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その1 最悪の出逢い

魔術師マリオンの外伝になります。今回の主人公は、運び屋のウォルターです。

外伝は、本伝より軽めでマリオンが主人公ではないケースが多々あります。

世界観は大体同じですが、魔法のなりたちや魔法理論についてもあまり深く考えていませんので、そのへんご容赦くださいませ。

 俺はウォルター・ディバイス。歳は二十代半ばで、客観的にみて顔はまぁ普通? くしゃくしゃの薄茶色の髪に目も茶色、よく日に焼けた肌をした六フィートの身長、ちょいやせ型の本当に標準的な中央大陸人だ。ようするにそこらへんによくいそうな若い男ってやつだ。

 その俺が、今の深刻な事態に陥った元凶に出会ったのは、つい昨日のことだ。ひと仕事終わったところで気を抜いて北方の町であの宿屋へ入ってしまったのが、そもそもの始まりで間違いだった。

 そこはその町ではわりと大きくてそこそこ有名な宿屋で、いつも俺が泊まる安宿よりちょっとばかり上のランクのところだった。石造りのどっしりとした三階建てで全体は四角い。右手にある入口には頑丈な木製の扉がはまっている。重い扉を開けると一階は受付と食堂で、泊まるのは二階の十人単位の共同部屋か三階の個室だ。もちろん個室はバカ高い。共同部屋の三倍はする。俺は共同部屋で十分。この初冬の気温なら柔らかい布団があるだけ絶対ましだ。

 別に泊まるのはそこでなくても良かったんだが、ひさしぶりにまともな布団で寝られるということで、ついつい俺はそこを選んじまった。いつもなら野宿するかもっと安いところに泊まっているが、終わったばかりの仕事の実入りがよかったことと、たまたま前を通ったときに開いた扉から流れてきたなんとも美味そうな肉料理の匂いに足が止まってしまったのだ。

 前から料理が美味いという評判もきいていたから、胃袋の誘惑には勝てなかった。毎度毎度、乾パンと干肉――あるいはもっと粗食――という食事には慣れているが、慣れているってだけでそれが好きなわけじゃない。たまには自分を甘やかさないと長い旅なんぞしちゃいられない。そのうえ暖かく柔らかい寝床ももれなくついてくる。最高じゃないか。だから、俺はあまり深く考えずにホイホイとその誘惑にのってしまった。後から考えるとそれが間違ってた気がするわけだけど・・・・・・。

 俺は、受付に座っていたごつくて愛想の悪いおっさんに共同部屋の空きを確認してから、荷物を持ったまま一階にある大食堂へ食事をしに入った。腹の虫が、さっきからずっとキュウキュウとにぎやかに鳴いている。早く何か食わないと倒れそうだ。まだ夜にはちっと間があるが、今時期は特に日も暮れるのが早いからそれに合わせて早めの夕飯をとる人間が多い。食堂兼宿屋だから泊まらずに酒を飲んで飯だけ食う近所の人間も来ている。だから、一階のほとんどを占めている広い食堂はそれなりに混んでいた。すでに酔っ払っているやつらもいるが、気になるほどうるさくはない。見たとこ大小あわせて二十卓ほどある席は、そこそこ埋め尽くされていたが、奥のほうにある八人がけの大き目のテーブルは、なぜかまだすかすかに空いていた。

「あんちゃん、悪いな。今、奥のほうの席しか空いてないんだが・・・・・・」 

 食堂には、受付のおっさんによく似た顔の体のでかい親方がいた。兄弟かな。けどこっちのほうがずっと愛想がいい。親方は、本当にすまなさそうな顔をしてきたが、俺は別にどこの席でも気にならない。

