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41 俺ってバケモノだから

  41


『一樹、一樹! しっかりしろ!』俺を呼ぶ冴子の声に意識が戻った。

「ここは?」

 起き上がり、顔を歪めたまま尋ねた。


 辺りは依然として薄暗く、澱んだ空気は不快なに満ちている。

 見渡すと周囲は木々に囲まれていて、最初はどこかの山の中かと思われたが、よく見ると、向こうに見覚えのある東屋が見えた。そうだ、ここは前にさわこと来たI公園の雑木林の中だ。


 どうやら鵜飼の声に反応した大きな窮奇かまいたちが、自ら創り出した結界をここへ移動させたらしい。

 しかし、辺り一面しんとして静まり返り、音もなく、以前来た時のような賑わう来園者たちの雑踏も、今は全く感じられない。

 やはり物の怪の創り出す結界の中というのは、時間も空間も超越した、人知を超えたものであるらしい。


『おい、黒子、こりゃ、しっかりせんかい!』

 冴子が近くに倒れている黒子先輩に声を掛けた。

『一樹、お前はそっちの娘を頼む』

 見ると、俺の近くには、さっき穴が塞がって結界から出し損なった美穂が倒れていた。 


「仲代さん、大丈夫? しっかりして!」抱き起し、名を呼びながら揺り動かした。

 ふううっ、と一つ大きく息を吸って吐き、美穂が目を醒ました。


「めぐむ!」

 叫んでがばっと身を起こすと、心配して覗き込んでいる俺の顔を見るや、

「えっ! なんで野原? 汚らわしい、離しなさい!」そう叫んでいきなり突き飛ばした。

 小柄なくせに凄い力で、思わず俺は尻もちをついた。


「このスケベ、変態‼ 神に仕える私のカラダに触れていいのは、恵だけなんだからね!」

 両手を交差させて肩を抱き、身を竦めるようにして言った。


「イッテえなぁ、助けてやったのに何すんだよ」立ち上がりながら言った。

「何が助けたよ。さっき、私のこと結界の壁に投げ飛ばしたのも、あんたでしょ!」

「ああ、いやぁ~、あれは急に穴が塞がったもんで…」


 冴子の婆さんに言われるまま、何も考えずにやってしまったが、もはやこの力、隠し立てするのは無理かもしれない。


「ふん、まったくもう・・・。あんなこと出来るなんて、やっぱりあんた妖怪だったのね!」

「だから、違うって…」

 誤解を解こうと言い掛けたが、

「ああ! 中臣、なにしてるのよ!」黒子先輩を介抱するさわこの姿を見て、そっちへ行ってしまった。


「ちょっとあんた、恵から離れなさい!」

 近寄った美穂がさわこの肩に手を掛けた。


 振り返って美穂の顔を見た冴子が言った。

『なんじゃ、うるさい。――ううん? そうか見覚えがあると思ったら、お前、千穂の孫か?』


「はっ? 千穂の孫って、なんであんたがお祖母ちゃんの名前を…」

『ああ、よく知ってるぞ、お前に似て、気の短いヤキモチ焼きだったからな』

「はあ? なんですって!」

「やっぱり、あなた、宜野湾冴子さん」

 ゆっくりと目を開けた黒子先輩がつぶやいた。


『やっと目を醒ましたか。よし、じゃあ、後は頼んだぞ』

 冴子はポイと放り投げるように黒子先輩を美穂に押し付けると、スッと立ち上がった。

「えっ! ちょっと」

 瞬間、黒子先輩と抱き合う形になった美穂の顔が紅い。


『あたしは、あいつを何とかせんといかんのでな』そう言って振り返った。

 そこに、鵜飼晃介がこちらを窺うように立っていた。しばらくこちらの動きを見ていたらしい。が、今そこに、物の怪たちの姿はない。


 鵜飼が口を開いた。

「もう一度だけ言う、宜野湾冴子。これ以上俺達に干渉するな。さもないと、お前だけでなく、全員ここで死ぬことになるぞ」

 そう言うと、まるで憐れむような視線を向け、隣にいる俺たちを見た。


『ふん、何を言う。お前こそ、大人しくもののけ達をこちらに渡せ。懇ろに祓ってやる』


〈いいかい、さわこ。悪いもののけは祓わなければならない。だけどそれは、いつだって命懸けだ。下手をすれば取り憑かれて死ぬかもしれない。以前お前は私の後を継いでくれると言ってくれた。今でもその気持ちに変わりはないかい?〉

(もちろんよ、おばあちゃん!)

〈そうかい、ならお前の封印を解く。もうお前はもののけに対して恐怖など感じなくなるはずだ。覚悟はいいかい⁉〉

(ほんとう‼ わかった、おばあちゃん!)


『一樹、こんなことに巻き込んでしまって悪いが、もう一度、あたしに力を貸してくれ。事ここに至っては、お前の能力を隠し立てしていたら皆の命に係わる』

「ああ、わかったよ」

 そう言いながらも、その時の俺の顔は、きっと引き攣っていたと思う。


――どのみち、ここにいる人たちには、ほとんどバレかけてるしな


『さて、それでどうするかだが』

「もう一度、あの妖怪たちが現れたら、動きを止めればいいのか?」

『昔、晃介が生み出した窮奇も強力だったが、一匹だったし、今のようにあんなに大きくはなかった』


「ねえ、あなた達、一体何の話をしてるの?」

 何の話か訳が分からないという顔で美穂が尋ねた。

 黒子先輩も困惑している様子だ。


『悪いが、今お前たちに説明している暇はない。黒子、お前も戦う準備をしておけ。――千穂の孫は…』

 左右を見回した。

『そうだな、その辺にでも隠れておれ』

 後方にあるバードウオッチング用に作られたらしい、人工の小川の辺りを指さした。


「何で私だけ隠れて…」

 憤慨している美穂に、黒子先輩が目を見て、小さな子どもを諭すように言った。

「美穂、冴子さんはお前の身を案じて…」

 その言葉に、美穂は眉を吊り上げて不満気に言った。

「もう、わかったわよ!」


「無理をするな、まだ腕が痛いのだろう?」冴子が言った。

「どうしてそれを…」

「それどころか、身体中あちこち。よく頑張ったな」優しく労わるように微笑んだ。



「何の相談か知らないが、何をしてもこいつらには関係ない。無意味だぜ」

 両腕を挙げた。

 

  マザー、リュー、来い!!

