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こてつ物語9  作者: 貫雪
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(10)

 香が部屋に帰ってみると、すでに礼似が先に戻っていた。


「早めに帰れたんですね。病院はこれからですか?」


「ううん。もう寄って来たわ。御子ったらすこぶる元気、というか、何だか子供の名前で機嫌が悪かったわね。組長と、なんかあったの?」


「ええと」香は昨日からの顛末と、御子、良平、組長が、子供の名前でもめた事を説明する。


「香、昨日から殆んど真柴でハルオと一緒だったんだ。仲直り、出来たのね」


「えーと、それは」


 これには答えに窮してしまう。ケンカしかけて、御子さんが出産した流れで一緒に呑んで、仲直りして、キスして、変なやつが襲ってきて、またケンカして……。

 こんなの、どうにも説明のしようがない。なんてめまぐるしかったんだか。


 香は大きくため息をついた。何だかどっと疲れた。


「まあ、そんなとこです。私、昨日からあんまり寝てないんで、ひと眠りします。じゃ」


 そう言ってそそくさと自分の部屋に引っ込んでしまう。その様子を見て、礼似は首をひねる。

 どう見ても仲直り出来た表情には見えないけどな。二人とも、何やってんだか。


「礼似さん。起きてますか?」

 翌朝、香は遠慮も無しに礼似の部屋の扉を開けた。礼似は引き出しに手をかけて、香をたしなめる。


「いきなり人の部屋の戸を開けるもんじゃないわよ。一応、着替えるところだったんだからね」


「はあい。今、料亭のおかみさんから電話貰ったんだけど、礼似さんとも話したいって。今夜、土木関係者の集まりがあるそうです」そう言って携帯を差し出す。


 礼似が電話に出ている間、香は引き出しが気になっていた。スリで鍛えた鋭い視線は、礼似の素早い動きさえ見逃さなかった。

 さっき、確かに礼似さんは引き出しに何かを隠していたようだ。たいていの事なら、私に隠し事なんてしていないのに。なんだろう?シゴト絡みなら話してくれるはずだし、ひょっとしてプライベート?


 香はおおいに好奇心をかきたてられた。礼似さん、私とハルオの事で引っ掻き回してくれたからね。これはちょっとお返しに、覗かせてもらおうかな。香は礼似がトイレに立った隙を見て、引き出しの二重底からノートを発見する。そっと開いて見るが、書いてあるのは名前のリストのような物だった。


 なあんだ。シゴト絡みか。私にいちいち言わない部分もあるんだな。つまんないの。

 香はノートを元に戻し、その事などすっかり忘れてしまった。


「香、行くわよ。あんた今日は午後から別の料亭に出てもらうから、午前中は組で使うからね」

 礼似に言われて、香も急いで仕度を済ませ、部屋を出ていった。



「あの、組長、すいません」

 土間は昨日のシマの店の件で、地元の金融業者を訪ね回るための仕度をしている最中に、若い組員に声をかけられた。


「何なの?私もう、出かけるところなんだけど」


「すいません。実は昨夜から変な奴が組の前に居座ってまして。組員になりたい、組長に会わせろ、と言い張って、何度叩きのめしても、すぐ、戻ってきちまうんです」


「変な奴?」何だか嫌な予感がする。


 事務所の窓から覗いて見ると、智が組の前で顔にあざを残したまま、座り込んでいるのが見えた。

 ああ、本当にこいつは智恵がない。真正面から突っ込んだら、叩き出されるのは当たり前。

 その姿をおかみさんや、アツシまでもが覗きに来た。


「まあ、懐かしい。土間、あんたにやる事がそっくりじゃないの」おかみさんは何だか嬉しそうに言う。


「私、こんな正面切った真似、しませんでしたよ」


「あら、裏口だって同じことよ。あの頃のあんたは随分幼く見えたから。すれた様子もなかったし、一見、十八には見えなかった。だから手を出すわけにはいかなかったのよ」


「組長の時は黙って座りこんでただけでしたからね。こいつも粘り強そうだ」アツシも面白がっている。


「で、どうします? この手の判断は組長自ら下していただかないと」アツシはそう促すが、


「あいつは刃物の腕を上げたくて、組入りしたいなんて言っているだけなのよ」


「あなたも裏口に張り付いていた時は、刀の腕なんて誰も分かっちゃいなかったわよ。あなた自身でさえもね」おかみさんに言い返される。


「私は組入りさせるつもりはないわ、早く追っ払いなさい」土間はかまわず言うが、


「いや、あの分じゃ、追っ払ってもまたすぐ戻ってきますよ」


「だったら、放っておきなさい! ウチはああいうのは相手にしません!」


「相手にされたから、あなたはここの組長になっているのよね?」


 おかみさんの言葉に、アツシがクックと笑っている。


「あなたの時も、私達は随分ためらった。でも、今はそのあなたがここの組長になっているのよ。こういう事って、何か縁があるんでしょうね。話だけでも聞いてあげたら? 決断は、あなたが下すしかないのだから」


 苦手の二人にこうまで言われては、土間も智を放って置くわけにいかなかった。


「分かったわ。話だけでもしましょう。でも、組入りはさせませんからね」


 何だかこいつに私が関わるのは、ひどく厄介事を抱える事になるような気がする。そもそもこいつはハルオを敵対視しているはず。なんでこんなややこしい事になったんだろう?



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