8月31日
8月31日、やけに女性の人が診察所に来た。
「今日はやけに人が多いな…。H軍医は応急処置室を頼む。」
F軍医に言われて、薬品や医療品を煮沸消毒していた。その時待合を覗いたがやはり女性が多い。
看護師が
「なんだか、精神科医?を求めてきているらしいですけれど、軍医さんしかいらっしゃいませんよね?」
と耳打ちしてきた。
精神科医…?
とある人物が脳裏をよぎったが、真意は定かではない。
応急処置室に女の子が運び込まれた。
「9ヶ月の女の子です。熱が酷そうで…」
看護師に抱かれている女の子の赤ん坊はぐったりしている。
私はその子を受け取って、怪我の確認のためとぬるま湯につけてあげるために服を脱がせた。
その瞬間、視界が歪んだ。
そこには明確な暴力の痕と、悪意が見てとれた。
それは所謂レイプの痕跡だった。
喉が変に鳴り、胃が反転しそうになった。
ここで吐くな。
応急処置室は清潔でなければならない。
医者だ。医者でいろ。
そう自分に声をかけて耐えた。
「すみません、この子を一旦…」
看護師はこういった事に慣れていたのか、慣れざるを得なかったのか黙って赤ん坊を受け取った。
私は部屋を飛び出した。
床も割れ、地面が見えているほど崩壊している隣室に駆け込み、壁に手をついて、吐いた。
「お゛ぇえええ…」
私は少し過呼吸になりかけていた。
必死に自分を抑えた。
吐き終えたところで後ろの存在に気付く。
Y先生が怪訝そうな目で此方を見ていた。
私が吐いているのをずっと見て待っていたのだろうか。
Y先生は表からではなく、このボロ校舎の至るところから入ってくる。
何処から来たのか検討もつかなかった。
Y先生と一緒に応急処置室へ入った。
看護師ももうY先生に慣れているのか急に入っても驚かなかった。
Y先生は赤ん坊を見て、怪訝な顔が更に怪訝になった。
「……米兵だな。」
「はい、そうらしいです…。」
看護師が答えた。私は怒りと悔しさで歯を食い縛った。
Y先生が淡々と処置をした。今は熱を下げる薬を打つことしか出来ない。
赤ん坊を看護師に渡し、一緒に待合へ行った。
赤ん坊を保護してくれていた人達に返した。
彼らは泣き腫らした目で赤ん坊を受け取り、抱きしめてお礼を言って帰っていった。
看護師も少し目が潤んでいた。
我々が少し立ちすくんでいると、待合にいた女性達が話しかけてきた。
「Y先生…Y先生ですか?」
どうやらY先生目当てのようだ。
「はい、Yですけれど。なんでしょう」
「精神科医だとお聞きしました…。ねえ…私を助けて下さい。もうとても生きていけないんです、お嫁にいけない。汚れてしまった…」
そう言うとY先生の足にしがみついてわんわん泣き始めてしまった。
「…すみませんが、自分は精神科医もどきでは有りますが、精神科医では無くてですね…。」
そうか。恐らく街でのY先生の評判を聞いてこの診察所に来たのか。と今日はやけに人が多い理由が分かった。
私は女の人がすがりついているY先生の足を無意識に見た。Y先生は右足にいつも包帯を巻いている。
その包帯が──動いていた。
私がよくよく目を凝らすと、動いているのは包帯ではなくウジだった。
「っ!?おい、H軍医!」
私はY先生が尻餅をつくような体勢になっても、構わず反射的に包帯に手を伸ばし、外していた。
足には火傷の痕、治りかけの皮膚が有った。
そこに群がるウジ…。
広島には蠅が沢山いた。まだ生きている人にも卵を産む蠅。卵を産めつけられた人は皆助かること無く死んでいったのを街で見ていた。
蠅は死ぬ人が分かるのだろうか、と思いながら自分の周りの蠅を手で払っていた。
そして今、その蠅の子供のウジがY先生についている。
「洗って包帯変えましょう。温かい湯を!」
私は看護師に指示をした。
「待て、これは昨日遺体が沢山有るところを歩いたからだ。清潔な湯は患者に使え。」
Y先生がこういうことには引かないのを知っていたので先程まで赤ん坊に使っていたぬるま湯を使うことにした。
使用済みとはいえ、今の時代では十分清潔な水に入る。
「おい、だから落ち着け。待合でこんな格好みせられたもんじゃない」
私は多少イラついていた。何故こんなに怒っているのか自分でも理解ができなかった。
「そうですか。」
私はその一言だけを言ってY先生を抱えて応急処置室へ戻った。Y先生とは言えども大の男だ。
抱えられないかと思ったが火事場の馬鹿力か、それとも怒りで我を忘れていたのかひょいと持ち上げられ、運んだ。
Y先生は待合に居た患者の目を気にしている様だった。私は気にならなかった。
それから私はY先生の足からウジを取ったり、洗ったりした。
「この火傷は何処で?」
Y先生はまだ怪訝な顔をしていた。
しかしいつもと違う私の様子に観念したように話し始めた。
「山口の空襲でだよ。燃えた家が足の上に落ちてきてね。」
火傷の痕は治っているものの酷かった。
また、清潔さといった観点からも医者とは思えない処置だ。
「火傷の処置、不適当に済ませたんですか。」
「服の上から火傷したんだ。
捲ればきっと服と一緒に皮膚がくっついて剥がれる。
嫌だろう?だから水辺を探して服ごと足を突っ込んだ。
……まあそれから確かに包帯で巻いただけだが。」
私は無言だった。逆にそれがY先生を素直にさせたらしい。
「軟膏でもなんでも塗ればよかったじゃないですか。」
