解釈違いです!
「聖女様、本当にありがとうこざいます」
先ほどまで足を怪我し呻いていた男性は、痛みのとれた足を見て泣きださんばかりに喜んでいた。
「私ができるのは痛みを抑えることだけです。骨折の治療はお医者様に診ていただいてくださいね」
「分かりました!でも本当にさっきまでの痛みが無いんです。本当にありがとうございました」
深々とお辞儀する男性の元を離れると、聖女様は次の患者のもとへ急ぐ。
「シャノン、次の患者様はどちらに?」
「本日の治療はこれで終わりです。リリス様も休まれないと昨日起こったスタンビートの治療で一睡もされてないじゃないですか」
私は腰に手を当ててリリス様の行く手を阻んだ。
「……非常時に私にできることはこれくらいですもの」
「これくらいなどと……リリス様の治療を受けた患者がどれかくらい楽になったことか……後の患者は軽症ばかりと伺っています。今日はこれで城に戻りましょう」
「……ですが……」
まだ、ためらわれているリリス様に私は奥の手を使う。
「ああ、睡眠不足でめまいが」
「シャノン!!大丈夫ですか?すぐに城に戻りましょう」
倒れたふりをする私を、リリス様は素早く支えそのまま私を抱きかかえると馬車へと走った。
「姫様!!」
後ろから護衛の叫ぶ声が聞こえてきます。
姫様に抱えられるなんて役得ね。
私は内心にんまりしながらリリス様の良い匂いのする柔らかい身体を堪能しました。
「シャノン大丈夫ですか?今闇魔法をかけますからゆっくりお休みなさい」
馬車の中、姫様の膝枕で私は目を閉じた。
闇魔法の気配を感じる。リリス様の魔法はいつもどこか甘く匂う。
まるで不審者のような感想を抱いているかに見える私ですが、不審者ではありません。もちろん姫様に肉体的な魅力を感じているわけでもないですし。
役得と思うくらい姫様のことは推していますが。
私の名前はシャノン=クルート。しがないクルート伯爵家の三女です。王家の第2王女リリス姫様と年頃が近いこと同じ闇魔法を使えるということもあり、最初は遊び友達として召し抱えられ、現在は侍女としてリリス姫様のお世話をさせていただいています。
リリス様は白銀の髪に麗しく整った顔立ち、身長が高くほっそりとした身体つきは荒野に凛と咲く一輪の百合のよう。世の男性を虜にしている儚げな笑みがトレードマークの美女でした。
普通こういう美女は見てくれだけで、中身が伴わないこともあるけれど、リリス様は違います。いつも周りを気づかって身分に関係なく誰にでも優しくていらっしゃいました。
私が父に連れられて王城へと足を踏み入れ、リリス様を見た瞬間、天啓が降りてきました。
「前世の推し」
前世で大好きだった某女性が男性役をするグループの頂点様にそっくりだったんです。もちろん年は若いですし髪の色など違いはありましたけれど、ずっと推してきた人ですから私が間違えるはずがありません。
という感じで前世オタクだった記憶がふっと蘇り、そしていつの間にやら私の一部となっていました。
ですのでリリス様の侍女となり毎日そのお姿が見られるこの仕事に就けたことは神様のご褒美だと思い、思いっきり堪能しております。たまにハメを外し過ぎて侍女長に怒られることもありますが。
あと、なぜ神様がこんなご褒美をくれたのかも不明です。とにかく毎日充実した日々を過ごしておりました。
そんなリリス様ですが、適性検査で使える魔法が闇魔法と判明します。闇魔法は精神に関与する魔法ということで、世間からは忌避されておりました。
ですが、リリス様は一味も二味も違いました。世間からどんなに白い目で見られても、王族としてできることをと闇魔法を用いた麻酔魔法を完成させたのです。
ちなみに私も同じ闇魔法使いですが、魔法量がミジンコのためにどんなに練習しても麻酔魔法は使えるようになりませんでした……残念。
一方リリス様は貴賤に関わらず困っている方の治療を始めます。その魔法は痛みで苦しむ人々の救いの手となりました。
そしてそんなお優しいリリス様に人々からつけられた名前が救いの聖女様。
そんなリリス様ですので、私が倒れたふりをしても本気で優しく気づかってくださるのです。
ただ、同じ闇魔法使いのため闇魔法が私には効き辛く、このように睡眠魔法をかけられても意識がどこかで覚醒しています。
ま、別段困ることもないし、目を閉じていればそのうち疲れで本当に寝てしまうので別に構わないんですが。
「……シャノンおやすみ……」
リリス様の柔らかい声が聞こえてくる。
そんなことを考えているうちに私は深く眠りに落ちた。
目が覚めると、見慣れたベッドの上だった。
「あら、シャノン起きたの?」
「……うん?リリス……様……」
なぜか私のベッドの横にリリス様の顔が見える。寝ぼけ眼でまだ意識がはっきり覚醒していないけど……リリス様!?
