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2話彼女の話1

 仕事で少し嫌なことがあった日だった。

 上司からの理不尽な指摘、反論しようとして飲み込んだ言葉。

 帰り道の足取りは、ほんの少し重い。

 

 でも駅を出ると、自然と足が向いた。最近お気に入りのカフェ。

 扉を開けると、いつもの音。

 豆を挽く音と、静かなジャズ。

 いつも座るカウンターの端は空いている。

 

「いらっしゃい」

 

 顔を上げると、柔らかい笑顔のオーナーと目が合う。

 それだけで、少しだけ呼吸が楽になる。

 

 カウンター席の端に落ち着くと、いつものブレンドを頼む。

 

 今日も、ここは変わらない。

 

 コーヒーの香りが広がる頃、さっきまで頭にこびりついていた仕事のことが、少しずつ遠のいていく。

(ここ来ると、ちゃんとリセットできるんだよな…)

 

 ふと、視界に入る小さなお皿。

 可愛い白いプレートに、ひと口サイズのケーキが乗っている。

 あれ?

「……頼んでない、よね?」

 顔を上げると、彼が立っている。カウンター越しだけど少しだけ近い距離。

 

「試作品なんですけど。……お疲れみたいだったので」


 きっと驚いた顔をしてしまったんだろう。彼が柔らかく笑っていた。

「……え、そんな顔してました?」

「ちょっとだけ」

 落ち着く声色で優しい仕草。


「内緒ですよ?」


 そう言って彼は唇に人差し指を当て軽くウインクする。

 あまりにもその仕草が様になっていて、一瞬、心臓が変な跳ね方をする。

(いや、ちょっと待って)

 優しすぎない?

 でも、他意は感じないし押しつけでもない。

 ただ、“気づいてくれた”という事実がなんだかくすぐったかった。

 フォークを入れて一口、ほんのり甘いチーズケーキ。

 疲れていたところに、ちょうどいい甘さ。

 

 気づけば、さっきまでの嫌な気持ちは、かなり薄まっている。

 彼は少し離れた場所で別の仕事をしていた。こちらはもう見ていない。

 でも、ちゃんと気づいてくれた。

(……なんでこんなに)

 胸の奥が、あたたかくなっていく。

 私の勘違いかもしれない。ただ単に優しい人なだけかもしれない。

 でも。

——また絶対、来よう。

 そう思っている自分に気づく。

 彼がいれてくれたコーヒーを飲みながら心が解けていくのを感じた。

 このお店は本当に落ち着くな。

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