表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

175/191

第4話「緊急搬送と帝王切開」




――まさか、こんなにも突然にその時が来るなんて。


ルクシア本社、午前十時三十二分。

40階の社長室では、定例の経営会議が始まっていた。

橘理沙副社長の司会で、幹部陣の意見が飛び交い、陽翔も資料を整えながらその場にいた。


だが、社長席は空席のままだった。


「……そろそろ彼女の姿がないことに気づく人間も出始めるわね」

理沙は小声でそう言いながら、眉間に皺を寄せた。


そこへ――


「すみません! 社長室にいた氷室さんが……!」


慌てた秘書の声が、会議室の空気を凍らせた。

陽翔が最初に動いた。席を跳ねるように立ち上がり、資料を置いて駆け出す。


エレベーターを使わず、非常階段を三段飛ばしで駆け上がる。

40階のプライベートルーム。

開け放たれた扉の奥で、結衣はカーペットの上に膝をついていた。


「――っ! 結衣さん!」


すぐに駆け寄り、抱きとめる。

結衣の顔は青ざめ、額には汗が滲み、唇は小さく震えていた。


「……陽翔、破水……した、みたい……」


その声は、か細く、震えていた。

スーツのスカートにはすでに濡れが広がり、床にも赤黒い液体が滲んでいる。


「医療班! すぐに救急車を! いいから急げ!」

陽翔が怒鳴ると、理沙が既にスマートフォンを操作していた。


「最寄りの大学病院に搬送要請済み。個室確保してる。……陽翔、任せたわ」


彼女の声は冷静だった。副社長として、そして親友として。

結衣の人生の岐路に立ち会う覚悟は、すでに彼女にもあった。


***


――緊急搬送。

救急車のサイレンが都心を割き、午後一時すぎ、大学病院の高層棟へ。


病室では医師が駆け寄り、手術準備が進む。

年齢と多胎妊娠のため、自然分娩は危険と判断され、即時の帝王切開が決定された。


「ご本人、ご家族の承諾を……!」


陽翔はすぐにペンを握った。

緊急同意書に署名しながら、震える手を押さえ込むようにして言う。


「彼女は、僕の……大切な人です。

どうか、ふたりとも、絶対に助けてください……!」


手術室の扉が閉まり、赤いランプが灯る。


静まり返った待合スペースに、時計の針だけがカチリ、カチリと音を刻む。


永遠にも思える時間が過ぎた。


***


手術室の扉が開いたのは、午後二時四十五分。


「無事、終わりました」


その言葉に、陽翔は思わず深く息を吐いた。

手術着に身を包んだ医師が、穏やかに告げる。


「母子ともに、健康です。

出産は少し早めでしたが、体重も安定しています。

――女の子と、男の子。元気な双子ですよ」


「……本当に……よかった……」


陽翔はその場にへたり込むように座り込み、目頭を押さえた。

この命が、この手で守られたことに、心からの安堵が押し寄せていた。


***


午後四時すぎ。

回復室で、結衣はゆっくりとまぶたを開けた。


ぼんやりとした視界の中に、見慣れた顔がある。


「……陽翔……?」


「ここにいるよ。ずっと……そばにいたよ」


結衣は、震える手で彼の頬に触れた。


「……赤ちゃんたち……どう……?」


「元気。女の子と男の子、どっちも泣き声がうるさいくらいに。

お医者さんも、助産師さんも、全員笑ってた。――大成功だって」


その言葉に、結衣の瞳に涙が滲んだ。


「……よかった……この命が、生きていてくれて……」


陽翔は彼女の額にキスを落とし、そっと言った。


「ありがとう。あなたが産んでくれて、ありがとう」


手術室の照明ではなく、今の彼女を照らすのは――ひとつの命と、ふたつの鼓動。

そして、ずっと傍にいてくれた“たったひとりの男”。


――氷室結衣は、この日、“社長”ではなく、“母”になった。


(つづく)



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