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こてつ物語9  作者: 貫雪
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(12)

「一体ノートを何処まで読んだの?」礼似は小声で、でも、香をしっかり睨んで聞いた。


「読んだって程じゃないです。最初のページの名前が目に入っただけ。なんの事だかさっぱり」


「この娘、もう、使わない方がいいな」大谷が口をはさんだ。大谷は香が礼似の弱点なのを知っている。


「え? 私、ホントに何も知らないよ?」香はそう、口をとがらせたが、


「そういう問題じゃないの。私がそういうノートを持っていることを、あんたが知ってる事が危険なのよ。もし、そのことがノートを邪魔に思う誰かにバレたら、万一の時はあんたの身が危ない。あんたが中身を知っているかどうかなんて、相手には分からないんだから」


 そんな大事になるとは思わなかった。二人の顔色を見て香もまずかったと思う。


「ちょっと待て、こっちが先だ」大谷が受信機に耳をすませる。礼似もそれにならった。


 受信機越しに会話が聞こえる。何か説得しているようだ。


「中野さん、今は団結することが一番の要だ。気持ちは分かるが今回は一歩引いてくれ。大手の企画会社が相手では、あんたの所の規模では弱い」


「だが、あの土地の半分近くはもともとウチの先祖のものだった。あの土地には思い入れがあるんだ。あの土地に中野の名前を残したい」


「良く考えてくれ。名は残らなくても入札を取ればあの土地を手掛ける事が出来るじゃないか。企画会社に取られたら、それもどうなるか分からないぞ」


「大きな土木屋が狙うならまだしも、あっちも企画屋。売り込めば仕事は出来る。しかしそれなら、俺達としては企画屋だろうが、あんた達だろうがどっちでも一緒だ。俺達は自分の名で仕事がしたい」


 職人気質だろうか? ここでも面目で意見が割れているのか。こういうプライドというのは自分達には分からない程、複雑な物らしい。だが、隙にはなる。他の業者にも同じような事があるかもしれない。


「もういいわ。香、マイクを回収して。ただし絶対に顔を覚えられないように。もう、この件にあんたは使わないから」


 香は慎重にマイクを回収した。なるべく顔を見せず、自分の痕跡も残さないようにし、戻ってきた。


「オーケー。あんた、もう帰りなさい。ハルオに送ってもらって」


「ハルオはダメです」香はすぐにそう言った。


「くだらないケンカしている場合じゃないの。命令よ。ハルオを呼んで」


「ダメなんです。今のハルオじゃ」


「香?」


「私なら大丈夫です。ノートの事は絶対口外しません。一人で帰ります」


 礼似はため息をついた。


「悪いけど大谷、この件は任せたわ。一人で組に戻って。私、香を送っていく」



 部屋に着くと、礼似は早速香に尋ねた。


「今のハルオじゃダメって、どういう事よ?」


「ハルオ、今、ドスを持ち歩かないから。礼似さん、私がハルオを説得できるまで、あんまりハルオを使ってほしくないんですけど」


「どういう事? ハルオ、どうかした?」香も、と聞きたいところだが、そっちの返事は期待できまい。


「噂が立ってる。腕が立つって噂と、土間さんの実の子じゃないかって噂が。実際変な奴がハルオを襲おうとしたし。なのにあいつ、ドスを身につけようとしない」


「ハルオの腕なら、大丈夫だと思うけど。なんでドスを持たないのよ。あんたが刃物を嫌うから?」


「嫌ってるだけじゃ、無い。正直、怖いんです。それ、ハルオに言っちゃったから。私のせいなんです」


 そう言う事か。ハルオは香を怖がらせたくない。香はハルオの身を案じてる。二人揃って気づかい合っちゃうわけね。無茶をされるよりはよっぽどいいけど。


「あんた達、まだ匂いを嗅ぎ合ってる感じねえ」礼似がぼんやりといった。


「礼似さん!」香が顔を真っ赤にしながら怒る。


「ああ、違うの。もう! 私が言うと、たとえ話もおかしくなる。こてつ達がね、最初に距離感を計る時に、いきなり近づいたり、吠えあったりなんてしないでしょ? ゆっくり近づいて、匂いを嗅いで。お互いを推し量るのよね。あんた達って、まだ、そんな感じ」


「犬並みですか」


「そう馬鹿にしたもんでもないわよ。言葉に頼らない分、時には人よりよっぽど利口。ね? ハルオにかかると、つい、本音が出ちゃったりしない?」


「します、ね。おかげで後悔ばっかり」


「ハルオって不思議よね。どもるものだから、なんとか相手に気持ちを伝えようと必死になるでしょ? その懸命さがこっちの心も開かせてしまう。言葉以上のものが伝わるわ。だから人に好かれるのよ。きっとハルオはそういう本音は受け止め慣れてるわ。大丈夫。あんたも意地張ってないで、怖い物は、怖いでいいのよ。その上でハルオも考えるだろうから」


「つけ狙われてるって言うのに?」


「ハルオは無茶はしないわ。もともと身を守る技術が抜群なんだから。香、あんたもかなり腕が上がってる。自ら人を襲う事がないから実感がないだけで。ハルオも多分、分かってるわ。二人で一緒にいれば、まず、大丈夫よ」


 香は思い当たる。あの、智って奴が襲おうとした時、動きを見抜くのも、身をかわすのも、嫌に簡単だった。あいつが極端に弱いのかと思ったけど、私の腕も上がっていたんだろうか?


「よし、あんた、私のノートを覗いた罰だ。これからしばらくハルオといなさい。これ、命令ね」




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