(15)
どうしよう。ここは巧く切りぬけなければ。この、タヌキやキツネ達を相手に、口車で時間を稼ぎ、企画会社を何とか説得し直さなければ。とにかく時間がなさすぎたんだから。
暗雲が立ち込めるイメージ。遠くで雷が鳴っている。私は獅子じゃない。犬のように脅えている。
さあ、どうやってこの敵の雨の中をかいくぐってやろうか?そう思って幹部達の顔をぐるりと見回す。
……この、敵の中? 急にこみ上げる、違和感。
ここはこてつ組だ。そしてこいつらはすべて、ここの組員だ。私も含めて。そして今、私はここの組長だ。こいつらは敵なんかじゃない。行き場のない私達の、共にここで生きる、守るべき仲間。
聞こえるのは雷鳴じゃない。これは期待の声。新たなリーダーを求める声。
この連中はタヌキとキツネかもしれないが、これは私が率いるべき群れ。私は決して獅子じゃない。だけど、雷におびえる犬でもない。もしかしたら、オオカミ。そこまでの迫力は無いかもしれないが、それでも、今では一匹オオカミなんかじゃない。この群れのボスとなる、リーダーだ。
ドン!
礼似が目の前の机に足を乗せた。そのまま机の上に立ち上がる。皆、唖然とその姿を見上げる。
「入札価格はこの中で、一番最安値で行くわ。入札も企画会社にはこだわらない。これから双方と話を着けて、中野と企画会社のどちらかは私が決める」
「しかし、企画会社を顔にして、街のイメージを一新させるのが、我々の総意だったはずでは?」
幹部の一人が口をはさむが礼似は取り合わない。匂いを嗅いできた相手に毛を逆立て、睨み返す。
「イメージなんて関係ない。この街の個性と特色を生かさないで、何のための企画なの?」
うなり声をあげる。相手を近づけさせない。あの時のこてつのように。
「ついでに言えば、私は誰の面子も潰させやしないわ。あんた達だろうと、街の業者たちであろうと、華風であろうともね。すべての事に、相応の評価をしてあげる。そして組の利益は確実に上げるわ。筋は通す。ただ、そのための形はこだわらないわ。これがこれからの私のやり方」
机の上にそびえ立ったまま、全員を見下ろす。たとえ、会長であろうとも。
「私は組長よ。文句は言わせない!」
大きく吠える。むやみな攻撃は許さない。
「会議は終わりよ。じゃまじゃま、さっさと解散して」
全員を追い払うように大きく腕を振り回す。会長が席を立つと誰もが呆然としながらも、誰ひとり文句も言わずに席を立ち、おとなしく部屋を出ていった。残ったのは大谷と一樹だけだ。
「あんた達が交渉して決裂するなんて、企画会社は相当なわからず屋ね。いいわ。組長自ら出張ってあげる。もう一度、再交渉よ」礼似は机から飛び降りながらそう言った。
「ちょっと待った。その必要はない。あのメモは嘘さ」一樹は気分よさげに笑っていた。大谷も。
「うっそおー?」礼似が思わず叫んだ。
「もうちょっと、俺達を信用してほしいね。俺の情報と、大谷の交渉で、そう簡単に失敗する訳がないだろう? あっちは全面的に俺達の意見を飲んだよ。それどころか、中野の気質を見て、こだわりの職人たちが作り上げた街をテーマに掲げる事にしたそうだ。むしろ、妥協のない、堅いイメージを作ろうって訳だ。確かにこの街は、そっちの方が似合いそうだしな」一樹はニヤニヤと笑いながら言った。
「じゃあ、じゃあ、なんでそんな嘘ついたのよ」礼似は目を丸めるばかりだ。
「そりゃ、俺達が新たに命を預ける組長さんが決まったんだ。その覚悟のほどを見せつけてもらうには絶好の機会じゃないか。どんな宣言が聞けるだろうと、試させてもらったのさ」
「試すって。あんた達、人がどんな思いで」
「俺達全組員を守ってくれる思いで、出た言葉だろ? 誰の面子も潰させない。いやあ。感動した」
「何が感動よ。人をだまして」礼似はすっかりむくれてしまった。
「そうむくれるなよ。これは大事な事なんだ。どんな状況になっても、擦り寄らない、投げ出さない。筋さえ通れば、相手を付き従えていく覚悟がある。これを持ってる奴って、そういるもんじゃない」
「しかし、あんたも凄い。あの会長を上から見下ろす女がこの世にいるとは思わなかった」
大谷までからかって来た。ふん。勝手に言ってればいいわ。
「……ひょっとして、会長も、グルなの?」
「あんたに出て行けと言われて、真っ先に席を立ったのは誰だ? あれは良心がとがめたんじゃないかと思うんだが」と、大谷。
「いや、今回礼似は会長までこき使ったからな。ふてくされて席を立ったのかもしれないぜ」
これは一樹の意見。
「どっちにしても、奥様意外に会長を利用できる人間がいるとはね。いやはや、女は怖いねえ」
「怖いんじゃなくて、頼もしい、だろう? 女の肝が据わると、男なんかは目じゃないんだな。今回、良く分かったよ。組長なんて仕事は、女に限るな」
「いや、まったくだ」
「じゃ、これからもよろしくお願いします。組長」
そういいながら二人は部屋を出ようとする。
「お、憶えてなさいよ! 二人ともただじゃおかないからね!」と、礼似は怒鳴ったが、
「おや? すべての事に、相応の評価を頂けるんだよな? 俺達の今回の評価、悪くないと思うんだが?」一樹はまた、ニヤニヤしながらいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「畜生! あんたの評価は、最悪よ!」メモの書かれた書類を丸めて床にたたきつけると、礼似は歯がみして悔しがった。 完