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こてつ物語9  作者: 貫雪
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 ここ数日の長かった書類との格闘も先が見えてきた礼似は、ようやくほっとしながらコピーされた資料をシュレッダーにかけていた。残りの資料は誰の目に触れても問題のない物ばかりだし、ちょっとした一覧表は香に持たせて使いにだした。


「こんなに世の中進んでるってのに、便利な機能が使えないなんて、ホント、癪に障るわ」


 うるさい音を立てるシュレッダーを睨みながら礼似は愚痴った。組でそれなりに大事な内容が絡むと、些細な事でもパソコンなどを使うには気を使う。どんなに内部専用のネットワークを作っても、漏れる時は漏れるもの。


 さすがに書類や表の作成はワープロを利用しなければ効率が悪いが、「ヤバイ数字」などはわざわざプリントした紙に手書きをする。表に出せない名前は偽名にしてあるが偽名のリストは当然手書きだ。

 外部のみならず、内部の裏切りなど日常茶飯事。メールはおろか、ファックスだってうかつには使えない。大谷側でコピーを取ったが、コピーデータも完全に消去されている事を確認してある。


小さな雑用とはいえ、香に手持ちで使いに出したのはそのため。勿論、ハルオとの時間を作る口実が一番の理由ではあるが。

 今時はかなりの量の情報を簡単に記録して持ち出せてしまう。パスワードだって信用できない。


「大事な事は紙にペン書きして、胸に抱えろ、か。馬鹿馬鹿しくてもそれが一番安全なのねえ」


 シュレッダーから少しづつ粉砕された紙くずを手に取り、一部は耐熱皿に乗せてライターで火をつける。こんな事を繰り返しながら必要な事をいちいち手書きでメモする日々が続けばいい加減うんざりする。


 全てを胸に抱えられるほど、礼似の胸も余裕はないので、重要な部分だけ手帳に書き留め、他はノートに書き写してある。こうすれば自分の記憶にも多少は残る。御子が「勉強」とからかったのはこういう事が当然だからだ。

 書き写したノートを手に取ると、普段使いの下着をしまう引き出しの、二重底にノートを隠す。この私の下着をのぞきに来る度胸の据わった奴は、この世にはいないと信じて。

 手書き情報に、引き出しの二重底。あまりの前時代的な手段に、礼似は思わず噴き出した。


「そのうち、ビンに入れた手紙が、海から流れてきそうだわ」


 そんな事を言った矢先、海から手紙……ではなく、携帯に会長からの電話が来た。


「由美の奴が飼い犬仲間と急に温泉旅行に行くと言いだした。こてつを連れて昼には出かけるらしい。タエは家に残るし、宿の隣の部屋を抑えたから、土間と一緒に行ってくれ」


「またですか」

礼似は自然にこの台詞が出てしまった。このパターン、何度経験した事か。


「まあ、そう言うな。土間とゆっくり話すいい機会だ。今後の事を色々話しあうのも悪くないだろう」

 今後の事? ちょっと引っ掛る言い方だ。


「いやですねえ。華風組組長と密会する趣味はありませんよ」礼似がおどける。一応土間は元男性だ。


「趣味で行かせる訳じゃない。しっかり護衛はこなしてもらうぞ。土間にもよろしく言ってくれ」


 土間にもよろしく、か。こてつ組の幹部会はもうすぐだ。ここで会長が私の組長就任を持ち出せば、事実上、本決まりになるだろう。そして実質的には大谷が組を取り仕切る事となる。このタイミングで土間と一晩ゆっくり話せと言うのは、密会ではなく、華風組組長と、時期こてつ組組長の密談になる訳か。

 会長、私をただの看板にさせてはくれないつもりのようね。大谷は何処まで私を信用するかしら?


「温泉?」呼び出された一樹が唖然として聞き返した。


「そう。奥様の護衛でね。それから……」礼似は声をひそめた。


「土間と、色々話しあう機会を会長が用意してくれたみたい」


「ああ、そう言う事か」


 一樹もすんなり納得できたらしい。実はこてつ組と華風組は、これから色々な問題が起こる可能性が高いのだ。一樹もそれは承知している。今までは会長が問答無用で抑え込んでいた事も、今後は礼似が、たとえお飾りのような組長役とは言え、窓口になる必要がある。組織内の思惑が絡む前に、礼似としては土間と一度は腹を割って話したかった。


「それなら、これは持って行ってもらう。宿題だ」一樹は分厚いファイルを礼似に手渡した。


「あら、私も渡したいものがあるの」

そう言って礼似は部屋の奥からそそくさと小さな段ボール箱を引っ張り出した。


「何だこりゃ?」

一樹が箱の中身をみると、シュレッダーをかけた、紙屑がぎっしり詰まっている。


「これでキャンプファイアーでも、バーベキューでも、好きなようにして。勿論、大谷の目の前でね」


「おいおい」


「これでもまずそうなところは、かなり処分したのよ。それから、土間とゆっくり話し合うから、楽しみに待っててって伝えといてね」


「伝えちまって、いいのか?」


「言わなきゃ余計な誤解を招くだけよ。帰ったら早速大谷をこき使うから、よろしく伝えてよ」


「うっとおしい伝言役だな……」


 一樹はぶつぶつ文句を言いながら段ボール箱を抱えた。





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