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第四章 ♦ 領土 ①



 夜の帳が濃い新月の空を、艶めかしい炎の赫い舌が嬲っていた。


 略奪を済ませた数十軒の粗末な家屋はちょうどいい薪だ。半分は焚き火代わりに燃やし、半分は今夜の略奪者たちが興奮も冷めやらないまま一夜を過ごす仮宿となった。

 この村に住んでいた痩せぎすの村人たちの亡骸は臭い出す前に畑の上に積み上げて、油をかけ火を着けた。今やっとぶすぶす燻りながら焼け始めている。


 家屋の群れから少し離れた小さな家に"青髭"ジルは腰を落ち着けていた。ここには足の弱った老婆が住んでいたようで、物が少なくこざっぱりとしていたから、強奪の痕跡はほぼない。老婆は外で殺したから血の汚れもない。

 周囲の家屋で手下たちが酒を飲みながら騒いでいる喧騒を聞きながら、独りゆっくりと葡萄酒を飲む。窓から見える炎の輝きを眺めながら、切り揃えた口髭についた雫をなめる。


 手下たちと違って、ジルは今夜の襲撃に血が騒ぐことはなかった。

 いや、これまで繰り返してきた略奪とて、彼を歓ばせたことなどない。それで得るものは、真に望むものが手に入らないことへの失望と苛立ち。それを紛らわすために破壊し、殺してまた次の狩り場を探す。

 それを何度繰り返し、何年の月日を費やしてきたのか、もう数えることもなくなった。


 それでも、この虚無のような行軍を辞めることはできない。

 望む宝はこの世に存在することを知っているからだ。その一縷の望みに賭けて、探し求めては奪い、勝手に溜まってく金品につられて群がる奴らが徐々に増えていき、今やこんな大所帯になってしまった。

 もはや村一つ程度の獲物では、この獣の群れを満足させられないだろう。もっと肥え太った獲物でなくては――


 不意に、手下の男がジルのいる部屋にやってきた。

 その音の立てない身のこなしから、伝達役として遣っている腹心の一人だと分かった。


「頭、ヨセフからの報告です」


 そう言って男は恭しく手紙を差し出す。ジルは黙ってそれを開封する。

 いずれ獣たちの餌にする予定の街のひとつに潜り込ませた間諜からの状況報告。事務的に目を通していたが、重要人物のリストに視線が止まる。


 ――こいつだ。


 思わず感嘆の声を上げそうになった。付記された彼の者についての報告をじっくりと読み、確信は深まっていく。

 ジルは立ち上がって伝達役に告げた。


「……明朝、出発すると皆に伝えろ」

「はい。本隊の拠点に帰還致しますか」

「いや、本隊をこっちへ合流させろ。各地に潜伏させている分隊も全員だ」


 "龍の守護団"はあちこちで恨みを買っているために、様々な追手がかかっているが、隊を分散して移動することで一網打尽にされることを防いでいた。

 おや、と伝達役が片眉を上げる。


「ということは……大物に取り掛かるのですね」

「ああ。次は翠玉を狙う」

「もうあそこに向かわれますか。今しばらく資金主(スポンサー)を焦らしてやる腹積もりだったのでは?」


 伝達役は面白げに言う。ジルもふんと鼻で笑い返す。


「気が向いた。彼奴らの思惑に乗ってやろう」


 予感に胸を躍らせるのは実に久しぶりだ。気の遠くなるほど長い間探し求めていたものが、彼の地に存在するかもしれない。僅かな手がかりだがそれでも今まで無かったほどの僥倖だ。

