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第三章 ♦ 頭領 ②



 スイがバルデンの元から帰還した翌日、頭領の館の応接間には、〈ペトラム〉の御三家の者たちが集まっていた。


 頭領フヴァータル家のアルベルト、妻のエリシュカ。リンデン家当主名代のヴィクトル。〈ペトラム〉開祖三人の生き残りであり、現在もレイゼク家の当主であるヤナタ。そしてスイが車座になって顔を突き合わせていた。


「バルデンは、"龍の守護団"が西へやってくるって言ってたわ」


 スイが先日盗み聞きした内容を一同に話して聞かせる。


「聞いたことがあるよ。あちこち荒らし回ってる悪名高い盗賊団だろう?」


 アルベルトがそう言うとエリシュカが尋ねた。


「それはどのくらいの悪名なの?」

「最悪に近いよ。相手が金持ちの商隊だろうが貧しい村であろうが、根こそぎ盗む。反撃されてもされなくても、殺し尽くす」


 エリシュカは顔をしかめてため息をついた。


「僕が〈帝国(ローマ)〉に滞在していた間もその話を聞いたよ」


 ヴィクトルが顔を曇らせながら言った。


「これまでは山賊の寄せ集めのような小規模な集団だったそうだけど、ここ数年でかなりの力を付けてきているらしい。小さい国の軍隊くらいの戦力を持っているとか……噂ではあるけどね」

「そんな奴らがこちらへ向かってきている。――この〈ペトラム〉へと寄り道しないはずがないよな」


 アルベルトは苦笑交じりに言ったが、この場の深刻な雰囲気は覆せそうにない。

 腕を組んで考え込んでいたヤナタが発言した。


「昔、そんな名前の盗賊団を聞いたな……いや、あれは"龍の血族(ドラコニア)"だったか」

「何だいそれは?」


 エリシュカやヴィクトルも聞き覚えがないようだ。


「お前ら若いもんは知らねぇだろうな。俺が若いときも伝説みたいなもんだった」

 記憶を手繰るように遠くを見ながらヤナタは続ける。

「"龍の血族"は、どんな盗賊も歯が立たないような宮廷の宝物庫にも入り込むことができて、その中で一等価値のある逸品だけを盗んでいくっていうすげえ奴らだったらしい。衛兵を倒すどころか、気付かせることもなく仕事をやってのける。出自も性別も人数も、正体は一切不明」

「確かにそれは伝説ね。先程の奴らとは似ても似つかないようだけど」


 呆れたように言うエリシュカにアルベルトは答える。


「こっちは団長の名前も知られているしね。確か"青髭"のジルだったかな」

「"龍の守護団"とかいう名称といい、貴族気取りなのかしら」

「……時を経れば、どんなものも変質していくものだ。その伝説の集団と何らかの関わりがあってもおかしくない」

 ヴィクトルが憂い顔で言う。

「僕らの伝手を使って少し調べてみよう。あとは防衛の強化だね」


 アルベルトは頷く。


櫓門(やぐらもん)が完成していて良かったよ。最悪の場合、立てこもって戦えるよう備蓄をしておかないと」

「周辺国に派遣している偵察にもこのことは伝えないとね」

「偵察なら、あちらも忍び込ませているはず」


 エリシュカが切り込む。


「"守護団"の鼠がいることを想定して行動してほしいわ」

「そうだね」


 商工会や飯場だけでなく、畑番や家畜番その他各所の責任者たちにも話を通しておかねばならない。混乱が起きないよう秘密裏に。

 思考を巡らしているアルベルトに、ヴィクトルは真剣な顔で声をかけた。


「アルベルト。今がいい機会だと思うから、話しておきたいことがあるんだ」


 アルベルトは顔を上げて友人を見る。


「何だ?」

「先日〈帝国(ローマ)〉へ行ったとき、ヴェトロフスキ辺境伯の秘書官と会ってきた」


 アルベルトはその名を知っている。


「……〈帝国(ローマ)〉最東端の属州の領主だな」


 〈ペトラム〉から〈帝国(ローマ)〉に入国するとき、一番最初に踏むことになる土地の支配者ということだ。そういう意味では最も馴染みのある〈帝国(ローマ)〉の有力者と言っていい。

 現在病床にあるリンデン家当主に代わって、息子のヴィクトルがそういった〈帝国(ローマ)〉の貴族や商人たちと渡りをつける役目をしている。


「端的に言うと、彼の庇護下に入らないかと打診を受けた」

 ヴィクトルは続ける。

「採掘したカレイズの全てとは言わない、何割かを辺境伯に優先させることが条件だ。そうすれば、僕らが危機に見舞われたときに軍隊を派遣してもらえる」

 その場の全員がヴィクトルを注視していた。

「僕が思うに、"守護団"に対抗するためには、これが最も安全なんじゃないだろうか。〈帝国(ローマ)〉としても、カレイズ鉱山が山賊の手に墜ちるなんて絶対に阻止したいはずだろうしね。利害は一致するはずだ」


 アルベルトはただ黙している。簡単には答えられない問いだ。

 "龍の守護団"の戦力は未知数で、小さな街でしかない〈ペトラム〉が自衛に使えるリソースには限りがあるのが現実だ。大国の助力が得られるに越したことはない。


 エリシュカがアルベルトと目線だけを交わす。その目が言っていることは分かる。


――それは併合されるということでしょ?


 彼女がきっと予測している通り、軍隊を借りるだけでは済まないだろう。いずれは駐屯地を置かれ、代官がやってきて、なし崩しに新たな〈帝国(ローマ)〉の一部になっていくのだろう。〈帝国(ローマ)〉に飲み込まれて自由を失う代わりに、平和を手に入れる……おそらくは。


 しかし、盗賊風情がにわかに築き上げた蜃気楼のような街なのだから、それでも上等な結末なんじゃないだろうか。けれど――


「――それは悪魔の契約だわ」


 声を上げたのはスイだった。

 背筋を伸ばし、一同を見渡してから続ける。


「この街にいるのは、ほとんどが〈帝国(ローマ)〉の奴隷にならないために逃げてきた人々よ。もし〈帝国(ローマ)〉が支配しに来るなら、彼らはまた奴隷にされるわ」


 場がしんと静まり返る。

 エリシュカは無表情のままだ。

 荒っぽい見た目に反して慎重なところがあるヤナタも黙っているが、スイの言葉に対して小さく頷いていた。ヴィクトルは苦笑して言う。


「理想を採るか現実を採るか、だね……この話は選択肢の一つだ。決めるのは頭領だよ」


 皆の視線がこちらに集まる。アルベルトは一呼吸置いてから答えた。


「考えておくよ」


 今はまだ、決断するときではない。そのときまでのらりくらりするのも頭領の仕事だ。


 視界の端でスイがうっすらと微笑んでいる。それがなぜだか魔女のように見えた。




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