「かまわないぜ、俺はどこでも座れりゃ文句はねぇし」

 親方が、さらに微妙な顔をした。

「いや、よければやめといたほうがいいかもしれんよ」

「え、なんで? 」

「まぁ、あんたがよけりゃあいいけど、あたしなら絶対座わらんね」

 親方は、鼻の頭をぽりぽりかきながら、何とも歯切れの悪い思わせぶりな言い方をしてきた。

「なんだよ? なんか危ないやつでも座わってんのかい? 」

 俺は、背伸びして奥のテーブルに座っているやつの顔を見ようとした。その人物は一番奥側でこちらに向いて座っているのだから顔が見えそうなものだが、途中にあるテーブルの酔っ払いや衝立が邪魔になっていて、金色の頭のはしっこがかろうじて見えるだけだ。

「まぁ行ってみればいい。断られるかもしれないがね。断られたら粘ったりしないですぐに引いてくれよ? くれぐれも面倒は起こさないでくれ」

 と、親方は懇願に近いほど念を押してきた。

「わかったわかった、気いつけるから、大丈夫!」

 それでもまだ心配げな親方に、俺は親指を立てて見せた。ま、だめもとってやつさ。 親方にあんだけ心配させるようなでかいテーブルを一人で占領している輩なんてのは、いったいどんな強面かと思ったら、ちょうど俺くらいの年頃で、辺鄙なド田舎には不似合いな洗練された感じの華奢な男だった。やつは俺の姿を認めると、無邪気な微笑を浮かべて片手をあげた。

「やぁウォルターじゃないか、久しぶりだね。元気だったかい? 」

 一瞬、俺は自分の目を疑った。

「げ、お前、マ、マリオン? 」

「ひどいなぁ、そこで、げ、はないんじゃないの、ウォルター。こっちおいでよ」

 なんてことはない、金髪は昔から知り合いの魔術師じゃないか。

 彼は、屈託なくにこにこ笑って手招きをしている。女名前だが、もちろん男だ。そして、ここらへんは彼の縄張りとは驚異的に離れている。彼の縄張りは、確かもっとずっと北の方だったはず。会いたいと思ったってそう簡単には会えやしないのに、なんでこんなところで会わなきゃいけないんだ? 俺は声をひそめた。

「なんで天下の大魔術師サマがこんなとこにいるんだよ」

「うん、その話はあとでするよ。とりあえず、座って座って」

 マリオンは、自分の向い側の席を指し示した。すごく親しい友人というわけではないが、悪徳魔術師ってわけでもないし、そこまで避けて通るほどの相手ではないから断る理由もない。世間には、相手が魔術師ってだけでとことんつきあいを避けるという人間は大勢いるけど、俺は違う。

 魔術師ってのは、基本的には孤独な商売なんだろう――商売というと怒るやつが多いけど――と思う。付き合いの悪い魔術師はたくさんいるが、はたから見てると、魔術師本人が自分から人を避けてる場合と避けられてる場合があって、前者は自分の勝手だけど、後者はちょっと不憫だなと思わなくもない。魔力が強くなればなるほど、人はそばに寄りたがらない。一般人には、彼らの力を利用もできなきゃ理解もできないからかな。誰だって下手に関わって、命を落としたり呪われたり、カエルやネズミにされたりしたくないもんな。『母ちゃんと魔術師は無駄に怒らすな』ってことわざもあるくらいだし。そのうえ偏屈なひねくれ者も少なくない、てか多いんだ。

 でも、今夜の俺はありがたく相席させてもらうことにした。何しろ腹が減っていたんだ。別に怒らせなけりゃ、魔術師だってそう悪くはない。そしてこいつは、多少ひねくれ者かもしれないが、そこまで偏屈ではないし底意地の悪い奴でもない、と思う。でも、念のため今夜は酒は控えめにしとく。


「しばらくぶりだな、マリオン。元気だったか?」

 一応、あたりさわりのない挨拶をし、向こうも笑顔で同じように返す。

「おかげさまで。ウォルターこそ元気だったかい? 相変わらず旅三昧なんだろうね」

「まーな。貧乏ヒマなし、相変わらずってとこさ」

 俺が席につくと、すぐに親方がやってきた。どうやら、はらはらしながら様子を窺っていたらしい。俺が何事もなく相席になったので、ちょっと安心したような顔をしている。

「エールがおすすめらしいよ?」

 親方の持ってきたメニュー板を真剣に見る俺に、マリオンがにっこり微笑んだ。そういう彼の手元を見ると、赤葡萄酒の入った錫製のカップ。俺の視線を感じたのか、マリオンは乾杯するように少しだけカップを持ち上げ、口の端に微笑を浮かべた。