「かなり大きな空襲で、学童疎開も相まって物資がないんだよ。」
私は綺麗な包帯をY先生の足に巻きながら
「他に何処か傷は。」
と聞いた。
Y先生は少し考えたあと、自身の胸元の服の隙間から左肩を見た。
「肩も怪我を?」
「ええ、機関銃に撃たれてね。」
「機関銃!?…Y先生は軍医じゃあないでしょう。」
空襲による焼夷弾での被害が民間人では1番多い。
まあそもそも民間人のいる街に空襲が行われているのが異常なのだが、Y先生はそれこそ民間医だ。
戦闘機に襲われるなんて事ないだろう。
「一体何処で撃たれたんです?」
「自分の村だ。田圃を歩いていた。周りはなんもないから良い的だった。助かったのが奇跡だったよ。」
「田圃…!?」
何故という言葉が脳内を埋め尽くした。
機関銃で撃たれたなら十中八九、アメリカの戦闘機以外に候補はない。
田圃がある辺鄙な村に日本兵が居るはずはない。
皆徴兵されている。
そこにアメリカ戦闘機が急降下して機関銃を医者に撃ったと言うのだろうか…。考えられない。
「自分の肩の銃弾を抜いて、止血しながら思い出したんだ。
そういえば先程、子供達が裏山に遊びに行くと言っていた事にね。」
私は嫌な続きを考えてしまい、耳を塞ぎたくなった。
「11…否、12人だったね。あの機関銃掃射を行ってきた戦闘機が飛び去った方向にその裏山が有った。」
私は唾を飲むのも忘れて聞き入っていた。
「まずいと思った。嫌な予感が的中しないでくれと思って走った。
──時既に遅し…だったよ。山に入る手前で皆死んでいた。正確には1人生きていたんだが、11人死んでいた。そこで死んだ子供達を忘れないように、と祠を建てた。」
私はずっと悔しい思いだった。
先程の赤ん坊も、待合にいる女性もそうだ。
私達はずっと病院に爆弾は落ちないと教わってきた。赤十字を着けていれば医者や看護師は攻撃されない、と。
それがどうであろうか。
世界の法は我々を裁くのに、その法は我々を守ってはくれないのだ。
「Y先生は、この恨みを後世に残してはならないと言いましたね。」
「ええ」
「許せるんですか!?これから産まれる子供達に罪はないのは分かります。でも、さっきの赤ん坊だって産まれて9ヶ月ですよ。なんの罪があるって言うんですか……」
私は泣き崩れていた。悔しかった。
ほとんどY先生の胸に顔を預ける形だった。
「…まあ、正直この調子だとこれからまた戦争は起こるだろうね。
戦勝国はいくら戦争犯罪を起こしていても咎められない。
罪を裁かれるのは敗戦国だけ。
あまりにも戦争に勝った者勝ちの法ではある。」
「Y先生はどうしてそんなに冷静でいられるんですか。先生も傷ついて、子供も殺されているのに。」
Y先生は少し思案した。
「…だって。そんなのお互い様だろう。」
たった一言であった。たった一言の結論。
それから理由を説明し始めた。
「戦争で被害者じゃあない人が居るかい?
まあ、国の安全な所にいて指示を出すだけの人間とかならば、加害者になり得るのかもしれないが。
どちらにせよ、我々も沢山失ったし、相手にも失った人がいる。
量の話は無しだ。
その状態でまた、恨みの話を持ち出せばキリがない。」
「…でも、そんな簡単に割りきれますか。」
「割りきれないだろうね。相互理解が必要ってヤツだ。」
私は納得できなかった。Y先生は何故こんなに冷静でいられるのか。
「納得していないみたいだね。」
「ええ」
「この問題は納得しなくても別に良い。」
納得しなくても良い、これは少し心の中に仕舞っておこうと思えた言葉だった。
「だって、過去の話を持ち出したら人類はホモサピエンスから罪を数えることになってしまわないかい?」
Y先生は少し面白おかしく言った。
私を元気付けようとしてくれているのだろうか。
「…まあ、今起きている問題は別だ。どうにかしなければならない。」
それを聞いて私は落ち着いてきた。
「すみません。ありがとうございました。落ち着きました。」
「それは結構。
さて、F軍医が精神科医にされてしまう前に診察を変わってあげよう…。」
Y先生はそう言って今しがた私が巻いた包帯と共に、部屋を出ていった。
因みに、私はこの時知らなかったが、ソ連が攻めてきた地域や沖縄はもっと卑劣極まりない行為が行われていたという。
乳児をおぶった19歳の女性が拉致され、2年後母子と共に白骨した状態で見つかる。
野戦病院の看護師も父親の目の前で襲われた。
仕事や薪拾いをしていても、家にいても侵入され襲われる。
朝鮮戦争が始まってからは更に被害は増えた。
1番有名なのは1955年の石川県での事件、永山由美子さんだろう。
彼女は6歳でレイプされ、顔面はぐちゃぐちゃで…しかし、草はしっかり掴んでいた状態だったという。
犯人の米兵は1度死刑宣告を受けたが、本国に帰り結局どうなってしまったか分からないそうだ。
女性達は男装をしたり、顔に炭を塗って黒くしたり色々対策をしたそうだ。
男達は集まって自警団を作って地域総出で女を守った。
しかし、現実は米兵は帰国してしまい、被害者はほとんど泣き寝入りであった。
そして、米軍からその被害に対する反対運動や命令といった活動の文書は残っていない。
実際、海外の女性被害というものは今でも非常に高く、泣き寝入りする方がどの国であっても減ることを祈るばかりです。
漫画を規制するより、よっぽど現実の犯罪者を捕まえてもらいたいものですね。




