第一章 ♦ 侍女 ③
そして数日後、スイは採用の手紙を受け取った。
身の回りの荷物を鞄ひとつに詰めて、スイは頭領の館に移り住むこととなった。
侍女の仕事着である黒いワンピースに身を包み、エリシュカの部屋で彼女と対峙する。
「……何をにやにやしているの」
「嬉しくてつい頬が緩んじゃうんです。雇ってくれてありがとうございます!」
つんとしたエリシュカは答える。
「一番使えそうなのがあなただっただけ。それと、まだ試用期間よ。本採用は、実際の働きを見て判断させてもらうわ」
「はい!」
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エリシュカはまず、スイを他の侍女二人のもとへ案内した。
「テレザとシモナよ。彼女たちは私の実家、リンデン家にいた頃から付いていた侍女よ」
二人は不審そうにスイを見ていた。
「奥様……私たちがいるのに、どうして新たな侍女を?」
「あなた達はベルナルトの世話で忙しいでしょう? 私も色々と仕事が増えてきたから、小回りの利く雑用係が必要なのよ」
エリシュカは答える。
侍女たちのそばには、年の頃二歳くらいの可愛らしい赤毛の男の子がいた。アルベルトとエリシュカの一人息子であるとスイはすぐに分かった。スイがほほ笑みかけると、ベルナルトも紅顔をほころばせた。
まだ不満そうな侍女たちを置いて、エリシュカはさっさとスイを連れて館内を案内した。
最上階はアルベルトの部屋とエリシュカの部屋、子供部屋、先代夫人でアルベルトの母の部屋、その階下には応接室や図書室、宝物室、書斎や客室などが並び、地上階には大広間や食堂、厨房や使用人たちの部屋などがあった。
エリシュカは女主人として屋敷内の全ての事柄に精通しており、一通りの説明をスイが受け終えた頃には、まもなく日が暮れようとしていた。
それでは、とスイが自分に充てがわれた部屋に下がろうとしたとき、エリシュカは命じた。
「夕食を終えたら私の部屋に来なさい。早速ひとつ仕事があるから」
♦♦♦♦
――その夜。スイは一糸まとわぬ姿で湯船に浸かって、満天の星空を見上げていた。
夕食後にスイがエリシュカの部屋を訪ねると、彼女は有無も言わさずスイを浴室に連れて行った。
〈ペトラム〉には、鉱山に付き物の温泉の湧き出る水脈があって、街の至る所に公衆浴場がつくられている。
頭領の屋敷にも主人専用の温泉浴場があり、しかも最上階のバルコニーに据え付けてある露天風呂であった。そこは屋敷が街に面した側とは反対にあり、眼の前は岩壁で誰かに覗かれる心配はない。
訳が分からないまま、スイは一人湯の中でほこほこと温められていた。
そこへ、ドレスを脱ぎ捨ててきたエリシュカがバルコニーに現れ、同じように岩造りの浴槽へその裸身を沈めた。
隣に腰掛けたエリシュカに己の身体をまじまじと観察されて、スイは反応に困ってしまう。
「……病気はもっていなさそうね。きれいなものだわ」
そう判じたエリシュカの肉体もまた、傷一つなくすらりとして美しかった。
見惚れているスイにエリシュカは尋ねる。
「――あなた、将来子どもを産みたいと思う?」
その問いにスイはすぐ答えた。
「はい、いずれは」
「……なら、産むためには種が要るでしょう?」
エリシュカは浴槽の淵へ肘をつき、わずかに口角を上げた。
「今夜は、アルベルトの部屋へ行って、夜伽をしてきなさい」
「はえ?」
驚くスイにエリシュカは続ける。
「彼に惚れたと言っていたでしょう? なら嫌ではないわよね。私も構わないわよ」
「本気ですか?」
「えぇ」
エリシュカはため息をつく。
「跡継ぎの子がベルナルトだけじゃ心もとないでしょ。でも私は自分の仕事に集中したいから、また妊娠してるヒマなんてないのよ。だから、代わりにやってもらえないかしら」
「でも……」
「それが、新たに侍女を雇った理由のひとつでもあるのよ。もしできないと言うなら、仕方ないわ、明日から来なくていいわよ」
今度はスイがエリシュカをまじまじと見た。エリシュカも試すようにスイを見返す。
「……怖気づいた?」
「――でも、跡継ぎをつくるっていうのは無理かもです。私は女の子を産むつもりだから」
「え?」
予想外の反応にエリシュカは面食らう。
「……性別は選べないでしょう」
「私が産む子はきっと女ですよ」
そう言ってスイはにっこり笑った。
「もし私に男の子を産ませられたら、その殿方はこの世の王の父になれるかも。試してみます?」