「僕はエールが苦手なんだよ」

 まぁ、いいや。俺は深くは考えないことにして、素直におすすめのエールの大ジョッキと、これも親方おすすめの鳥と玉ねぎの煮込み料理やら羊肉の焼いたのやらあれこれ注文した。

 その間、魔術師はにこにこしながら、人当たりのよさそうな顔で座っていた。正面からつくづく眺めてみるが、彼はほんとに見た目だけはかなりいい。その女名前にふさわしく、顔立ちは繊細で整っている。腰のあたりまでの金色の巻き毛、白い顔に異様に明るい緑色の陽気な右目で、常に前髪に隠されてる左目は金色だったはず。だったはずというのは、一度しか見たことがなくて、しかも怖すぎてよく覚えていないからだ。どうやらそれは魔竜の瞳だからだともっぱらの噂だ。見たら大の男でも震え上がらずにいられないとも。あれ以来俺は見たことないし、あえて見たいとも思わない。

 そこを抜かせば、いかにも北の方に多くいる北方人、俗にいう「雪と氷でできた白い民族」の風体だ。彼らは美形が多く我慢強く、豪胆な人たちだとよく言われている。いや、彼は我慢強い、でいいんだっけかな。わりかし、短気だった気がするんだけど。そのふたつって一緒に使ってもいいもんかね。

 とりあえず、魔術師としての腕は一流らしい。名前を言えば、知らないやつはいないくらい、その世界じゃかなり名の知れた魔術師だ。彼の腕前を何度も見たわけではないが、一度見ただけで十分だった。たぶん、そこらにいる魔術師とは桁も格も違う。加えて年齢も俺より下か同年くらいの年頃に見えるが、見た目どおりとは限らない。魔力を持つものは、加齢がゆるやかだ、というのは世間の常識だ。つまり、彼の年齢は、もしかしたら俺よりもずっとずっと上なのかもしれないってことだ。怖くて全然聞く気はないけどな。

 顔を見ただけで力の程度がわかるのは、魔力を持ったおんなじ魔術師仲間だけだろう。魔術師同士は、お互いの力量がある程度はわかるものらしい。俺には魔力のかけらもないから、そんなものはまったくわからない。一般人に魔術師の力の強さがわかるのは、魔法を目の前で使用されたときだけだ。それもわかりやすいやつに限る。


 俺はだいぶ前に、彼にそのわかりやすいやつを見せられたことがある。その時、彼は一度指を鳴らしただけで、何もない砂地に水脈を呼び寄せ、巨大な湖を作った。俺はそれを口をあんぐり開けて、たぶん思いっきり間抜けな面で眺めてた。あれは怖くて、そして美しい体験だった。今でも時々夢に見る。彼が指を鳴らすと、どこからともなくこうっというかすかな音がして、何もない荒れ果てた砂地に綺麗な水が滾々と湧き出でる、あのさまを。そしてそれがやがて大きな美しい湖となっていくさまを。

 俺の仕事自体が魔術師とよく絡むから、あちこちから彼の噂もよく聞く。まぁ、いい話ばっかりじゃなくてなかにはとんでもなく悪い噂もあるが、それは名前が売れればどんなやつでも多少はあることだし、俺は常々自分で見た以外のことは信じないことにしている。だから、俺はあの美しい湖しか信じない。

 そうそう、いい忘れてたが俺はいろんな場所へいろんな人間に頼まれて、手紙を届けたり物を届けたり、特殊な物を買い付けたりする仕事をしている。いわゆる運び屋ってやつだな。特に俺の所属しているギルドは、しょっちゅう魔術師の秘薬の買い付けなんかをやってるおかげで、口の悪いやつらには『魔術師のぱしり屋ギルド』とか呼ばれているようだ。

