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第8話「極秘の家族、秘めたる披露」



静かな夜だった。

都内でも有数の高層レジデンス――ルクシア本社の40階、社長室兼自宅。

普段は厳しい経営判断と会議が行われていたその空間に、今宵は柔らかな光と笑い声が満ちていた。


「これ……まるで披露宴だね」

そう言って笑ったのは、進藤あかり。

ノースリーブのワンピース姿でグラスを手にしながら、隣の赤井美波と目を合わせる。


「いや、実際、これが“極秘の披露宴”なんだって。社外はもちろん、社内にもオフレコ」

村瀬翼が低い声で笑い、ワインではなくノンアルコールのシャンパンを一口。


参加者は限られていた。

橘理沙副社長、村瀬翼、赤井美波、進藤あかり。

そして、氷室結衣と瀬川陽翔。


大人6名と、ベビーベッドで眠る双子、陽葵ひまり悠翔ゆうと

さらに――「ここにはいないけど、あの子たちも」

翼がふと口にした言葉に、あかりと美波が静かに頷いた。


「……そういえば、私たち、知ってるよね」

あかりがグラスを見つめながらぽつりと呟く。


「……結衣さん、今回が“初めての出産”じゃないってこと」


赤井美波も小さくうなずく。


「……三つ子だったって。しかも、それもまた、秘密だった。社内にも、外にも出さなかった。

本当に、ごく一部の人間しか知らないまま、時間だけが過ぎていって……」


結衣は、静かに笑った。

どこか、遠い目をして。


「……そうね。あの子たちは、もう遠くにいる。私のもとを離れて……それぞれ、別の場所で育てられている」


「でも……“母”であることには、変わりないですよね」


陽翔がそっと言葉を添えた。

その声には、過去を知った上で、今を抱きしめようとする強さがあった。


「三つ子を産んだときは、ただ……怖かったの。

母になる自信もなかったし、会社を守ることに必死で、

誰かに預けることが“逃げ”だとも、“戦略”だとも、言い聞かせるしかなかった」


グラスを置き、結衣は一度、双子のベビーベッドに目を落とした。


「でも、今は違う。――あなたがいるからよ、陽翔」


陽翔の表情は何も変わらない。けれど、眼差しだけがほんの一瞬、揺れた。


「……嬉しいです。結衣さんが今、“選んで”くれてることが」


その場にいた誰もが、口を開かなかった。

その沈黙は、言葉にできない想いへの、最大の敬意だった。


***


乾杯が終わり、ささやかな食事と会話が交わされる。


理沙が冗談めかして言う。


「それにしても、あなたがこうして披露宴まがいのことをするなんて。

昔だったら考えられなかったわね。私のプロポーズも断ったくせに」


「ふふっ……あれは“社交辞令の逆襲”だったでしょ」


「まぁね。でも、陽翔くんが羨ましいわ。

こんなにも強くて綺麗で、面倒くさい女と、家族になれるなんて」


「……面倒くさい、ってのは否定できないけど、世界一好きですよ」


その言葉に場が一瞬静まり、次の瞬間、笑いが弾けた。


「言い切ったねぇ、陽翔くん」

「いやでも……本当に、そういう人じゃないとダメだよ、氷室さんは」


進藤あかりの言葉に、赤井美波も続く。


「どんなに完璧に見えても、あの人は……不器用だから。

優しすぎて、抱え込みすぎて、自分を後回しにしちゃう人だから。

“結婚する”とか“母になる”とか、そういうことを“自分の幸せ”だって、きっと今まで信じてなかったんじゃないかな」


ふたりの言葉に、村瀬翼が小さく笑って頷く。


「でも、変わったんだよ。陽翔くんが、それを変えた」


「変えられたのよ」

結衣が、そっと言った。


「この9年。あなたたちが支えてくれたから、私の中に“人としての時間”が戻ってきたの。

社長じゃなく、“母”として、“女”として、誰かの傍にいる意味を思い出せた。

だから、今日こうして、こういう夜を迎えられてることが、何より嬉しいの」


双子が、ベッドの中で小さく声を上げる。

その声に、誰もが一瞬手を止め、微笑む。


「きっと、何か言いたいんでしょうね」


「“こっちにも乾杯しろー”とか?」


そんな冗談が飛び交いながら、祝福と共に、夜はゆっくりと更けていった。


そして、誰の胸にも深く刻まれたのは――

“秘密の家族”であることの、尊さだった。


(つづく)



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