 

 渦巻く風と共に、二匹の物の怪が姿を現した。

 空気が一段と重く感じられる。巻き起こったつむじ風で、周囲の木々がバキバキと一瞬でなぎ倒されて、疎らになった。


「心配すんな、一瞬で終わらせてやるよ!」


  キュイー、キィー、キイー

 二匹が声を上げる。


『出たぞ! あたしと一樹で先に大きい方を祓う』

 一足ひとあし先に前に出た冴子が振り返った。

『そのあいだ黒子、お前は小さい奴から仲代の娘を守れ!』


「了解です!」 

 引き締まった表情で、すぐに両手の指を組み合わせ、黒子先輩が印を結ぶ。

「――闘・者・在・前!」

 召喚された式神、二頭の獅子が、咆哮と共に姿を現した。


よ、美穂を守れ! うんは僕と一緒に来い!」

 二頭の獅子が二手に分かれた。

 阿はすぐに美穂のいる小川の辺りに、吽は黒子先輩の隣に陣取った。


『行くぞ、一樹!』

「わかった!」

 叫ぶと同時に俺たちも前に飛び出した。


 鵜飼が頭上の窮奇達を見上げ、真上に上げた右腕をサッと振り下ろして俺たちを指さした。

「マザー、リュー、あいつらを切り刻め!」


 ゆっくりと、大小二つの黒い竜巻が、次々と雑木林の木々の枝を巻き上げ、こちらに進んで来る。中には根元から引き抜かれ、地面から引き剥がされて宙を舞って飛び去って行くものもある。


「とにかく、前のようにあいつの動きを止めてみる」

『そうか、頼む』

 冴子も両手を合わせて呪文を唱え出した。たちまち全身からゆらゆらと陽炎のようなオーラが漂い出す。

 

 俺はまず、大きな母親の窮奇の動きを目で追って、意識を集中した。

 静かに下方で両腕を広げ、ゆっくりと前で交差させる。能力を発動する際、なぜだか俺はこうするとで集中力が増す。


  ――ト・マ・レ‼


 意識が身体を抜け出し、覆い被さるようにヤツの全身を捕らえる感覚。


  ――よし! 捕まえた

 さらに動きを止めようと力を込める。

 その瞬間、大きな窮奇は飛行を止め、身悶えするように空中で暴れ出した。


「どうした、マザー!」

 異変に気付いた鵜飼が呼び掛けた。


 両腕を前でクロスさせたまま、身動きしなくなった俺の様子を見てすぐに気が付いたようだ。

「お前かぁ、この糞餓鬼が! リュー、あの餓鬼を切り刻め!」


 鵜飼の指示で、もう一匹の窮奇が身を翻し、宙にとどまったまま、両手の鎌を構えて俺たちに狙いを付けた。


うんよ! あいつを叩き落せ!」

 美穂を守るための五芒星を描き終えた黒子先輩が式神の吽に指示した。


 大きな狛犬の獅子である吽が、地を蹴ってリューという窮奇を目掛けて跳んで来る。

 吽はその鋭い爪でリューを引き裂こうと素早く前脚を振り下ろした。


 俺たちに向って空気を切り裂く刃を放とうとしていたリューは、危うく身をかわしてそれを避けたが、態勢を崩して地面に落下していった。


「チッ、あいつが陰陽師の式神使いだったか、厄介な」それを見た鵜飼が憎々しげに舌打ちをした。



 念動力でマザーを押え付けようとしていた俺だったが、そのあまりの抵抗の激しさにヤツを包み込んだ意識がバラバラに引き裂かれそうになった。

 押し返された念動波が、いきなり俺の全身を貫いた。


「クッ、ダメだ…」

 切れたバネのように、弾けてその身が宙を飛び、一回転して力なくそのまま背中から地面に落下した。


 ――ぐぅぅ・・・

 激しく背中を打ち、呻いた。

 

『大丈夫か、一樹!』

「野原くん!」

 いきなり弾き飛ばされた俺を見て、驚いた冴子とさわこが同時に声を上げた。


「くそぉー、あいつ、デカすぎる…」

 つぶやきながらよろよろと立ち上がた。


『しっかりしろ!』

 ふらつく俺を、駆け寄って来た冴子が支えてくれた。

「しゃあねえなぁ、要はあいつの動きを止めりゃあいいんだろ?」言いながら冴子の顔を見た。

『それはそうだが・・・』

 気が付くと、次第に心配そうな表情をしたさわこの顔に戻っていく。


「何をする気? 無茶しないで」

「なんだよ、お前、珍しく今日は随分と弱気じゃないか」笑いながら言ったのだが。

「だって…」

 彼女の顔から、不安そうな表情が消えない。


「じっとしててくれない、ってんなら、アイツを弱らせて、動けなくするまでだ。そしたら、後は頼んだぜ」

 さわこの眼を見た。

「けど・・・」

 泣きそうな顔をして俺を見ている。

「心配すんなって。お前には黙ってたけど、俺、バケモンだから」

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