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4 ケケケのケタロウ

  4


 宜野湾冴子は今から十年ほど前に、テレビのオカルト特集や心霊・怪奇現象の検証番組などでよく見かけた。

 一時はその活躍がテレビや週刊誌などでよく報じられ、いわゆる悪霊にりつかれた人や、たたられている人達の救世主として持てはやされ人気を博した。


 そんな彼女に付いた通り名が「もののけハンター」だった。

 しかし、ブームが下火になったのと、彼女の出演したテレビ番組で、他の出演者のやらせが一部マスコミで報じられると、宜野湾冴子も同様にやらせ、インチキだと見なされ、次第にテレビの世界から消えていったのではなかったか。


 さわこはテーブルのボタンを押して、店員さんを呼んだ。


「黒糖ブルーベリーヨーグルトパンケーキを一つ。——野原くんも何か頼んだら? おごるし」

「そ、そうか、じゃあ・・・、三種のベリーサンデーとキャラメルプリンのパフェを」


「ふ~~ん」

「なんだよ」

「野原くんって、甘党なんだ」

「悪いか?」

「ううん、でもちょっと意外」



「で、その宜野湾冴子がどうしたって?」

「ああうん。おばあちゃんはとっても優しくて、とっても強い人だった。物の怪に憑りつかれて困っている人達を放っておけない。だからテレビの番組とか関係なく、依頼があればどこへでも出かけて行った。それなのにテレビ局の人がそれを勝手に取り上げて、勝手にカリスマみたいに祭り上げて、最後には偽物、インチキ扱いした」


 さわこは大きめに切り出したパンケーキを、ふんっ、と思い切りフォークに刺し、一口でそれを頬張りながら続けた。


「でも、おばあちゃんは本物よ。物の怪や妖怪がしっかり見えていたし、全身から漲る気のようなもので、良くない物の怪は祓ったり、退治したり出来た。だから、私もおばあちゃんのように、物の怪や妖怪のせいで困っている人達を助けたいの」

「ふ~~ん」


「信じてないの?」

「まあ、そう言われても、俺、実際に物の怪とか見たことないし、俄かには・・・」

 パフェのロングスプーンをグラスに戻し、そう言った。


「ひど~い、野原くんなら信じてくれると思って話したのに、——―あっ、それ少しちょうだい!」

 言うが早いか、さわこは俺からパフェのグラスを取り上げ、山盛りに掬ってパクっと口に運んだ。


「ん~~ん、美味しい! パフェもいいなって、どっちにしようか迷たのよねぇ」

 左手を頬にあて、いかにも美味しそうに言った。


「おおい、いくらお前のおごりだからって、いきなりそれはないと思うぞ」

 あきれ顔で言うと、

「あれ? もしかして、『そんなことしたら間接キッスになっちゃう』とか思って興奮しちゃった?」

 首を傾げて、笑いながら俺の顔を覗き込んだ。


「ば、バカ言え。そんな、ガキじゃあるまいし、そんな間接キッスくらいで興奮だなんて、そんなことある訳・・・」

 言いつつ、なんだか恥ずかしくなって視線を逸らしてしまった。それを見透かしたようにさわこが言った。


「じゃあ、一口もらったお礼にア~~ンして食べさせてあげる、はいア~~ン」

 

――ぬぅ~~。コイツめぇ・・・。


 完全にからかわれているのはわかっている。わかってはいるが、この機を逃すと、俺なんかには一生こんなイベントは起きないかもしれない。

 そんな想いが頭をよぎる。どーする、どーする?


 身体が勝手に動き、差し出されたスプーンにぱくりと喰いついた。


――何やってんだ俺は…。


 俺は「さわこ」という「物の怪」に憑りつかれてしまったのかぁ・・・


 ・・・なんて結局、理性より煩悩、いや本能? いやそんなのどっちでもいいが、つまり、そいつが勝ってしまったということか。



「ば、ばかやろぉ、何やらすんだよぉ」

 言いながら何だか顔がニヤけているような気がした。


「あれ~~、そんなに嬉しかった? 助手になってくれたから、これからは毎日でもやってあげる、ねっ!」

「うるせえ、黙れ」

 顔を背けながら、さわこからグラスを奪い返した。



「――で、話を整理するとだな、お前は婆さんのようなもののけハンターになりたいと思っている。婆さんの宜野湾冴子は物の怪が見えて、祓ったり、退治したりできる。でもお前は見えるだけで、もののけは祓えない。だから俺に助手をやれと」

「そう」


「だけど、何度も言うようだが、今まで俺には物の怪なんか、一切見えたことないんだぞ」

「大丈夫だよ。私と一緒にいればそのうち見えるようになるって。私も最初は見えなかったけど、おばあちゃんと一緒にいたら見えるようになったし」

 さわこがストローでアイスティーを啜りながら言う。

 