 居ても立ってもいられず、ジルは窓辺に歩み寄って西の空を仰いだ。


「奪いにいくぞ。邪魔するものは全て薙ぎ倒してでも、手に入れる……」



 ♦♦♦♦



 一週間の労働を終えて、お待ちかねの"山分け"の日がやってきた。


 〈ペトラム〉の住民に分配するためのカレイズを詰めた木箱が、倉庫に次々と積まれていく。

 エリシュカの帳簿作業の手伝いを終えたスイは、倉庫で分配の指揮を取っているヤナタに会いに来ていた。


「ヤナタは、このカレイズ鉱山が拓かれたときからずっといるのよね」


 木箱の山の間を通り抜けながら帳簿と照らし合わせているヤナタに付き従いながら、スイが問う。


「おう、俺はここで一番の老兵(ロートル)だ」


 ヤナタはそう言ってがははと笑う。


「すごいわ。じゃあ、ここで採れた石は全部見てきているのよね」

「まぁそうだろうなぁ」

「なら、面白い石とか、奇妙な石とか、そんなものが掘り出されたこともあったんじゃない?」


 ふむ、とヤナタは虚空を見上げる。


「一抱えもある馬鹿デカいカレイズとか、鉄鋼や石英と混じり合ったカレイズとか、逆に混じりっ気なしのきれーなカレイズの塊とか、そういうもんは覚えがあるな」


 スイは首を振る。


「カレイズ鉱山でカレイズが出るのは当たり前じゃないの」

「それはそうだなぁ」

「もっと変わったものの話が聞きたいわ」

「変わったもんねぇ……」


 ヤナタは白髪交じりの髭をさする。


「そういうのは、先代のフヴァータルが詳しかったんだがなぁ」

「アルベルトのお父様?」

「そうだ。地質がどうの断層がどうの、文献読みながらあれこれ石の種類を見分けたりしてたよ」


 ヤナタは懐かしそうに遠い目をする。


「あれの親父は本なんて読まねぇ奴だったのにな。館の書斎にある本は全部あれが集めたもんだ。お陰で本の修復屋と仲良くなって、そこの娘と結婚して……と、嬢ちゃんには興味ねぇ話か」


 スイは微笑む。


「そんなことないわ。昔話を聞かせてお爺ちゃん」

「はっはっは!」

「先代の奥方様はまだご健在よね?」


 ヤナタは頷く。


「ああ。会ったことないか?」

「最初に館を案内されたとき説明はされたけど、お部屋には入らなかったわ」

 スイは首を傾げる。

「館にいてもお見かけしたことないから、お外には全然お出でにならないのね」

「そうだなぁ……」

 ヤナタはため息をつく。

「夫が死んでからは、抜け殻みたいになっちまってな……話しかけてもほとんど反応しねぇ。皆そっとしといてんだ」

「そうなの……」

 スイはつぶやく。

「それは、寂しいわね」


 ヤナタはおもむろに足を止めて太い腕を組む。


「そうだなぁ……。そういや最近は顔も見せてなかった。ちょうど今日は休みだし、ご機嫌伺いしてくっかな……」

 そしてスイを見下ろして微笑んだ。

「ありがとな嬢ちゃん。忘れるとこだった」


 スイは悪戯っぽくウインクを返した。


「どういたしまして。お礼は昔話の続きでいいわ」

「アルベルトやエリシュカのガキの頃の話でもするか?」

「そうそう、そういうのを頂戴」


 ヤナタは苦笑して近くの木箱に腰かけた。


「あんたみたいな遠慮のねぇのが近くにいてくれるのは、あいつらにはいいことかもな」

 スイは隣に座ってうふふと笑う。

「そうでしょ?」


 ふとヤナタは真面目な顔をする。


「……俺たちがここを拓いたときもそれなりに苦労したが、あいつらはそれ以上に苦労するかもしれねぇ。〈ペトラム〉は、親鳥のいねぇ巣の中にある卵みてぇなもんだ」


 スイはヤナタの横顔を見る。


「……卵は栄養豊富だから、色んな獣が狙うわね」

「あぁ」

 ヤナタはつぶやく。

「俺達が思ってたよりも卵は大きくなった。時々思うよ、ここを掘り返して良かったもんかどうか……」

「今更ね」

「そうだなあ……」

「そういうとき、禍福は糾える縄の如しって言うのよ」

「なんだそりゃ」


 ヤナタの腕をスイはそっと叩く。


「もし掘り返されていなかったら、私はここにいなかったわ。もし何か過ちや不幸が起こったとしても、それを良いことに変えていけばいいのよ」


 ヤナタはゆっくりと頷いた。


「……そうだな。全ては俺たちの行い次第だ」



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