 もちろん、うちでも一般人からの頼まれ物も買ってきたり売ってきたりするけれど、やはり上客は、魔術師や占星術師や魔法療法士関係が八割以上を占めている。なにしろ魔術師たちは、大体が金持ちだ。いい商売になるわけだ。

 それに、魔術師というものは魔法で病人やけが人の治療をしたり、豊作にしたり、穀物蔵のねずみや害虫除けをしたり、とまぁいろんなことができるわけ。魔法が使える奴は、そんな力を使って、村のため町のため、そして自分のために商売をしているわけだ。

 さっきも言ったけど、商売というとなぜか魔術師たちは怒るので、その言葉は表立っては使えないが、それで村や町、あるいは個人から報酬を得ているわけだから商売でいいんじゃないのか、と俺は思うんだけど――まぁそれはおいといて、その商売もとい高貴なお仕事のために必要なものってのも、ばかみたいにたくさんあるらしい。


 秘薬や魔法書、貴石、薬草に毒草、ヤモリの黒焼きや大量のカエルの目玉とかラクダの心臓の干したやつ、砂竜のウロコ、珊瑚や貝殻とかその他いろいろ種々さまざま、なぜこれが、と思うような訳のわからんものが大量に必要なのだそうだ。そういうもので商売している『魔法屋』と呼ばれる店が町にはあって、そこにいろいろなものを卸している商売人もいるが、魔術師の中には個人的に特別なものを欲しがるやつが実に多いんだ。どうやら魔術師ってのは、腕がよくなればなるほどそういう特別な物にこだわる人種らしい。

 だが、超一流の大魔術師なら弟子も多いし、どんなところへも楽々移動できるんだろうが、誰もがそれができるわけじゃない。二流程度のそこそこ有能な魔術師もかなりの数いるわけで、村や町で商売してる者たちは、おいそれとは遠い北の果てや南の島へ買い物に行けない。そもそも単独で商売している魔術師なら、そんなひま自体がないだろうし。

 だからこそ俺たちのような仕事が繁盛しているのだ。稼ぎは悪くないし、ギルドもちゃんしているから保障もあるし、多少の危険は付き物だが、嫌いな仕事じゃない。おかげで俺は、いろんな貴石の名前や薬草やなんかの名前には詳しくなった。


 そういやマリオンは、そういう秘薬などをあまり使わないらしい。魔法形態が他の魔術師とは違うらしいのだが、その辺の違いは俺には良くわからない。やはり、隠された左目のせいなのだろうか。何も使用せずに、ただ指を鳴らしただけで湖を作れるほどの水を呼べる魔術師は、おれが知る限りでは彼しかいない。そんなわけで、実のところマリオンは俺――やギルド――のお得意様ってわけじゃないんだが、いろいろと魔術関係で世話になったことがあるから、多少性格に問題があっても、基本的には――たぶん――悪人じゃない、ということはわかってるつもりだ。

 見た目だけでいえばたいていの場合、人はこいつを避けたりしないと思う。むしろ話しかけやすい雰囲気だから、すぐに誰とでもうちとけて乾杯して陽気に酒を酌み交わしていそうだ。さっき言ったとおり、ほんとに見た目だけだと年季の入った魔術師とはまるで思えない。

 そこまで考えて俺は、はたと疑問に行き当たった。じゃあ、いったいなんで親方や他の旅人が、彼を避けていたのか。親方だけでなく、この店の客たちはすべてここのテーブルを避けていた。夕飯時でそれなりに混んでいるのに、八人がけのテーブルにこんな若造が一人で座っているなんてありえんよな、普通なら。そう、相席が普通なんだよ、このあたりの店は。しないはずがない。

