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第四章 ♦ 領土 ⑧



 スイが"龍の石"の力を行使する直前、アルベルトは彼女にひとつ指示を出された。


「あなたは今すぐエリシュカのもとへ行って。追手がかかっているはずだから」


 剣を忘れないでね、とスイはアルベルトの背中を押して行かせた。


「あなたが裁かなきゃいけない人がいるわ」



 アルベルトが坑道を登って隠し通路に差しかかかると、そこで立ち往生している避難民たちに出くわし、エリシュカが謎の男たちに拐われたことを知った。


 足音を忍ばせて進んでいくと、明かりの灯っている空間があり、傭兵らしき二人の男が立っていた。

 何かに気を取られているのか、隙を見せている彼らを、片方は背中から袈裟斬りにし、もう片方は振り向いたところを剣先で突いて倒した。


「エリシュカ……!」


 男たちが倒れて開けた視界の向こうには、うずくまって滂沱の涙を流しているエリシュカと、蒼い顔で壁にもたれて座っているヴィクトルがいた。


 何が起こったのか分からないが、ひとまずエリシュカに駆け寄る。


 どうやら足を怪我しているようだった。涙が止まらず喋ることができないエリシュカは、震える手で兄を指さし、怖いほど強い意志を込めた目でアルベルトを見つめた。


 そこでアルベルトは友のヴィクトルを見やる。本来なら、彼はここではなく街にいるはずだ。

 そして、今アルベルトが殺した傭兵たちはなぜ秘密の避難通路にいたのか。

 ……ともに〈ペトラム〉で育ったこの友人もまた、坑道内部を知悉している者の一人だ。


 全てを察したアルベルトはヴィクトルの前に立つ。


「……本当に残念だ。君だけは、内通者であってほしくなかった」


 アルベルトの言葉が届いているのか、ヴィクトルの目は虚ろで反応がない。呼吸はゆっくりだが、浅い。外傷は見当たらないが、ほとんど意識を失っているようだ。

 それでも、顔を上げて目の前に立つ者を認識はしたようだ。


「アルベルト……僕はずっと……不思議だった」


 ささやくような弱い声でヴィクトルが言う。


「どうして……エリシュカを手放さなかったのか……」

「何だって?」


 アルベルトは首を傾げる。


「処女でないと知れば……別れると思っていたのに……僕のもとに戻ってくると……」


 ほとんど独り言のようにつぶやかれた言葉に、アルベルトは凍りついた。


 我知らず、エリシュカを振り返る。彼女は悲壮な顔で、ただ一つ頷いてみせた。


 それで、アルベルトは己の妻が長い間抱えていた秘密を悟った。

 言葉にするのもためらうような罪に苛まれ続けていたことを、今このときになってやっと――


 アルベルトはヴィクトルに剣を突きつける。


 スイの託宣の通りだ。アルベルトは裏切りの徒を断罪しなければならない。恐ろしい過去をこの手で葬らなくてはいけない。


 自分が正義の使者などと嘯く気はないが、それでも正さねばならない不義はある。


「……ヴィクトル」


 改めて、目の前の友のことを思う。同じく家名を背負った後継者同士、支え合いながら育ってきた。けれど、目指していた世界は全く違っていたのだと、今頃気付いてももう遅い。どこで道を違えたのだろうか。


 朦朧とアルベルトを見上げるヴィクトルの目は、それでも恨みがましいものではなかった。ヴィクトルが怒ったり恨んだりする姿は、これまでにも見たことがなかった。ただ、互いが理解し合えなかったことへの諦めが、そこにあった。


 ヴィクトルに剣を宛てがったまま、アルベルトはエリシュカと目線を合わせる。


 エリシュカは泣き止んでいた。血と砂に汚れ、髪は乱れていたが、いつもの女主人としての風格を取り戻していた。


「――さようなら、お兄様」


 ヴィクトルが小さく息を吸い込み、目を閉じる。


 その胸に、アルベルトは深々と剣を突き立てた。胸郭を貫き、切っ先が岩壁にごつりと当たる音が、重々しく空間に響いた。


 裁かれた者が動かなくなり、密やかな処刑を遂行したアルベルトは、虚脱しかけながらもエリシュカに歩み寄ってその身体を抱きしめた。


 エリシュカは何も言わずにアルベルトを抱き返す。もう涙を流さなかったが、心はまだ泣いているようだった。


 しばらくそうしていた後、エリシュカは苦笑混じりに言った。


「……きっと、スイに言われてここに来たんでしょう?」

「その通りだよ」

「あの子には助けられっぱなしよ」

「僕も、助けられたよ……」

「そうでしょうね」


 身体を離してエリシュカは続ける。


「街の状況はどうなってるの? さっき大きな水の音がしてたけど……」

「僕も全ては把握してないんだ。確かめに行こう。スイも無事だといいんだが……」


 エリシュカはきっとアルベルトを睨んで言った。


「あの子に何かあったら承知しないわよ。早く行って……いえ、私を背負って。一緒に行くわよ!」


 そう言ってせっつくエリシュカを腕に抱えて、アルベルトは来た道を走って戻った。


 頭領と女主人の二人には、これから救わねはならないものがある。〈ペトラム〉を、仲間たちを、そして愛と献身をくれたあの少女を――



 第四章 ♦ 終



次の終章で完結です。(明日8時更新予定)

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