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第四章 ♦ 領土 ④



 その日、最初の凶報を携えたハヤブサが降り立ったのは、日没前だった。


 馬に乗り武装した集団が交易路上に突然現れ、〈ペトラム〉に向かって進行しているという報告が届いた。


 アルベルトが櫓門(やぐらもん)の格子戸を降ろすよう指示を出している最中にも偵察の続報が飛んでくる。その集団

は〈ペトラム〉へ続く岩道の入口で、仲間と思しき別の小集団と次々合流し、数を増しているという。


 街の鐘を鳴らさせて、住民たちに覚悟を決めるときが来たことを知らせる。


 頭領の館には今、アルベルトとエリシュカ、ヴィクトル、ヤナタがいた。応接間に移動するのももどかしく、玄関ホールで顔を突き合わせる。


「僕は予定通り、街の人々の指揮を取るよ」


 ヴィクトルが口火を切った。


「私は避難民の先導をします」


 エリシュカが静かに言った。


「僕はヤナタと共に櫓門の側で陣頭を構える。さっそく持ち場に付いてくれ。無事を祈る」


 手短に会議を終え、玄関から各々の行先へ向かう前に、アルベルトはエリシュカに耳打ちした。


「スイはどうした?」


 エリシュカは肩をすくめた。


「野暮用を済ませてから合流するって」

「何だいそりゃ?」

「さぁね。あの子は敏捷(すばしこ)いから、多少出遅れても問題ないでしょう」


 もとよりスイには持ち場を定めず、状況に合わせて行動するよう指示していた。


「最後に顔くらい見ておきたかったよ……」

「縁起の悪いこと言わないで」


 たしなめるようにエリシュカは言った。 


「結末はどうあれ、必ず再会するのよ――」


 ♦


 地平線に太陽が沈んでいく中、"龍の守護団"は岩道を続々と進軍していた。


 彼らは夜の襲撃に慣れている。暗闇から忍び寄る怪物のように、じわじわと確実に目的の場所へ接近していく。


 数え切れない荷車が行き来したこの道は、固く踏みならされているから馬たちの足は淀みない。

 その背に乗る人間たちは皆、狼か熊か分からない獣の仮面のような兜を被っていた。対面した獲物たちは、その人間らしい感情を読めない面に怖気を催すだろう。


 群れの中でも特に機動力の高い突撃隊が先頭を進み、その後ろにジルは轡を並べていた。


 通常であれば、ジルは最後方にいて獣たちの狩りを眺める位置にいる。

 略奪行為に細やかな指揮はいらないし、破壊を楽しむ獣たちには士気を鼓舞する必要もない。それで隊が損なうことがあっても、別の土地に潜伏させている分隊を補充すればいいだけだ。


 だが、今夜は特別な狩りだ。もっと近い距離で獲物を確かめたかった。自分の手で宝の所在を探し出したかった。


 ――ジルが求める宝は、女の形をしている。虫も殺さぬ顔をして、怜悧な爪を隠している。俺の心を盗んでおきながら、己は捕らわれることなく、世界の果てへ逃げおおせた赦しがたい盗人だ。


 衝動のままにジルは高く口笛を吹いた。それを合図に群れは進軍する速度を上げた。

 資金主(スポンサー)たちの望み通り、〈ペトラム〉は必ず攻略してやろう。"協力者"たちの存在によって、それは容易く成し遂げられるはずだ。


 ♦


 死後の安寧を守る地下墓所に、再び小さな灯りが訪れた。


 一人ランプを携えたスイは、靴音で死者たちの静寂を乱しながら、次々と墓室を通り抜けていく。


 しばらく彷徨ったあと、フヴァータル家の者が安置されている墓室を見つけた。他の墓室と同じく、ほとんど内装が施されていないから見つけるのに少し手間取った。


 〈ペトラム〉開祖でありアルベルトの祖父である男の遺体はそこに横たわっていたが、その隣の穴には、幾ばくか備えられた遺品と、遺体を包むための麻袋が虚しく敷かれている。

 その遺品を少し探ってみると、柔らかい布に包まれた小さな何かがあった。それを取り出して、ランプの光で検めたスイは、安堵にため息を漏らした。


「やっと、見つけたわ……」


 そしてそれをポシェットにしっかりと格納し、スイは墓室に振り返って微笑んだ。


「ごめんあそばせ。盗ませて頂くわ」


 ♦


 唐突に打ち鳴らされた鐘の音に色めき立った山羊たちを、ライラは囲いの柵から追い立てた。

 勢いのままに駆けていった山羊たちは、眼前の岩壁に次々と蹄を掛けた。〈ペトラム〉の外殻を担っている急勾配の崖でも、山羊たちはさほど苦労もせず上へ上へと登っていく。

 それを真似ることは難しい人間たちは、坑道の奥へ逃げるか、踏みとどまって戦うしかない。


 ライラは避難民たちが落ち合う予定の場所へ走った。坑道の出入り口の前に、鐘を聞いた者たちがぼちぼちと集まり始めている。その中に、先日〈ペトラム〉の住民になったばかりの少女、シリヤがいた。


「ランプのオイルは十分に持ってる?」

「はい」


 ライラとシリヤは坑道へ避難する者たちの介助をする役目である。

 装備の確認をしている間に、動きやすい軽装にマントを羽織ったエリシュカが駆け足でやってきた。


「どのくらい集まっている?」

「六割ほど。産院と学堂からはまだ来てません」

「医院のグループはもう出発しましょう。全員集まったら、しんがりは任せます」

「了解」


 病人や怪我人、その看護をする者たちを連れて、早速エリシュカは坑道の闇へ足を踏み入れた。

 腰に差したナイフを確かめながら、ライラは最後にシリヤに言葉をかける。


「――分かっているね。私たちは、何を置いても、エリシュカ様と御子息を守らなくてはいけないよ。〈ペトラム〉の要の一つだ」


 シリヤは力強く頷いた。

 彼女は、商人に身売りされそうになっていたところを、間一髪でエリシュカに救われたあの少女だった。初めの頃は頼りない印象だったが、ここで過ごした短い時間の間に、しっかりと意志を持ったまなざしをするようになった。


 せっかく助かった命を、また危機に晒すのは忍びない。だからエリシュカの補佐につけて避難民の一員にすることにした。シリヤはライラに背を向けて、エリシュカの元へ忠犬のようにまっすぐ走った。


 彼女たちが出発した後は、足取りの覚束ない老人たちが後続し、それからまもなく、妊婦や赤子を抱えた母親たちと、学堂の子どもたちが到着した。


「落ち着いて、転ばないように進みなさい」


 前進を指示するライラに、子どもたちを引率してきた教師の一人が深刻な顔で駆け寄った。


「まずいことになりました」

「どうした」

「――ベルナルト様がいないんです」

「何だって?」


 とっさにライラは子どもたちの群れを見渡す。確かにベルナルトの顔はない。


「もしかしたら、侍女の方たちと別の場所に避難しているのかもしれませんが……」


 教師は訝しげにそう言った。エリシュカに伝えに行くべきか、ライラは一瞬迷った。


「……もう一度探してみよう。こちらに向かっている途中かもしれない」


 何か不測の事態が起きたのか、嫌な予感がする。


 

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