第5話「ふたりだけの夜――最初の『おかえり』」
土曜日の午後、陽翔と結衣はタクシーに荷物を積み、ルクシア本社ビルの最上階――40階へと戻ってきた。
社長専用エレベーターを抜けたその先にあるのは、広くて静かな“社長室兼私邸”。
「今日から、ここが君の家よ」
結衣が言うと、陽翔は緊張気味に笑い、靴を脱いで部屋に上がった。
改めて見渡すと、やはり部屋の随所に“変化”があった。
ダブルサイズのベッドには、色違いの枕とパジャマが丁寧に並び、洗面所には二本の歯ブラシ。
冷蔵庫には、陽翔の好きそうな果物やドリンクがすでに揃っている。
(これ……全部、結衣さんが用意してくれてたのか)
「荷物は、寝室に置いておくわね」
結衣が手慣れた様子で袋を抱え、パーテーションの奥へと歩いていく。
陽翔は照れ臭そうにしながら、その背中を見つめていた。
その夜――。
夕食は、結衣の作ったパスタとスープだった。
社長という立場にありながら、驚くほど家庭的な手際に、陽翔は思わず言った。
「結衣さん……料理、上手ですね」
「ふふ。社長業もね、時間管理が命なの。料理も同じ。段取りさえ良ければ、ちゃんと出来るのよ」
そう言って微笑む彼女は、会社で見せる“氷の女帝”の顔とはまるで別人だった。
食事を終えたあと、ふたりはソファで肩を並べて座った。
テレビはついているが、内容は頭に入ってこない。
静かな空気の中、陽翔がぽつりとつぶやいた。
「なんか……信じられないです。昨日まで2時間かけて通ってたのに、今はここが“家”で、しかも隣に結衣さんがいて……」
「じゃあ、私が“奥さん”って呼んでもらえるように頑張らなきゃね」
冗談めいた口調の中に、どこか本気の響きが混ざっていた。
その時、結衣がふと立ち上がると、キッチンカウンターの上に置かれた書類を持ってきた。
「これ、朝にお母様からいただいた婚姻届」
「……あ」
「記入、終わらせておきましょ?」
結衣が微笑みながら差し出したその紙に、陽翔はそっとペンを走らせた。
名前、住所、生年月日――
最後の欄に記入を終え、ふたりは見つめ合った。
「……これで、ホントに夫婦ですね」
「そうね。“交際0日婚”って、改めて聞くと変だけど……私は後悔してないわ」
そして、そのまま。
結衣は陽翔の肩に手を置き、静かに唇を重ねた。
「んっ……」
前回とは違う、ほんの少しだけ切なさの混じったキスだった。
唇が離れたあと、彼女はそっとささやく。
「――おかえりなさい、陽翔」
陽翔は、その言葉に胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「……ただいま、結衣さん」
それは、ふたりだけの最初の“夫婦の夜”。
まだぎこちないけれど、心の中では確かに“はじまり”を感じていた。
翌朝、陽翔が目を覚ますと――
隣の枕に、結衣が眠っていた。
静かな寝息と、揃いのパジャマ。
まだ夢のような現実の中で、陽翔は決意する。
(この人の隣で、生きていこう)
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