 で、俺なりに色々と考えていたわけだが、マリオンの服装を見ていたらようやくその理由がわかった。彼は魔術師のわりに、ほとんど黒を着ない。いつも白だの灰青色だのと比較的明るい色合いの格好をしている。そのわりに簡素なものが多いせいか、そこまで浮いたりもしない――本人は世間の流行り廃りに関係なく、常にブロンドの長髪だから別の意味では目立つだろうが――はずだ。


 だが、今日は違う、これは目立つ。浮きまくりだ。この町ですれ違った人間が、百人が百人ともみんな振り返るだろうよ。派手だというんじゃない。初冬のくそ寒い北の町に、まるっきりふさわしくない軽装だったのだ。細身の体にまとっているのは、仕立てはよさそうだが、透けそうなほど薄い絹のシャツ、薄手の黒ズボン。上着なし。魔術師はごてごてと飾る奴が多いが、彼は装飾品の類も少ない。凝った意匠の腕輪と素朴な飾り玉の腕輪が、それぞれ左右の手首に一本ずつと金鎖が首元から覗いているが、ただそれだけだった。近くの椅子に、白灰色のマントがかけられてはいるが、これも薄物。どうやら装飾の役目しか果たしそうにない。どう見てもこのへんだと初夏くらいの服装だ。これは、見ているだけで寒い。このあたり、夜ともなれば桶の水にガッツリと氷が張るくらいの寒さだぞ? どう考えても、普通の人間の今の季節の服装じゃない。しかも、こざっぱりとしていて金はかかっている風だから、それしか着る物がなくてしょうがなく、だとも思えない。となれば、そこから出てくる結論は、ひとつしかない。『絶対なんかおかしい。こいつ、ただモンじゃない、きっと魔物か魔術師だ、かかわらんほうがいい』だよな。

 俺は、ちょっと首をひねった。前はごく普通の、季節にふさわしい服装をしていたような気がしたんだが。そもそもあんまり魔術師に見えない魔術師ってのが粋ってもんだよ、とか言ってなかったか?


 てなことをとりとめもなく考えていると、マリオンは、再び俺に向かってにっこり微笑んだ。

「やっぱりこの服装だと、僕が魔術師だとわかっちゃうかなぁ」

 危うく俺は、届いたばかりのエールのひと口めを吹き出すところだった。読まれてる。こいつ読心術も使えたんだっけ? 使えても不思議はないかもしれないが、ちょっとあせる。

「読心術なんて使うまでもないよ。君のは全部顔に出てる。視線をたどったら全部わかるからね」

 彼は、本当におかしそうにけらけら声をあげて笑った。ちっ、そういやこいつはこういう嫌味なやつだった。

「南の国から急いできたんで、着替えてるヒマがなかったんだよ」

 いいわけがもうすでにうさんくさい。

「へぇ、そうっすか。だとしても、金はあるんだろ。町なら古着屋もたくさんあるだろ。なんか買えよ」

「暖かくする魔法は使えるよ。僕は火の魔術師じゃないから限度もあるし、そんなに長くは持たないけど」

「だーかーら、なんでそこで魔法を使うとかでるかな」

 俺はあきれた。ホント、魔術師ってなんでも魔法で片付けたがるよな。

「なんでもかんでも魔法に頼らなくても、普通に上着でも何でも買えって。どっかで遭難しているわけでもないんだし、ここらにだって古着屋はあるぞ。人目を考えなよ」

 絶対、何か魂胆がある。俺の不審げな視線に、マリオンは一度軽く肩をすくめると、シャツの胸元から長い金鎖につながれた白っぽい四角いものを取り出した。

「実は今、コレを持ってるからね。寒くないんだよ。むしろ暑いくらいなんだよ。あ、でもカイロじゃないからね」

 それは成人男性の手のひらより、ひと回り大きいくらいの四角い薄い革製の袋だった。口がひもで縛れるようになっていて、中身がむやみに飛び出さないようになっている。

 それはなんだ、と訊きかけて、危うく言葉を飲み込んだ。中身について訊くのは避けたほうがいい。どうせ何か魔道に関係した、俺には理解できないような――ろくでもないもの――に違いない。世の中には知らなくてもいいことが、たくさんあるもんさ。深く訊くのはやめておいたほうがたぶんいい。いや、絶対いい。断言する。

