第1話「出会いは、入社式の日だった」
春の朝、都内にある大手コスメ企業『ルクシア』の本社ビル前は、新入社員たちの緊張と希望に満ちた声であふれていた。
その中で、ひときわ落ち着いた表情を浮かべる一人の若者がいた。
黒髪を整えたスーツ姿、身長178センチ。まだあどけなさを残した顔立ちの――瀬川 陽翔、18歳。
「はぁ……ついに始まるのか。社会人生活……」
胸元に貼られた「新人研修」のネームプレートを見つめながら、小さく息を吐く。
高校を卒業したばかり。だが陽翔には、もう学生の延長のような甘えはなかった。
――そして、運命の出会いはこの日、唐突に訪れる。
「それでは、我が社の社長・氷室より、ご挨拶申し上げます!」
司会の声が響いた瞬間、研修ホールの空気が一変した。
パンプスの音が規則正しく、そして静かに近づいてくる。
会場全体の視線が、一斉にその女性に集中した。
舞台に現れたのは、タイトなネイビーのスーツに身を包んだ、一人の美しい女性。
黒髪のストレートが背中まで流れ、冷ややかな中にも知性と品格が宿る整った顔立ち。
その瞳は、一瞬たりとも揺らぐことなく前を見つめ――
まっすぐに、陽翔のほうを見た。
(……え?)
陽翔の心臓が、不自然なほどに跳ねた。
壇上に立つその女性こそ、伝説の若き社長――氷室 結衣、35歳。
社内では“氷の女帝”と噂されるほど、感情を見せない冷静沈着な女社長。
だがその日、その目が、確かに陽翔の目を捉えて離さなかった。
(なんで俺のこと……?)
一方、結衣の胸の奥でも、静かな衝撃が走っていた。
(まさか……この少年が、あの時の……)
数年前、あるコンビニの片隅で、自分に優しく接してくれた少年。
「大丈夫ですか? 重そうです」そう言ってレジ袋を持ってくれた、まっすぐな瞳をした高校生。
記憶の中の彼と、今ここにいる“新入社員”が、同一人物だと気づいた瞬間だった。
(偶然……にしては、出来すぎてる)
何百人もの新卒の中で、なぜか一瞬で見つけ出せたあの瞳。
運命など信じていなかった結衣の中に、説明できない違和感と引力が走る。
──社長挨拶は淡々と進み、やがて拍手とともに閉幕した。
その後の新入社員オリエンテーションを終え、陽翔はひと息つくためにビルのロビーで飲み物を買っていた。
そして――
「あなた、名前は?」
背後から、低く落ち着いた声が聞こえた。
振り返ると、そこには信じられない人物が立っていた。
「社、社長……!? あの……僕に、何か……?」
結衣は一歩、陽翔に近づく。
「瀬川 陽翔さん、で間違いないかしら?」
「はい、そうです……」
緊張で喉が乾いているのに、手にしたペットボトルの水すら飲めない。
社長にフルネームで話しかけられるという想定外の出来事に、陽翔の頭は真っ白になっていた。
すると結衣は、少しだけ表情を崩し、微笑んだ。
「私、あなたのこと……前に会ったことがあるの。覚えていない?」
「え……?」
「数年前、雨の日のコンビニ。私、荷物を落としそうになっていたのよ。あなたが、助けてくれた。……あのときの“ありがとう”、まだ言えてなかったわ」
陽翔の目が、大きく見開かれた。
「あ……あの時の……!」
「ふふ……ようやく思い出したのね」
結衣はそのまま、ロビーの隅にある応接スペースへと歩き出し、ひとつ空席を指差した。
「少しだけ、お話ししない?」
社長と新入社員、35歳と18歳。
交わるはずのなかった二人の世界が、今――静かに、そして確実に重なり始めた。
(この人と……もっと話してみたい)
(あの時の“まっすぐな目”は、やっぱり嘘じゃなかった)
ふたりが向き合ったその瞬間、物語はまだ始まったばかりだった。
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