2話「ババア」と言えば「お姉さん」となる。
アイギス王立騎士学園、中央食堂。
昼時ともなれば、血気盛んな騎士候補生たちが戦いの合間の休息を求めて押し寄せる、熱気と脂の混じり合った空間だ。
(……地獄だ。ここは間違いなく地獄の入り口だぞ)
俺、ユウ・エゴ・イーストは、震える手でトレイを握りしめていた。
医務室を抜け出した俺は、まずは腹ごしらえと状況整理を兼ねてここへやってきたのだが、早速呪いの洗礼を受けている。
「はい、B定食! 豚のガリア風ソテー、お待ち!」
学食のおばちゃんが、威勢よく皿を差し出す。
見れば、そこにある肉は焼きすぎで縮み上がり、まるで古びた靴の裏のように硬そうだ。
(……はぁぁ? なんだこの肉、ゴムみてぇじゃねえか。これで金取るのかよ。おいババァ、盛り付けも汚ねぇし、もっとマシなもん出せよ!)
俺は、前世で鍛えたクズの処世術を全開にして文句を叩きつけようとした。
謝罪の印にサイドメニューの一品でもサービスさせる。それが俺の予定だった。
だが。
「――噛みしめるほどに、命の尊さと、お姉さんの情熱が伝わってくるよ。これほど愛の籠もった料理をいただけるなんて、俺は幸せ者だな」
「…………えっ?」
おばちゃんの動きが止まる。
俺の脳裏には、だれかの嘲笑が響いた気がした。
【特性:『翻訳の呪い(カオスコンバーター)』が最適解を抽出しました】
(だぁぁぁ! まただ! また勝手に喉が動きやがった!)
おばちゃんは、赤らめた顔をエプロンで拭い、信じられないものを見るような目で俺を見つめた。
「や、やだねぇ! お姉さんなんて……! ……あんた、なんていい子なんだい。……よし、特別だよ! サービスで肉、二倍に増量しといてあげたからねっ!」
「あ……あ、ありがとう……」
トレイに乗せられたのは、二倍の量になったゴム肉。
おばちゃんの愛という名の拷問。噛み切れない肉を咀嚼しながら、俺は絶望に打ち震えた。この呪い、実害がデカすぎる。
「……席がねぇじゃねぇか」
増量されたゴム肉定食を持ち、俺は食堂内を彷徨っていた。
どこもかしこも、暑苦しい野郎どもか、群れている女子生徒たちで埋まっている。
ふと見れば、日当たりのいい特等席を、一人の女生徒が優雅に一人で占領しているのが見えた。
(……けっ。王女の次は、気取ったお嬢様かよ。おい、そこは俺が座る場所だ。さっさとどけよ、このスカした女!)
俺は、その女生徒の正面に立ち、威圧感たっぷりに睨みつけた。
もちろん、言葉はこうなる。
「――君のような可憐な花が、この雑踏に埋もれるのは忍びない。……さあ、あちらの広い席へ。君には、もっと相応しい場所があるはずだ」
(……は? 何を言ってんだ俺は。エスコートしてどうする。そこを空けろって言ってんだよ!)
だが、睨みつけられたはずの女生徒は、一瞬呆然とした後、パッと顔を赤くして視線を泳がせた。
「……フ、フン……。レディファーストくらい、できるみたいねっ……! ちょ、ちょうど移動しようと思ってたところよ。……ありがたく思いながら、この席を使いなさいっ!」
彼女は逃げるように立ち去り、俺の手元には日当たりのいい特等席が残された。
周囲の女子生徒たちからも「今の見た? あちらの男性、なんてスマートなの……」「あんな風に誘われたら死んじゃう……」という黄色い声が上がる。
(……ちげーよ! 俺はただ、そこから追い出したかっただけなんだよ! なんだよ、レディファーストって! 吐き気がするぜ!)
椅子に座り、俺は一つ確信した。
このカオスコンバーターは、俺の悪意や攻撃性を感知すると、それを意に反する形で書き換えてしまうことが多いようだ。
ならば。
(……閃いたぞ。逆に、最初から『綺麗な言葉』を言えばどうなる? 『美しい言葉』をさらに美しく変換するのは無理があるだろ。案外、そのまま出力されるか、あるいは法則が狂って普通のセリフに戻るんじゃねぇか!?)
この逆転の発想。
俺は自分の天才的な閃きに、心の中でニヤリと笑った。
◇
食後、食堂を出ようとした俺の足元に、何かが落ちた。
ハンカチだ。
後ろを歩いていた女生徒が、慌ててそれを拾い上げて俺に差し出す。
「あの! ハンカチ落ちましたよ! はい、これ!」
(……実験材料が来たな)
俺は、内なるクズの魂を必死に抑え込み、これ以上ないほど丁寧で、誠実で、美しい感謝を脳内で組み立てた。
狙うは「逆変換」による、正常な出力だ。
(よし……いくぞ。丁寧に、最高の礼儀で言うんだ。『誠にありがとうございます。拾ってくださって感謝いたします』とな!)
俺は、一分の隙もない、完璧な紳士の礼をとりながら口を開いた。
「誠に、ありがとうございます」――。
【特性:『翻訳の呪い(カオスコンバーター)』が最適解を抽出しました】
「――天から舞い降りた君の手が、俺の心を救ってくれた。……運命だ。愛している。」
「……えっ」
時が止まった。
拾ってくれた女生徒の手から、ハンカチがハラリと落ちる。
彼女の瞳が、急速に潤み、顔がリンゴのように真っ赤に染まっていく。
(…………は?)
「きゃあああああぁぁぁぁぁ!!!」
「あそこの男子生徒が! 告白したぁぁぁ!」
「公開プロポーズだわ! 素敵すぎるっ!!」
周囲から割れんばかりの拍手と、野次馬の歓声が沸き起こる。
当の女の子は、あまりの衝撃と幸福感(?)に耐えきれず、白目を剥いてその場に卒倒してしまった。
(むちゃくちゃじゃねぇかぁぁぁ!!! なんでだよ! 普通に礼を言っただけだろ!? なんでプロポーズに化けるんだよ!)
「違う! 誤解だ! 俺は今のは――」
(出力:「――そう。出会ったばかりだが、この気持ちは本物だ……」)
(喋るな! 俺の喉! もう一生黙ってろ!)
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