「いや、別に聞きたくない」

 俺の言葉に、えぇーっとマリオンが不満そうな声をあげた。

「冷たいなぁ、ウォルター。そこまで言っておきながら、理由を知りたくないわけ? それに友達なんだから、少しくらい僕の話を聞いてくれてもいいだろ」

「こんなときだけ友達面すんなよ。いらねーよ、お断りだ」

「ひどいなぁ。話を聞くくらいいいじゃないか。損はしないってば」

 押し問答しているその時、マリオンの手から袋がひとりでにひょいっと空間に飛び出した。続いて鎖もしゃらんと微かな音をたてて、マリオンの頭をするんと抜けた。それですっかり自由になった袋は、俺たち二人の真ん中のちょうど頭の上あたりに浮かんで止まると、すぐに淡い光を放ちはじめた。

「え、なんだ、これ」

 さすがにマリオンも驚きの表情の浮かべて、思わず立ち上がった。袋をつかもうとしたが、それはまるで生き物のように彼の手をかわしさっとすり抜けると、更に上へとあがっていく。

 あんぐりと口をあけていた俺が声を出す前に、袋はしゃらーんと軽やかに鈴を振ったような音をさせながら、ちょうど立ち上がった俺たちの手が届くか届かないかくらいの高さでとまり、空中でくるくると静かに廻りだした。


 一体、どんなことが起こるのか俺にはまったく予測も出来ない。マリオンは、これ以上袋が空中に飛び上がらないように、鎖の端っこをしっかりと握り締めている。力を込めて鎖をひっぱっても、袋は空中から降りてこないようだ。これ以上ひっぱると、鎖が切れるかもしれない。彼の顔色は、心なしか青ざめて見える。

「やめてくれ、君の強さも美しさもちゃんと僕は知ってるから。お願いだよ、僕の元に戻ってきてくれ。君が必要なんだよ」

 まるで袋に求愛しているみたいなセリフに思わず吹き出しそうになったが、マリオンのあまりにも真剣な顔に笑いが引っ込んだ。えぇー? なんでそんなに真剣なんだよ。いったい何が起こるんだよ。

 俺たちふたりにはお構いなく、どんどん袋の回転が速くなる。それとともに光もどんどん増していく。やがて、革紐でしっかり閉じられているはずの袋の口が自然にゆるみ、中からたくさんの小さな光る丸い珠のようなものが、勢いよく食堂中に飛び出してきた。噴き出してきた、というほうが正しいだろうか。ものすごい量の光の塊が一気に空中に放たれ、部屋中に降り注ぐ。 そのえんどう豆ほどの光の珠は、ばしばしと容赦なく俺の顔にもぶつかってきた。はたから見ている分には綺麗だったのかもしれないが、その原因のすぐそばに座っていた俺は、目を開けていられないくらい痛い。

「いたたた! おい! 止めろっ! 痛いだろっ!」

 口の中に入らないように頭を抱えて叫んだが、向い側の席に聞こえているかどうかもわからない。なぜなら、それが始まったとたんに、あたりがものすごく騒々しくなったからだ。最初は、悲鳴と恐怖の叫びだったように思う。そこは間違いない。だが、誰かが「こりゃ、貴石の原石だぁ! ひと儲けだ」と、叫んだとたん、悲鳴は別のものに変わった。歓声だ。

 頭を抱えながら後ろを振り返って、俺はあ然とした。ある者たちは、競ってテーブルの下、椅子の下へもぐりこんでいる。ある者たちは、部屋中のテーブルの料理の皿を覗き込み、狂気のようにその中をまさぐっている。またある者たちは、天井にぶつかってはね飛んでくる珠を、帽子やスカーフで受け止めようと右往左往している。みんなが光の珠を拾おうとして、大騒ぎしているのだ。


