第三章 ♦ 頭領 ③
夕飯時の飯場は鉱夫たちでごった返している。
仕事上がりの男たちの熱気と、一服する者の煙草の煙と、鶏と豆のスープが上げる湯気が小屋の天井に霞を作り、ランプの明かりを柔らかく乱反射する。
穴掘りによって筋肉が発達した男たちに混じって、冴えない見た目の小男がパンとスープを持って席を探していた。
「ヨセフ、ここが空いてるぞ」
彼に声をかけたのは髭面の中年男だった。ヨセフと呼ばれた小男はいそいそと男の隣のベンチの端に腰掛ける。
「どうもありがとう」
「右も左も分からん新入りのうちだけだぞ、親切にしてやるのはな」
そう言って中年男はがははと笑う。彼はヨセフが配属された坑道を採掘する班の班長だった。
カレイズ鉱山には7つの大坑道があり、それぞれに血管のように枝分かれした小坑道がたくさんある。その中に潜り込んで、鉱夫たちは朝から夕までカレイズを掘ったり、新たな穴を掘り進めたりしている。
ヨセフは長テーブルに集まった男たちと、仕事の愚痴や、次の"山分け"の日に何を買うかなどの雑談に興じた。誰もが疲労しているが不満そうな色はなく、雰囲気は和気藹々としている。
夕飯をほとんど腹に収めて落ち着いた頃、ヨセフは班長の男にささやいた。
「班長ともなれば、さぞかし分け前は多いんでしょうね」
班長は食後の煙草を更かしながら苦笑した。
「まぁ、多少色はつけてもらってるぜ」
「多少、ですか。あんなに誰よりも働いているのに」
「こう見えて上手くサボってるさ。大昔に働き過ぎて体壊したことあるからな」
ヨセフはにっこりする。
「さすがです。見習いたいですね。ここの鉱夫の皆さんは皆気のいい人ばかりだ。まだ穴を掘るのが下手な私を殴ることもせず、丁寧にご指導頂いて……」
「そんな褒めるもんでもねぇよ」
「いやいや……もっと報われたらいいのに、と思っているんです」
ヨセフはそっと匙を置く。
「先日、初めて"山分け"の日を迎えました。私たちの掘ったカレイズが、様々な人たちに配られていましたね」
「そうだな」
「私には、平等さに欠けると思うのです」
班長はぽかんとした顔でヨセフを見た。
「何がだ?」
「街の者たちは平然とした顔をしてカレイズを受け取ってますが、我々にもっと感謝すべきではないですか」
ヨセフは訥々と語り続ける。
「我々鉱夫が、汗水垂らしてつるはしを振るってこそカレイズは得られるのです。その苦労を知らないで、利益だけ掠め取っていく者たちに、あんなにくれてやるのは分不相応じゃないですか」
いかにも憤慨しているというようにヨセフはこぶしを握る。
「我々の分け前をもっと増やすべきです。いや、そもそも我々だけがカレイズを得る権利があるんじゃないですか?」
ヨセフは辺りの男たちを見渡した。
「口にしないだけで、私と同じことを考えてる人も多いんじゃないでしょうか。団結して権利を主張するのは、難しく見えてきっと簡単ですよ――人望のある我らが班長が声を上げれば」
班長は黙って煙草をふかしながらヨセフの話を聞いていた。
「つるはしを振らない者は、カレイズを受け取る権利はない、か……」
「そうです!」
ヨセフは何度も頷く。
「……さっき、俺は体を壊したことがあるって言ったろ?」
班長はテーブルの端で煙草の火を消した。
「俺は元々〈帝国〉で小さな麦畑を耕していて、収穫のほとんどを取っていく税に耐えかねて逃げ出した。〈ペトラム〉に着いたときには死にかけていた。つるはしを振るどころか立っているのもやっとの病人乞食だった」
班長は低い声で続けた。
「それでどうなったか……分かるよな? ここの頭領はそんな俺にもカレイズを分けてくれた。歩けない俺の代わりに、乞食仲間が水と食べ物と交換してきてくれて、俺は回復することができた」
ヨセフには挟む言葉もない。
「もしお前の言う"平等"の通りに山分けされてたら、俺は死んでいた。今お前につるはしの振り方を教えることもなかった。だから、俺は頭領たちが決めた分け前に何の不満もない。ここの飯を作ってる奴らにも、畑や家畜を世話してる奴らにも、宝飾を作って外の金を稼いでる奴らにも、もちろん乞食たちにも、俺たちが掘ったカレイズをくれてやって構わない」
班長は二カッと笑ってヨセフの背中をばしばしと叩いた。
「お前は若いな! 気ぃ遣ってもらってありがとうな。俺は食って呑んで、たまに贅沢できたらそれで十分だ」
じゃあな、と班長は帰っていった。
ヨセフはため息をつく。また空振りだった。
血気盛んな者、親分肌の者、生真面目な者などに同じように声をかけて回ったが、どれも似たような反応で、内部からの混乱を引き起こすのに都合のいい駒は得られなかった。
〈ペトラム〉の住民たちの結束は想像していたよりも固い。この方策では、団長にいい報告をできそうもなかった。
気を取り直してヨセフはベンチから立ち上がる。本隊がやってくる前に下地を作っておくのが我々の使命。それに使える方策は他にもあるのだ。焦ることはない。




