第三章 ♦ 頭領 ①
アルベルトが〈ペトラム〉の頭領の座を継いだのは十八歳のときだった。
それは予想していたよりもずっと早く、慌ただしい継承だった。
そのとき、アルベルトは父とその側近たちと共に〈都市国〉へ視察旅行をした帰り道であった。
峠を超え、崖に沿った道を馬車で通過するときに、雷雨に乗じて山賊の一団に襲われた。雨と泥の中で乱戦になった。
アルベルトも父たちと共に戦った。
眼の前の山賊の一人を斬り捨てて振り返ったとき、父が足を踏み外して崖から落下していく最中だった。山賊たちは全て倒したが、こちら側は父だけが帰らぬ人となった。
岸壁は高く、落下地点は遠く検討もつかない。呆然と崖下を見つめているアルベルトに、同行していたヤナタが言った。
「あいつは死んだ。仕方ない。今からお前が頭領だ」
他の仲間たちはそれに同意するように、アルベルトに向かって頭を下げた。
襲撃に対する興奮は一気に冷やされ、握っていた剣がひどく重く感じた。今このときからアルベルトが言うこと為すことは、頭領としての責任が伴うことになる。
仲間たちに父の遺体を回収することを命じることは可能かもしれない。けれど、岩肌は雨に滑り、山賊は他にもいるかもしれない。そんな危険を伴う行為を彼らにやらせるわけにはいかない。
彼らを無事に〈ペトラム〉に帰すことが、今アルベルトが為すべきことだった。
「……帰ろう」
アルベルトが初めて発した命令は穏やかで呆気ないものだった。
彼の心中を察するように、ヤナタがその老いた手でアルベルトの肩を優しく叩いた。
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命からがら仲間たちを帰還させたアルベルトを待っていたのは母だった。
一団の中に父がいないことを悟った母は大いに狼狽した。
「お前をそんな人でなしに育てた覚えはないわ」
父の亡骸を連れてこなかったことを告げたとき、そう母は吐き捨てた。
いつも父を拠り所にして生きていた母は、その日からずっと心を閉ざしている。
「お前の判断は間違っちゃいないよ」
そう言ったのは今は亡き祖母だった。
かつては祖父と共に盗賊働きをし、共に〈ペトラム〉の街を起こし、老いてからは豆畑の手入れに精を出していた。
「あの子は職人の家の箱入り娘だったからね。うちの嫁になるには心が弱すぎた」
砂土に汚れた手のまま煙草を吸いながら祖母が言う。
「アタシは分かっているよ。お前の気質は頭領に向いている。なんなら初代のフヴァータルよりもね」
「……そうなのか?」
「お前は父方から決断する力を、母方からは愛される力を受け継いだ。せいぜい街の者たちに愛想を振りまいておくんだよ。いつか、お前が決断した選択に皆がついてくるように」
例え、それがどんな修羅の道でもね、と祖母はにやりと笑った。
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それから三年ほど経った頃に、アルベルトはエリシュカと結婚した。
随分前にお互いの父親たちが決めた、フヴァータル家とリンデン家の結びつきをより強めるための婚姻である。
エリシュカは同い年で友人のヴィクトルの妹であり、その三人で社会勉強のために〈帝国〉に遊学したこともある。
(最も、三年の予定をアルベルトだけ飽きてしまって一年で帰ってしまったが。)
エリシュカは良く言えば貞淑、より正確に言えば感情が読めず近寄りがたい雰囲気があったから、この婚姻に対してどう思っているのか、二人きりのときに聞いてみた。
「私は力が欲しいの」
エリシュカはそうきっぱり言った。
「頭領の妻の座は、〈ペトラム〉の女が得られる最高の地位でしょう? 望むところよ」
「リンデン家の娘という地位にだって、力があるんじゃないのかい?」
アルベルトがそう問うと、エリシュカは少し逡巡してから答えた。
「あの家は根っからの〈帝国〉風だから、女は財産であっても、人ではないの」
アルベルトが知る限り、ヴィクトルは妹を大事に扱っていると思っていたが、エリシュカにはそれが却って不満だったのかもしれない。
そして恙無く婚姻は成立し、息子にも恵まれ、今のところ何の問題もなく夫婦生活を送っている。
エリシュカは几帳面だから、アルベルトが大雑把に扱いがちなカレイズの管理を率先して受け持ち、〈ペトラム〉の経済状況は開鉱五十年程の歴史の中で最も安定している。
燃えるような恋をして結ばれたような結婚ではなかったけれど、今は、怜悧な表面の下に健気さを持ち合わせる彼女に、熾火のように穏やかな愛情を抱いている。
いつか〈ペトラム〉に何某かの危機が訪れ、非情な決断を迫られる日が来るのかもしれない。そのときもエリシュカは、そして〈ペトラム〉の人々は力を貸してくれるだろうか。
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