 一瞬目がテンになった。

「そういうモンなのか?」

「そういうモンなんじゃない。それに、野原くんって、アレに似てるし大丈夫。きっとそうなるよ」


「あれ?」

「そう、アレ。――キタロウ」

「キタロウって、あの大先生の? 似てるって、それ片目が髪の毛で隠れているとこだけじゃ」


 現在の俺の髪型は、人目を惹かぬよう、わざとボサボサに伸ばし、ワックスやジェルの類は一切使わず、自然と前髪で左の目が隠れるようにしている。

 それって、逆に目立つんじゃね、って意見は一切受け付けないのでよろしく。


「そうそう、だけど妖怪退治をするんだからそれでいいんだよ。でも、妖怪が見えないんじゃ、まだまだキタロウまでいかないなあ。——だから、そう、ケタロウね。『ケケケのケタロウ』!」

「やめろ! 大先生に怒られるぞ」 





 店を出た時、もう外は少しうす暗くなっていた。何だか知らないが、いつの間にか、なし崩しにさわこの助手ということにされてしまった。


 ・・・だけど、こんなふうに長時間、女の子と、いや、それ以前に学校の友達なんかと話をしたことなど、今まであったろうか。


 他人に能力のことを知られないため、できるだけ人と関わらないようにしてきた。それだけに、何だか今日は楽しかったような気がする。

 やはり、少しくらいはこの世の中と、関わりを持って生きていってもいいかな。

 そんなことを思った。




 駅に着き、訊いてみると、さわことは意外なことに最寄り駅が同じだった。

 そこは、通学時間が長くなる上、もともと近くに競合する別の進学校があるため、俺たちが入学した高校への進学者が極端に少ない地区だ。


 最寄り駅は同じだが、さわこの家は南口で、俺の家は北口なので、ちょうど駅を境に逆方向で、学区がそこで分かれるため、小中学校までは会うこともなかったのだろう。




 電車が駅のホームに滑り込んでいく。辺りは既に陽が沈んで暗くなっていた。


「あの、中臣さん、送って行こうか?」

 電車を降りてすぐ、一応、女子に対するエチケットとして言ってみた。


 すると、少し前を歩いていたさわこが振り返り、嬉しそうに言った。

「ほんとう? 嬉しい」


――えっ? こういう時は「ありがとう。でも、大丈夫。野原くんの家、逆方向でしょ。悪いし」とかなんとか言って断るもんなんじゃないのか? 

 こっちも社交辞令で言ったつもりだったんですけどぉ~!


「よかったぁ。ウチの方って、昔からの住宅地で暗いし、森や林みたいなとこが多くて、夜一人だとちょっと怖いんだ」

「へ、へえ、そうなんだ」

――もののけハンターさんよぉ、夜道が怖いって、そんなんでいいのか? 




 南口の商店街を過ぎてしばらく行くと、急に街灯の数も減り、人通りもほとんどなくなってしまった。


 確かに、さわこでなくても、一人でこの夜道を行くのはちょっと嫌かもしれない。  

 にしても、おかしい。もうずいぶん歩いたような気がするがまだ家に着かないのか。これ以上時間が掛かるならバスとか使わないか、普通。


「あの、中臣さん?」

「紗和子でいいよ。助手になったんだし。さっきから気になっていたんだ、その中臣さんっていうの。――ところで、なあに、ケタロウくん!」


「け、ケタロウって言うな! ――じゃ、じゃあ、さわこ、お前んち、まだ着かないのか? もうずいぶん歩いたような気がするんだが。これ、俺一人じゃ、帰りの道が分からなくなりそうだよ。俺、方向音痴だから。まあ、スマホのマップ使えばいいんだけどさ」

 辺りをきょろきょろ見廻しながら言った。


「そう・・・、でも、スマホのマップは役に立たないかも」

 さわこはなぜだか静かに少し前を見つめている。

「えっ? なんで?」


「ねえ、野原くん、私たち道に迷ったみたい」

「はっ? だって、自分の家でしょ。道に迷ったって、何言ってんの」

「私、あるんだ、時々。こういうこと」


「こういうこと?」

「うん。こうしていつもの道をいつものように歩いていて、気が付くといつの間にか、どこかの見知らぬ道とか、見知らぬ場所に変わっているの」

「はっ? 何それ、怖いんですけど」

 気が付くと、俺たちの周囲に白いもやが立ち込めてきている。


――な、なんだ、これ・・・


「そうして、そういう時はいつも決まって・・・」

 さわこが立ち止まった。


「もののけや妖怪と遭遇する」

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