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こてつ物語9  作者: 貫雪
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 それから三日間、礼似達は中野らを味方につける事に奔走した。華風組の「大きなみそぎ」に関しては、土間がきっぱりと断ってきた。


「これまでの抗争沙汰は、華風だけの責任じゃない。過去を蒸し返してくるようなやり方を受け入れていては、どの組織も動けなくなってしまう。これは筋を通すためのみそぎとは思えない。ウチのシマだってこの街の一員よ。ウチにとっては、シマを守る事が街を守ること。ガラが悪くて、結構。ウチのシマの歴史を誰にも否定はさせないわ。私達はシマの総意に従うだけよ」


 そう言って、自分達はあくまでも業者たちの面目を守り続ける事を宣言してきた。


 結局は、地元の業者との折り合いか。折り合いが付けば華風は黙って協力を続けてくれるだろうが、つかなければ強硬手段も辞さないだろう。今は会長命令を盾に、土間が組員達を抑えている状態。その裏にあるのは業者たちの不安感だ。


 情報は一樹によって十分に集められ、分析されたはず。ここは大谷の交渉力次第。彼の実力を信じるしかない。礼似に出来る事と言えば、進捗状況を他の幹部に悟らせず、地元の業者たちを煽らせないようにすることぐらいだ。


 じりじりと待たされたが、幹部会の前日になって、朗報はもたらされた。


「中野が納得してくれた。これから他の業者たちの説得に、中野も協力をしてくれるそうだ。これで地元の業者とウチとの繋がりはずっと良くなる。華風との緊張感も、和らぐことだろう」


 大谷はホッとした表情を見せながら報告してきた。これからすぐに、業者たちの説得に動くと言う。


「良くやってくれたわ。プライドの高い頑固者達を説得できるなんて、大谷、本当に優秀ね」


「違う。こっちは最初から考え方が間違っていた。プライドを頑固で厄介な感情だと思うからどちらも引っ込みがつかなくなる。絡まった糸をほどいて見れば、感情ではなく、仕事に対する本当に正当な評価だった。金や力だけではない、信頼に裏付けされた評価。それなら俺にだって理解できる。中野はそれを教えてくれた」


 礼似も安堵した。これで華風との問題は解決する。周りを完全に固めればこの街の役人はとやかく言わない。あとは入札後、地元の業者の顔をある程度立てる事を企画会社に納得させ、協力体制を引かせて、華風の「大きなみそぎ」など、必要のない事を幹部達に示せばいい。これは企画会社に一樹が調べた情報を提示し、向こうの判断にゆだねる事になるだろう。


「俺と中野が交渉する。一樹と礼似は幹部会の準備をしてくれ。時間は押し迫ったが、必ず成功させる。俺も今は、この街の心意気って奴を、職人たちに変わって伝えてやりたいと、本気で思っている」


 心意気。気持ちのいい言葉だわ。外から見れば荒っぽい、ガラの悪い印象の街かもしれないけれど、私達の生まれ育った街。この街の歴史は、決して悪い物じゃない。


「大谷。あんたなら絶対に大丈夫。必ず成功させる」礼似の心は自信に満ちて来た。


 ついにこてつ組の幹部会が始まった。その日の朝、大谷は早速企画会社との交渉に向かった。幹部会の時間までには、交渉を終え、共に会議に臨むつもりだったが、大谷はまだ戻ってきてはいない。おそらく交渉が長引いているのだろう。

 こちらの都合で企画会社の当初の予定を変更させ、注文をつけようと言うのだから、難航してもおかしくは無い。それでも礼似は大谷を信じた。昨日の大谷の様子は、礼似が信じるに値するものだと思ったから。


 連絡は無いが、こっちはこっちでやれる事を全力でやるしかない。幹部達の、品定めするような視線を受けながら、礼似は議場の席に座っていた。

 真っ先にこてつ会長が、礼似をこてつ組の組長とし、自らがこてつ連合の長となる事を宣言する。もちろん誰も、異を唱えるものなどいない。

 いずれもタヌキやキツネ達の幹部らも、獅子である会長に立ち向かう事は無い。技量が違う。

 この人の後釜が自分なのかと、礼似は気が重くなる。いや、今はそんな事を気にしてはいけない。目の前の問題を片付けてからだ。心配なんて、後でいくらでもできる。


 それにしても連絡が遅い。まだ、交渉は続いているのだろうか?思いのほか当てが外れて、暗礁に乗り上げてしまったのだろうか? いくら大谷とは言え、昨日今日の話だ。時間がなさすぎただろうか?

 とうとう議題はレジャー施設の入札の件へと進んだ。まだ、知らせはきていない。礼似は仕方なく、中野を通して地元土木業者たちの協力を取り付けた事を先に説明する。


 ようやく大谷が部屋に滑り込んで来た。企画会社に取らせる具体的な入札価格の見当に入るため、予定価格の一覧を一樹に配らせる。自分でもその表に目を通そうとして、そこに一樹の手書きでメモが書かれている事に気がついた。


「交渉失敗。中野で行くか? 企画会社で行くか?」そう、書かれている。


 礼似の背中にどっと冷たい汗が流れる。しかし今、表情を変えてはいけない。奥歯をかみしめる。


 企画会社を使う事は、ここの幹部達が出した意見だ。それ相応の手回しもしただろう。全幹部の承認も得ている。普通に考えれば、企画会社の意に沿ったやり方で、ここに入札させるしか手は無い。

 だが、そうすれば華風は黙っちゃいないだろう。全面戦争。それだけはダメだ。


 ならば私が下りて、会長に中野達に入札させるよう、幹部に命じてもらう。私の代わりなら他にも居そうだし、これなら大谷と一樹の立場も会長に守ってもらえるだろう。みそぎとしては私の身。二人を巻き込んだのは会長自身。会長の顔に傷がつくが、責任を負った私が消えれば幹部達も納得し、一応の決着もつくだろう。でも、その後、香はどうなる?あの子は私の妹分で、何処の派閥にも属してはいない。立場も微妙になるが、組で孤立する孤独感も深まるだろう。私、そう簡単には消えられないんだ。



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