特別編「互いの実家で囲んだ、ふたつの食卓――私たちは“家族”になった日」
春のある週末。
日差しがやわらかく降り注ぐなか、ふたりの若き夫婦――氷室結衣と瀬川陽翔は、それぞれの“実家”を訪ねていた。
この日は特別な日だった。
結婚の挨拶を兼ねて、互いの母親と一緒に、順番に食卓を囲む日。
朝は瀬川家で、夕方には氷室家で――ふたつの家族が、一つになっていく時間だった。
■Scene 1:瀬川家の食卓――懐かしい香りと、変わらない愛情
「さ、できたわよ! みんな手を洗ってきて!」
陽翔の母・美佳が、いつもの調子でテーブルに料理を並べていく。
炊きたてのご飯、味噌汁、煮物、唐揚げ、そして結衣の好物だという筑前煮まで、すべて手作りだった。
「わぁ……おふくろの味って、こういうのなんだな……」
結衣は思わずつぶやく。
「実家でこうやって“温かいごはん”を囲むなんて、何年ぶりだろう……」と。
「陽翔が子どもの頃は、好き嫌いが激しくてね。でも唐揚げときんぴらだけは毎回完食だったのよ」
「母さんっ、それ言わなくていいって……」
ふたりのやりとりに笑いがこぼれる中、美佳がふと話し出す。
「結衣ちゃん、今日ね、陽乃さんから連絡があったのよ。“娘の顔がほんのり明るくなってきた気がする”って。……あなたといるおかげね」
結衣は一瞬言葉を失い、箸を置いて美佳を見つめた。
「……私も、陽翔くんに出会ってから、心が軽くなった気がしてます。人に甘えること、許される気がして」
美佳はやさしく笑って頷いた。
「じゃあ、今夜はこの家に泊まってく? ふたりで川の字で寝るとか」
「……やめてよ、もう! 母さん!」
けれど――その言葉の裏に込められた“あたたかさ”に、結衣は胸がいっぱいになっていた。
■Scene 2:氷室家の食卓――上品な空間に流れる“少女時代の記憶”
夕方、ふたりはタクシーで氷室家へと向かった。
玄関を開けた瞬間、柔らかい白木の香りとともに、氷室陽乃がふたりを迎える。
「よく来てくれたわね。陽翔くん、いらっしゃい」
「お邪魔します。あの……今日はありがとうございます」
リビングには、和洋折衷の料理が美しく並べられていた。
鮭の西京焼き、和風ローストビーフ、出汁巻き卵、そしてフルーツの盛り合わせまで、陽乃のこだわりが細部に光っている。
「すごい……料亭みたい」
陽翔が小さく呟くと、陽乃はお茶を注ぎながらにこっと微笑んだ。
「娘の“結婚相手”をもてなすんですもの。それくらい当然よ」
「……恐縮です」
けれど、どこかその言葉に、母としての温もりがあった。
食事中、陽乃はふと静かに語り出した。
「……実はね、あなたのお父さん――美佳ちゃんのご主人――彼を美佳ちゃんに紹介したの、私なのよ」
「えっ……!」
「昔から、“あなたの娘と、うちの息子が結婚してくれたらいいのにね”なんて笑ってたけど……まさか、本当にそうなるなんてね」
陽翔は言葉も出せず、テーブルの端で涙を浮かべていた。
すると、その向かい側――結衣もまた、鼻をすすっていた。
「ほんとに……不思議な縁、ですね……」
陽乃はそっと自分の娘を見つめた。
「それで、結衣。……あなたはなぜ、陽翔くんを好きになったの?」
結衣は、箸を置き、ゆっくりと話し始めた。
「雨の日の、コンビニで……彼が私の荷物を持ってくれたの。
“重そうですね、大丈夫ですか”って、それだけ。……でも、あの時、誰にも頼れなかった私にとっては、救いの言葉だったの」
「誰かが私を見てくれてる。それが、こんなにも嬉しいことなんだって……その時、初めて知ったの」
陽乃は深く頷いたあと、娘の手にそっと触れた。
「よかったわね。……本当に、よかった」
ふたりの母親が、ふたりの背中をそっと押した。
その日、ふたりは本当の意味で、“家族”として歩み始めたのだった。
――ふたつの実家、ふたつの食卓。
そこに流れたのは、たったひとつの想い。
「あなたのおかげで、家族になれた」
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