第9話「クリスマスの奇跡と、新しい命」
20○○年12月24日――クリスマス・イブ。
ルクシア本社のエントランスは、赤と緑に彩られ、夜にはシャンパンゴールドのイルミネーションが優しく揺れていた。
社員たちはこの日だけはネクタイを外し、笑顔で集まり、1年の労を労い合う“社内クリスマスパーティー”に心を躍らせていた。
総務部の瀬川陽翔は、ツリーの点灯役として登壇し、拍手の中でカウントダウンを合図した。
「3、2、1――メリークリスマス!」
瞬間、ロビーの天井から雪のような紙吹雪が舞い、会場は歓声と笑顔に包まれた。
けれど――
その片隅で、ひとりの女性が静かに額を押さえていた。
「……結衣さん?」
陽翔が異変に気づいたとき、氷室結衣はソファに腰を下ろし、小さく息をついていた。
「……ごめんなさい。ちょっと、目眩が……」
「無理しないで。すぐ、病院に行こう」
彼はすぐに上着をかけ、結衣を支えるようにして社屋を出た。
⸻
都内の総合病院。
待合室は静まり返り、クリスマスの装飾がどこか逆に不安を煽るようだった。
陽翔が結衣の肩を抱いて待つこと数分、診察室から医師が呼んだ。
「氷室結衣さん、どうぞ」
結衣と陽翔は手を取り合って立ち上がり、診察室のドアをくぐった。
そして――
「おめでとうございます。妊娠が確認できました」
その言葉に、ふたりは一瞬、言葉を失った。
「……妊娠、ですか?」
結衣が静かに確認する。
「はい。そして……驚かれるかもしれませんが――お腹の中には、3つの心拍が確認できます。
三つ子、ですね。安定期までは慎重に経過を見ながら、ですが」
「……3人も?」
結衣が呆然と呟く。
陽翔も隣で目を見開き、けれどすぐに結衣の手を、両手で強く握った。
「うん……あなたとの命、3つも宿ってる」
結衣の目には、涙が浮かんでいた。
それは不安でも困惑でもなく――深く、温かく、込み上げる感動だった。
⸻
その夜。自宅のリビングには、静かにキャンドルが灯されていた。
外では粉雪が降り、ガラス越しに見える景色は、まるで絵本の一場面のようだった。
ソファに並んで座ったふたりは、何も言わず、ただ肩を寄せていた。
結衣がぽつりと呟いた。
「……私、本当に母になれるのかしら。社長でも、女でもなく、母親として」
陽翔はその肩にそっと頭を乗せた。
「なれるよ。……俺がそう信じてる。
あなたが、どんなに忙しくても、不器用でも……愛があるって、知ってるから」
結衣の目から、ぽろりと涙が落ちた。
「ありがとう……陽翔くん。
あなたが、私のそばにいてくれるなら――きっと、私は母になれる。
3人の命を、絶対に守ってみせるわ」
そして――
ふたりは静かに、優しく抱き合った。
鼓動が重なり、呼吸がそろう。
それは、初めて“ふたり”ではなく、“家族”として過ごすクリスマス。
奇跡のような命の知らせがもたらした、いちばん温かい夜。
これから始まる未来への、確かな確信と決意が、
ふたりの中で静かに膨らんでいた。
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