「なぜリリス様がこちらに!?」
はっきり目が覚めて、私は青ざめた。
今何時?
目覚めて一番最初に見るのが推し……憧れのシチュエーションですが、現実はそうも言っていられません。
リリス様は慌てる私を横目にくすくすと笑いながら紅茶を入れてます。
「徹夜で疲れているだろうから寝させておいてあげてと指示を出したんだけど、あまりに起きてこないから心配になって来てしまったの」
それはマズイやつ……。
侍女長の無表情の怒りの顔が浮かびます。
あれは……怖いんです。
私は慌てて起きると、すぐに身支度を整えた。
「リリス様だってお疲れなのに……」
そう。リリス様と私、徹夜という条件は同じです。
なのに私だけ起きれなかったと知られたら……絶対にマズイです。
「私は闇魔法のおかげで短時間でもぐっすり眠れるから」
「それとこれとは話が別です」
鏡の前で服装をチェックする。よし、いける。
「お待たせし……」
トントントン
慌ただしく部屋をノックする音が聞こえてくる。
「はい」
「王がリリス様をお呼びです」
「……すぐに参ります」
リリス様は先程とは表情を一変させる。
「シャノン行きましょう」
はい。真剣な表情のリリス様もステキ、なんて不埒なことを考えずに急ぎましょう。
このタイミングで王の呼び出し。
きっと碌な話じゃありませんが、リリス様が行かれるならどこまでもついて行きます。
王の間では、王様と王妃様そして、リリス様のお母様である側妃様がいらっしゃった。
「リリスよ、呼び立ててすまぬ」
人のよい王様が申し訳なさそうな顔をされる。姫様は側妃様そっくりで、お腹の少し出たどちらかというと普通顔の王とはあまり……いやほとんど似ていない。
「実は、先のスタンビートの原因が分かってな。騎士団に申し付けて原因となる魔物の退治に行かせたのじゃが、魔物が闇魔法を使うために無闇に近づけなくてな……そなたの力で中和して欲しくて呼び立てたんじゃ」
まさかの魔物退治!?
さすがに姫様を行かせるのは……。
「参ります」
リリス様即答ですか!!
「大切なお役目です励みなさい」
「気をつけて行ってくるのですよ」
ちなみに先に言葉を発したのがお母様である側妃様、後が王妃様である。普通逆じゃねと思うのですが、この王家とにかく王妃と側妃の仲が良いことで知られています。実際、側妃様はリリス様に厳しく、幼い頃から才気溢れるリリス様に王子様よりも決して目立たぬようにあなたは臣下にくだり王子様をお支えするのよと言い聞かせておりました。
「魔物を見事退治すればそなたの望みを叶えようと思うのじゃが、何を望む?」
王様太っ腹!!
でもリリス様は何を望まれるのかしら?
「はい。臣にくだり一貴族として王をお支えしたく存じます」
「相分かった。成功した暁には側妃の実家の公爵家を継ぐ許可をしよう。ちょうど後継者がおらんことじゃしな。……今まで我慢させてすまなかったな」
「そのようなお言葉、リリスには身に余ります」
スパッと切り捨てる側妃様。平常運転です。
「でも、よくぞここまで……公爵家を継いだ後はシャノンと?」
「はい」
もちろん私もついて行きます!!ついてくるなと言われても推しのためならどこまでも。
「それでは気をつけて行ってくるんじゃぞ」
そこで話は終わり、リリス様と私は準備をして(もちろん護衛の騎士も一緒に)すぐに騎士団がいる魔の森へと旅立った。
魔の森は一般人が普段は足を踏み入れることが無い場所ですが、今回は緊急事態。かなり危険な魔物も生息しているはずですが、リリス様がバリアのように睡眠魔法を展開されているので全く魔物と遭遇せずにサクサク進みます。護衛の騎士がいる意味って……いや、きっとこの後ピンチに……なったら困りますが。
2時間ほどで、騎士団ね駐屯地に到着することができた。
「リリス様!」
私たちを見た騎士団長が駆け寄る。
「アラン、状況は」
リリス様が状況の確認をする。
「はっ。ここから1キロ先に魔物がいると空から確認はできたのですが、500メートル以内に入ると闇魔法の混乱がかかるようになっているらしく、迂闊に近づけなくて困っていたところです。是非リリス様のお力で、混乱魔法を打ち消していただけたらと思います」
「分かりました。とりあえず打ち消せるかやってみます。私が先頭をあるきますので、案内と上手く打ち消せた後に魔物を退治する段取りをお願いします」
団長が騎士団に声をかけるとすぐに選抜メンバーが選ばれ、討伐に出ることになった。
正直少し怖い。
リリス様と一緒にいろいろやって来たけれど、ここまでの大物は初めてである。
「シャノン大丈夫?」
リリス様は優しく私に声をかけてくださる。
「はい!リリス様と一緒なら」
推しのためなら地の果てまでも参ります。
さて、鬼が出るか蛇が出るか……
言われた地点の手前で騎士団の皆が立ち止まる。
「我々が行けるのはここまでです」
「分かりました。……シャノンもここに……」
「一緒に参ります」
「でも闇魔法が強い魔物よ」
「大丈夫です!弱いとはいえ私も闇魔法使いのはしくれです」
混乱しないように耐えてみせます。
「分かったわ。一緒に参りしょう」
私は頷くと、シャノン様の横に並んだ。
そして2人共に、混乱魔法が発動する魔物の魔法圏内に足を踏み入れる。
くっ……確かに精神にくる。
いえ、耐えるのよシャノン!!
