1 美少女なら美少女なら非常識な行いも許されるのか
風が吹いた。
いや、風は吹くものではない。
――風は・・・、斬るものだ。
例えばこんなふうに。シャリーン、シャッ、シャッ。
そうして、闇の中で、腕が飛ぶ、脚が飛ぶ、首が翔ぶ。
うら若い女の鮮血と供に・・・。
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坂路を登りながら、こう考えた。異能が働き過ぎれば角が立つ。人に情をかければ避けられる。意地を通したらボコられた。
とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、人と関わりたくなくなる。どれだけ人と関わらなくしても、やっぱり世の中住みにくいと悟った時、コミュ障が生まれ、高じて引きこもりが出来上がる。
人の世を創ったものは神でもなければ鬼でもない。やはりただの人である。
けれど…、もしただの人ではない、「人でなし」に生まれてしまったとしたら、これほど人の世で住みにくいことはないだろう。
そう、俺は「ただの人」ではない。異能を持つ超能力者。言い換えれば「人でなし」だ。
サイコキネシス(念動力)に、発火能力、電撃に空気砲。さらには人並外れた身体能力も持ち合わせている。
ただし、空は飛べない。まっ、当然か。
あと、未来のことがわかったり、女の子の服が透けて見えたり、人の考えていることがわかったりするわけでもない。
でも、もし本当にそんなことの出来る奴がいるのなら、自分的にはそっちの方が、どんなによかったろうに、と心底思うのだが。
さて、人と関わらないようにするとは言っても、十五年も人間をやっていれば、どうしてもこの能力を使わざるを得ないこともタマにはある。
中一の時だ。運悪く下校途中にクラスの女子が、タチの悪い連中に絡まれているのに遭遇してしまった。
周囲には俺たち以外誰もいない。
一旦は気づかぬふりをして通り過ぎようとしたのだが、たまたまその場を通りがかっただけの俺を、目ざとく見つけ「助けて野原君‼」と名指しで救いを求めてきた。
――嘘だろ、なぜ俺の名を知っている! 思わず振り返ってしまった。
すると、なぜだかその連中はやる気満々で、こちらを見て睨んでいる。
一目見て俺を弱そうな奴と踏んだのだろう。多勢に無勢、このままでは俺の身も危ない。
仕方なく、ずっと封印してきた超能力を使って、彼女を助けてあげることにした。
まずは軽くサイコキネシスで小石をいくつか宙に浮かせ、当たらぬように気を付けて、連中に向けて飛ばした。
小石の群れは彼らの目の前まで勢いよく飛び、速度を落として頬や体、ギリギリを掠めて飛び去った。
彼らの身体に傷一つ付けない、これ以上ない見事なまでの脅し方だった。
・・・で、その結果。
「な、なんだ今の」
「バケモノ‼」
「た、助けて~!」
そう叫んで連中はすぐさまその場から一目散に逃げて行った。
振り返ると、ピンチを救ったはずの彼女も、蒼ざめ、引き攣った顔で後ずさりしながら「バケモノ…」と小さくひとこと言い残し、走って逃げて行った。
そう、危ないところを助けられようが、たとえ命を救われようが、人は自分と違うモノを決して受け入れることはない。
肌の色が違う、性別が違う、出自が違う、国籍が違う。
とかく人は自分とは異質なモノを見つけ出すと、それを受け入れようとはせずに差別し、場合によっては忌み嫌う。
俺はバケモノ。ヒトから見れば、お化けや妖怪、幽霊、そのような者たちと同類なのだ。
だから住みにくいこの世で生きていくために、俺はこの能力のことをひた隠し、今後絶対、誰にも知られてはならないのだ。
ダラダラと続くゆるい坂道を登り終え、目の前の校門の横を見ると、
「第六✕回 ○○高等学校入学式」と書かれた立看があった。
