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こてつ物語9  作者: 貫雪
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 仕方なしに土間は組事務所の入り口に座り込んでいる智の前へ出ていった。そう、簡単に組の敷居をまたがせる訳にはいかない。人一人、今後の人生がかかっている。


「あんた、こんなところにへばりついて、ハルオに勝ってここへ来たっての?」


「残念ながら、違う。ハルオどころか、その女の方に叩きのめされた」


 ハルオの女。香の事か。香は逃げ上手のハルオから直接護身術を教わってきた。ハルオの動きはそもそも守り向きだから護身術としては一級品。その動きが香の身についている。

 ましてこいつはナイフに頼って、身体の動きは荒っぽい。香はスリだけあって、相手の動きを素早く見極める目を持っているし、本人も素早く動く事が出来る。こいつではナイフをかわされるか、奪われるかしてしまえば、ひとたまりもなかったに違いない。自分も刃物の勢いに任せるタイプだっただけに、土間には智の行動の見当がつきやすかった。


「大見得切った割には、だらしがないわね。よくここにノコノコと姿を現せたもんだわ」


「だから、ここに来たんだ。俺、自分の程度を思い知った。余計、強くなりたくなった。あんたの言うところの荒くない動きってやつを教わりたい。俺をここに入れてくれ」


「あんたはこの世界を勘違いしてる。この世界は腕っ節だけで成り立ってる訳じゃない。一方的な筋にこだわるし、喧嘩沙汰こそ、堅気に迷惑かけない鉄則はあるけれど、実際は堅気にたかってドロドロの駆け引きを繰り広げている世界。そのくせ命の奪い合いだけは一人前。最低な世界よ」


「鉄則も筋も無い、俺たちみたいなチンピラは、もっと最低さ」


「その通りね。でも、今言った通り、決してここは格好のいい世界じゃない。もっと言えば腕っ節の養成所でもない。刃物にこだわらなければ、堅気の世界には強くなれる方法なんて、ゴロゴロある。親の事なんて綺麗に忘れて、別の生き方を探った方が、ずっとまともな人生送れるわ」


「忘れるなんて出来ないし、したくもねえよ。俺は親父を、どうする事も出来ずに死なれたんだから」


「どうしても、刃物じゃなきゃダメなの?」


「ダメだ。他に親父を越えようがないし、何より、俺もそれしかとりえがないんだ。親父とおんなじでね」


 土間は大きく息をついた。事務所に向かってアツシを呼ぶ。


「こいつをアツシさんの部屋で休ませてやって。悪いけどしばらく相部屋にするわ」


「組に入れてくれるのか?」智は喜んだが、


「違う。しばらく様子を見るわ。組の雑用をこなしなさい。組がどういう所か分かるでしょう。ここは私と杯を交わさなければ、組員にはなれないの。あんた、しばらくは居候よ」


「手厳しいですね、組長は」アツシが言う。


「私は富士子とは違うわ」


「組長、忘れていませんか? あなたも今では富士子さんなんですよ」アツシはそう言って笑った。



 こてつ組で礼似は早速大谷と会った。大谷は土木業者の結束が固く、入札への圧力も、甘言も通用しそうも無い事を礼似に告げて来た。


「シマの店の方も昨日、今日のうちに金絡みは全て綺麗になっていた。華風が丸めこんだ金融業者に、全て片付けさせている。少なくとも、ウチじゃ手が出せない状態にはなっている。大したもんだ」


 大谷の報告を聞いて礼似は内心ほっとする。その顔色を読んだのか、大谷が言う。


「しかし、このまま入札でウチが押す企画会社に取らせることが出来なければ、こてつ組は面目を保てなくなる。真っ先にあんたの立場が追いやられるだろう。どうする?」


「取るわ、勿論。でも、地元業者のプライドを潰しちゃ、後々面倒な事になる。何より華風が黙っちゃいない。あそこはあんたのように実利があればいいって訳にはいかないの。業者の方も規模の割にはいい仕事をしているけれど、それも華風が彼らの面目を保っているから。しかも彼らはこの土地の事をよく知っている。この街の開発にかけては一番のプロ。敵に回すわけにはいかないのよ」


「プライド、か。厄介だな」


「これに関して私達は理解が薄い。大谷、あんた、企画会社の方にこの街の土木業者の技術を調べて、もっとプッシュ出来ない? 地元に花を持たせることで得られる利益を、出来るだけ具体的に示すの。今はどこの街も画一化しているから、地元の個性を生かせる技術がある事を巧く伝えてほしいの。向こうが納得すれば、あっちは企画のプロ。花を持たせるいい知恵があるんだと思う」


「餅は餅屋という訳か。ただ、業者側にもう少し協力的な態度が見えないと難しい。ああも結束が固いと、落とし所が探れない」


「だから香と探って来るのよ。業者の間に何か隙がないかをね」



 香と礼似はいつもとは違う料亭に来ていた。女将同士のコネで香はバイト扱いで潜り込み、礼似は客として別の部屋で大谷と待機する。

 香には事情の説明は一切していない。もし、華風が血気立って来た時、身に危険が及ぶのを防ぐためだ。いくら私の妹分でも華風のような連中が、なにも知らない相手にむやみな真似はしないだろう。


 香は酒や料理の提供をしながら、客の会話に耳を澄ませていた。隙を見てマイクをしかける。客の呼び合う名前に、香は何か憶えがあるように思えた。なんだろう? 最近どこかで……。

 頭の中に引っ掛かりながら礼似の元へ行く。


「さすが香。うまくしかけたわね。感度抜群よ」礼似が受信機を耳に香を褒める。


「へへっ、得意分野だから。あ、思い出した。この面子、礼似さんのノートの名前のメンバー……」

 あっと、香は口をふさいだがもう遅い。礼似の目がキリキリとつり上がっていた。


「香。あんた、あのノート、いつの間に見たの?」言われた香は縮こまるしかなかった。



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