あれは……前世の舞台!?
前世の推し、オスカー様が目の前に……
ああ、オスカー様、今そちらに……
「……ノン……シャノン」
この声はオスカー様じゃない。
今私が推しているのは……
「リリス様!!」
私は意識がはっきりすると、目の前にリリス様の麗しい顔があった。
「シャノン!!良かった……でも、私の力が今のままでは魔物よりも弱くて……シャノンにも手伝ってもらっても良いかしら?」
「もちろんです!私にできることなら」
混乱魔法が効いていない今しか私が手助けできるチャンスはありません!!
ガンガン頭に響く、かつての推しの歌声が私を誘います。
「あリがとう」
リリス様は戦場に不釣り合いな満面の笑みを浮かべた。
次の瞬間、リリス様の柔らかい何かが私の唇に触れた。
……まさか!?
口移しで魔力を?
あまりのことに固まる私をよそ目に、なぜかリリス様の身体が光る。
何、何が起こっているの!?
光の本流は留まることなく辺り一面を包込んだ。
あまりの眩しさに思わす目を閉じる。
光が弱まり目を開けると目の前からはリリス様が消えていた。
「リリス様!?」
慌てて、辺りを見渡すが姿は見えない。
「リリス様!!」
やめてよ。
自分の身体と引き換えに魔物を倒すとかシャレにならない。
「リリス様——!!」
私は半泣きで叫んだ。
「シャノン、どうしたんだい?」
後ろから声が聞こえた!!
「リリス様!!」
振り返るとリリス様が……誰?
リリス様とは似ても似つかないたくましい男性がそこには立っていた。
いや、リリス様に似ている……かも。
髪の色といい、顔立ちといい、リリス様を男性にしたらこんな感じになるのではという姿をしている。目のくらむような美形である。
男性は手に18禁のグロい何かの首を持っていた。
私はリリス様と怪我人のもとへ行くことが多いのでグロ耐性があるからあまり気にはならないけれど。
「あの………リリス様を知りませんか?」
とにかく今はリリス様である。
この際怪しいなどと言ってはいられない。
「目の前にいるだろう」
男性は笑顔で即答する。
「えっ?」
何?どういうこと?
「シャノンの趣味は私を陰からこっそり見ること、小さい頃雷が怖くていつも私の布団に潜り込んでいた……あとは最近はまっているのは新しくできたマカロン屋の紅茶味……」
まさか!?
ここまで私のことを知り尽くしているのは……
「……リリス様?」
本当に?
「そうだよ!シャノンのおかげで女性になる呪いが解けたんだ。呪いと言っても母が私が男で正妃に嫌われると毎日泣いてうっとおしかったから、魔女に頼んで女性になる呪いをかけてもらったんだ」
「なぜ呪いが解けたんですか?」
「好きな人のキスで解除できるように魔女がしてくれていたんだ」
魔女——!!!!
何その乙女チックな解除法!!!
「じゃあリリス様は本当は男……」
私の推しと同性じゃなかったの?
「ああ、母が女の子が欲しくてつけた名前だから名前はリリスで間違いないよ。性別は男。まさか性別と共に魔法も反転するとは思わかなかったけど」
「……反転?」
どういうこと?
「本来は私は光魔法が使えたんだが、性別と共になぜか使える魔法も闇魔法になっていてね。ま、別に今まで困らなかったから良いのだけど今回は魔物を祓うなら光の方が効くと思って……案の定光魔法の浄化をかけたら一瞬で首が落とせたよ」
リリス様は魔物の首を掲げて笑顔で微笑む。
「そんな……じゃあ聖女様はどうするんですか!!」
救いのの聖女様だったのに!!
「呪いの反動なのか闇魔法も光魔法も使えるからまた民のために働くさ。ただ聖女にはなれないけどね。シャノン、スルーしているけれど、この呪いは想いが通じ合った2人しか解けないものだったんだよ。君が私と同じ想いで良かった。末永く一緒にいようね」
シャノン様はとろけんばかりの笑顔で私を見つめる。
そんな……私の推しは女の方がかっこよくなるのが前提なのに……。
そもそも性別を偽っていたなんて……そんなの……
「解釈違いです!!」
私の推しは女性です!!
「大丈夫、今からゆっくり分からせるから。推しじゃなく結婚相手としてね」
「いや——!!!」
魔の森に私の絶叫が響いた。




