第10話「これからも“秘密の夫婦”で――社長と新入社員、愛とキャリアの未来」
春。
陽翔が「株式会社ルクシア」に入社してから、1年が経った。
街路樹には若葉が芽吹き、
通勤電車には真新しいスーツに身を包んだ新入社員たちが揺られている。
その空気に触れるたび、陽翔はあの日の自分を思い出す。
――雨の夜、偶然の出会い。
そして、交際0日での“極秘婚”。
今でも、夢を見ていたように感じる。
けれど隣にいる彼女の笑顔を見るたび、それは現実だったのだと実感する。
■
「今日ね、新入社員へのオリエンテーションで社長講話を頼まれちゃったの」
結衣は朝食の席で言った。
陽翔はコーヒーを飲みながら微笑む。
「結衣さんの話、誰よりも説得力ありますよ。実績も……人としても」
「……ふふ、ありがとう。けど“あなたの夫”が言うと、ちょっと身内びいきに聞こえるわね」
そう言いながらも、結衣の表情にはどこか照れが滲んでいた。
朝食を終え、いつも通り別々のタイミングで出社。
「社内では他人」
それが1年間守り続けた“秘密の夫婦生活”の鉄則だった。
エレベーターの中、偶然一緒になっても、会話はしない。
社内ですれ違っても、目を合わせない。
仕事中の連絡は、業務メールか必要最低限の社内チャットのみ。
だけど、それでも――
陽翔は結衣の気配を、声を、言葉の端々からいつも感じていた。
■
その日、社長講話の場で――
結衣は新入社員を前に、こんな言葉を贈った。
「どんな仕事も、誰かの人生と繋がっています。
大切なのは、“誰のために”という視点を忘れないこと。
そして、誰かを守る責任を持ったとき、あなた自身も強くなれます。」
その言葉を、陽翔は一歩後ろから聞いていた。
誰よりも近くで、誰よりも遠くから。
「――あの人を守れる男になりたい」
そう、あの日と同じ気持ちが、胸の奥に強く灯っていた。
■
数日後――
ある資料提出を理由に、陽翔は再び社長室へと呼ばれた。
秘書・橘理沙がそっとドアを開けると、そこには私服姿の結衣。
「今日、早く上がってもいい日でしょ? せっかくだから、少し外で歩かない?」
「……はい。行きたいです」
ふたりは社用車に乗らず、あえて歩いて会社を出た。
休日のように少しカジュアルな服装で、都心の公園を並んで歩く。
すれ違う人は、ただの恋人にしか見えなかった。
■
「ねえ、陽翔」
「はい?」
「来年、もし昇進したら……その時は、結婚式、しようか。
“正式な夫婦”として、周りに祝福される形で」
陽翔は一瞬、驚いたように目を見開いたが――すぐに笑った。
「……俺、頑張ります。もっともっと、“あなたの夫”として、胸を張れるように」
「ふふ……じゃあ、その時はドレス選びから、付き合ってもらおうかしら」
■
夜。
社長室に戻り、結衣がそっとカーテンを閉める。
そして、陽翔の手を取り、静かに囁いた。
「ここに戻ると、ようやく私は“妻”に戻れるの」
「ここが、俺たちの“家”ですから」
ふたりの唇が重なる。
昼間は遠いふりをしていたふたりが、
夜には誰よりも近くにいる。
その繰り返しが、ふたりの“日常”だった。
――こうして、新入社員と女社長の“極秘の夫婦生活”は、2年目へと続いていく。
秘密を守ることは、愛を守ること。
誰にも言えない絆が、ふたりを確かにつなぎ続けていた。
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