「なんだこりゃ? 」

 後ろでマリオンが、ふーっとため息をついたのが聞こえた。俺は、呆然としてマリオンのほうに向き直った。肝心の袋の主には、まったく害が及んでいないところがまた腹立つ。彼はようやく袋をつかまえたようだ。彼の手の中で、すでに元の何の変哲もないただの革袋に戻っている。

「やってくれるよね、君は。だめじゃないか、こんなところで暴れるなんて」

 この場合、君ってのはもちろん俺じゃない。彼は顔をしかめ、目の高さに袋を持ち上げると、子供を叱るときのように大真面目に話しかけていた。

「なんだよ、これは」

 やつは苦笑を浮かべ、すっかり大人しくなった袋をシャツの襟に押し込んだ。

「ごめん。たまに悪戯するんだよ。びっくりするような、ね」

「悪戯って・・・・・・。これが悪戯ですむのかよ」

 ふと見ると、さっき俺の顔におもいきりぶつかったそれが、何個か皿の中に落ちていた。緑色の固い粒を菜っ葉の上からつまみあげ、光にすかしてしげしげと眺める。それは完全に磨かれてはいないものの、半分ほどが透きとおっていて美しく煌めいていた。この明かりをはじいて、独特の深い緑色に輝いている様子には覚えがあった。

「ええ?! こりゃ橄欖石じゃないのか? 」

 橄欖石――かんらんせき――というのは、オリーブの実によく似たくすんだ緑色をした魔術師がよく使う貴石だ。しかも俺が見たところ、粒も大きく透け具合もいい。これはかなりの良品だ。かなり荒いがほどほどに研磨されている。

「さすがウォルターだね。そうだよ」

 なんだかこいつにほめられても、裏がありそうでちっとも嬉しくない。

「こっちは黄水晶だね」

 マリオンは、空になっていた自分のスープ皿からスプーンで黄色い小さな塊をすくい出し、無造作にテーブルの上に放り出した。俺も念のために飲みかけのエールのジョッキを覗いたら、底に緑色の塊がいくつも沈んでいた。どうやらこっちも橄欖石らしい。

「紅玉とか青玉もあるみたいだね」

 マリオンが、テーブルの端にころがっている赤と青の石を指差す。

「はぁ、そうなんだ」

 まぬけな返事だが、俺にはそう返すしかなかった。 確かに紅玉や青玉や橄欖石は高価なものだが、だからってどうすりゃいいの。今のこの出来事に説明がつかない限り、俺はこんなもの、ポケットに入れて持ち帰りたくないぞ。売ればそれなりにいい金にはなるだろうけど。

 でもさ、危なくって仕方がないだろ。こんなうさんくさい石。呪われてるかもしれないじゃないか。いったい、さっきのアレはなんなんだ。ひとつだけわかっているのは、やっぱり魔術師の持ち物なんてろくでもないもんだったなってことだけだ。


 やれやれと俺は頭を振った。すると俺の髪の毛に絡まっていたらしい橄欖石と黄水晶がばらばらと床とテーブルにこぼれ落ちた。

「……呆れて物もいえねぇ」

 ほんとにろくなもんじゃない。

「ごめん、申し訳ない」

 マリオンは、意外にも神妙な面持ちで頭を下げた。

「こんなにひどいことになるなんて思わなかったんだ」

 俺は、椅子に音を立てて乱暴に座り込んだ。と、尻に固い塊が当たって思わず腰を浮かす。

「痛ってぇな、なんなんだよ」振返ってみれば、椅子の上にはどんぐりほどのさまざまな原石がごろごろところがっている。俺は乱暴に椅子を振って石を落した。ここは俺が多少ふてくされたとしても無理はないだろ?