生徒玄関のガラス扉に新入生の名簿が貼られている。それを確認し、四階の一年B組の教室へと一気に階段を駆け上った。
廊下には誰もいない。だがどの教室もまだ始まっている気配はない。
どうやらギリギリで間に合ったようだ。
一年B組のドアは開いたままで、中を覗くと妙な緊張感に満ちていて、生徒たちが静かに着席していた。
教室に入ると大きな模造紙に、汚い手書きの文字で書かれた座席表が黒板にマグネットで留められている。
――今時手書きって・・・。
そう思いながら自分の席を確認する。
教室真ん中の一番後ろ。そこが俺の席か・・・。
ゆっくりと歩を進める。が、しかし。席の一つ手前まで来て、一瞬俺の足が止まった。
なぜって・・・。そこには、びっくりするような美少女が座っていて、上目遣いで、近づいてくる俺のことを見ていたからだ・・・。
前から送られてきたプリントを手渡すため、一瞬こちらを振り返った時、チラリと見えた彼女の美しさに俺は息を呑んだ。
入学早々なんという僥倖。こんなかわいい子と同じクラス。しかも前の席だなんて。
――へ、へえ~。こんな子とだったら、少しくらい関わってみるのもよいかもねぇ
などと不覚にも思ってしまった。極力、人と関わらない。さっきまでの固い決心はどこへいった?
・・・が、今思えばそんな俺の初々しい想いも、そう長くは続かなかったのだが。
前の席の美少女は、そのあとの入学式で、なんと新入生の代表として壇上で挨拶をした。
それは取りも直さず、彼女の入学試験の成績がトップであったということを意味する。
ステージ上で折りたたまれた奉書紙を広げ、新入生代表の言葉を読み上げる美しい彼女の姿に、誰もが憧憬の眼差しを向けた。才色兼備とはまさにこのことか。
ところがだ。ことはそう単純には終わらなかった・・・。
「・・・・・・四月八日。新入生代表 中臣紗和子」
言い終わり、誰もが滞りなく彼女が代表の言葉を終えたと思った次の瞬間。
彼女はいきなり目の前にあったマイクを両手で引っ掴むと、会場に向って再度一礼し、にっこり笑顔で勝手に語り出したのだ。
「ここで一つ、生徒の皆さんに、個人的なお知らせをしま~す。――今日から私はもののけハンターとしての活動を始めま~す!」
会場全体が唖然とする中、マイクを右手で握り直して、彼女は続けた。
「もののけハンターとはその名の通り、妖怪を捕まえる仕事です。
もちろん死霊、生霊に憑りつかれている人たちを助けたりもします。
ついては助手を募集します!
霊感の強い方、見える方、大歓迎です。
我こそはと思う人、ぜひ私のところまで来て下さい。
一年B組の中臣紗和子です。
あっ、でも審査は厳しいですよ。
本当に見える能力があって、本気でやる気のある方限定で~す。
よろしくお願いします‼」
そう言うとマイクを元に戻し、満面の笑顔で壇上から降り、型通り来賓、保護者席に向って順番に丁寧に一礼すると、スタスタと自分の席に戻って来た。
そう、つまり、俺の目の前の席だ。
――うわぁ、何やってんだコイツ、やらかしやがった!
「お前、何考えてんだ…」
平然と席に着いた彼女を見て、俺は訊くでもなく、思わず呟いてしまった。
それが聞こえたらしく、彼女はすっと俺の方を振り返って言った。
「だって、私の助手が務まる人なんて、そう簡単に見つからないに決まっているから。大勢の前で宣伝した方が手っ取り早くていいじゃない!
代表なんてめんどいこと引き受けたんだし、これくらいいいでしょう。こんなチャンス、滅多に無いし」
そう言ってにっこり笑うと、またすぐに前を向いた。
その間、教員も生徒も、来賓も保護者も皆、茫然として、我に返った司会の教員が式の進行を再開するまで、誰一人言葉を発しなかった。
そして、当然のことながら、翌日から中臣紗和子は校内で一躍有名人となった。