。この手の事件は圧倒的に華風の組員が起こしたものが多いの。勿論、その都度、みそぎは行われて来たわ。でも、この街のイメージに悪影響を及ぼしたのはこういう事件が派手に取りざたされた部分があるのは否めない。こてつ組は、そのイメージを払しょくしたいのよ。こういう大きな責任へのみそぎ、華風におこなってもらいたい。これが今度の幹部会の議題になるわ」
「乱闘騒ぎは華風だけじゃない。麗愛会と半々でしょう?」
「その麗愛会をこてつ組は吸収している。分かってよ。この街の産業が、一つ、活かせるかどうかがかかってんの。私も華風の……あんたの覚悟を大谷に伝えるわ。あんたにも、この辺のところをアツシさんに伝えてほしいのよ」
「パイを取り合うのに、折れる訳にはいかないわ」
「もちろん、華風には傘下の一つとして、相応の利益は回すわ。でも、今度の入札に関わって欲しくないの。街のイメージがかかって来るのよ」
「私達のシマに利益のおこぼれが回って来るのを、何にもせずにおとなしく待てって言うの?」
やはり華風組はプライドが高い。街の建設を長年続けてきた業者と、共に生き、守り続けていると言う誇りが、彼らの支えになっている。
「何もしないなんてこと、あり得ないわ。地元の技術者なしではこういう工事は立ちいかないんだから。大谷だってそれは分かってるはず。ただ、この仕事はこてつ組が押す企画会社の名前を前面に出して、土木業者は協賛の形にしてほしいの。そこで上がって来る不満を、あんたに説得してもらいたいのよ」
土間は悲しげな表情で礼似を見返した。今までとの立場の違いを痛感しているのかもしれない。
「説得は無理。地味で面倒な事ばかり押し付けられがちだった、地方都市の中堅土木屋が、ウチの組に常に協力的でいてくれたのは、たとえ腕っ節に頼ってでも、彼らの誇りを華風組が守り続けてきたから。この信頼なくしてウチは成り立たない。シマの名を掲げてこその、ウチなのよ。とてもそこは裏切れない」