「魔法で止めりゃよかったじゃないか」

 マリオンは、浮かない顔でうーんと唸った。

「魔法が効かない領域ってのも、この世には存在するんだ」

「城ひとつ崩壊させたり、湖ひとつ作ったりとか簡単にできるくせに」

「いや、それとこれとは全然違うんだよ」

 ふん、と俺が鼻で笑うと、マリオンは目を伏せた。

「今回はそう簡単にはいかないんだ」

 いいながら、袋を下げた胸に軽く手を当てる。「これは『魔法』あるいは『魔法の印』そのものなんだ。魔法そのものに対して魔法は効かないよ。魔法の呪文そのものに呪文は効かない、とでも言えばいいのかな?」

 わかるかな? とマリオンが小さくつぶやいた。

「いや、俺みたいな凡人にはわかりません」

 俺はもう一度頭を振り、エールの海で溺れている橄欖石を何個か救出してから、慎重に中身を全部飲み干した。やたらとのどが渇いていた。そこへマリオンが身を乗り出してきた。

「ねぇ、ウォルター、それで僕は君にお願いがあるんだよ」

「いやいや、さっきも言ったけど俺はなんも聞かない、聞きたくないぞ」

「そんなこと言わないで。頼むよ、ウォルター、僕はすごく困ってるんだ」


 俺が顔をしかめて言い返そうとするより早く、マリオンの懇願をさえぎって頭の上から別の声が降ってきた。

「あたしも困ってるんだが」

 見上げると、この店の親方がひきつった笑みを浮かべて立っていた。

「とにかくこの騒ぎをなんとかしてくれんですかね? これはひどい。店のものをみんな壊されちまう」

 と、親方は後ろを指差す。

 そうだった、忘れていたが、まだ後ろでは客が騒々しい。よく見ると、厨房の中にまで入り込んで、まだしつこく石を探しているやつらもいるのだ。頭に血が昇っているのか、何にも考えず邪魔なものを乱暴に押しのけるから、何かの落ちる音がひっきりなしにする。エールのジョッキは木製だし、ワイングラスは錫製だから問題はないだろうが、皿は木製だけじゃなく陶器のものもある。宿屋の食堂で出すものだから死ぬほど高価ではないだろうが、ただなわけじゃない。店としては、かなりの損害になりそうだ。

「確かに。この始末どうするよ、魔術師殿」

 俺がマリオンを見ると、彼は本当にすまなそうな顔をして立ち上がり、親方にむかって頭を下げた。

「申し訳ない、親方」

 親方は困った顔で、俺とマリオンの顔を交互に見た。あやまるより出てって欲しいのだろうが、魔術師になんと言ったらいいものか考えあぐねている風だ、気の毒に。代わりに俺が言うことにした。

「防御の魔法でもかけてやればいいじゃないか。少なくとも物がこれ以上壊れないようにできるだろ?」

 マリオンは、困った顔で小さくため息をついた。

「それがだめなんだよ、ウォルター。今の僕は魔法が使えなくて」

「えっ、なんで? 」

 思いもよらないマリオンの言い訳に、思わず訊き返してしまう。マリオンが、自嘲気味にふっと短く笑った。

「そう、これに魔法が効かない、というのもあるけど、実は今、僕が魔法を使えない事情があってね。いや、使えなくはないんだけど、今は使わないほうがいいんだ」

 マリオンは、荒れまくっている店の中を情けない顔で見回している親方に向かって、手を合わせた。

「親方、本当に申し訳ない。壊れたものはもちろん、掃除代も含めて弁償します。全部僕の勘定書きにつけといてください。もちろん踏み倒したりしません。あとで必ず払います」

 マリオンの殊勝な口調に親方が渋い顔をして、それでもしっかりうなずいた。

「この際だから、うんと多めにつけといたほうがいいぜ? 」

 俺がつけ加えると、親方は何も言わず俺に目をむいて見せてから引き下がっていった。魔術師に喧嘩を売る気は、まったくなさそうだった。まぁそれは賢いかもな。俺が親方でも売る気は起きないさ。魔術師は無駄に怒らしたくないわな。なにしろ、魔法が使えるようになったとたんに、どこへすっ飛ばされるかわかったもんじゃない。魔術師の問題解決方法には、常人の理解の範疇を超えてるものもかなりあるからな。

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