あなたが好き…です。
プリシラが廊下の真ん中で立ち止まってしまい、ルークとアレンも歩みを止めた。
ルークが心配そうに、
「プリシラ?何かあった?」
「臭いわ。凄く臭う…」
アレンとルークを見つめ合ったあとに、不思議そうに聞いた。
「ルーク…俺達は別に、何も臭わない…よな?」
「プリシラ…。俺達は何も感じないんだよな」
プリシラは、大きな目をもっと見開いて、
「ううん。普通の匂いじゃないの。濃密でピリピリする不快な…感情を逆なでするドロドロな妖気が漂ってきているの。私にはわかる!これは…つまり…そう!女の勘よ!」
ルークとアレンが頷きあって、
「急ごう」
占い師は、ニルスの目を見つめたままで、ゆっくりと話す。
「私の目を見て下さい。ルーク王子を怒らせ困らせるのです。そうすれば…何もかもがニルス様の思うままです」
ニルスは小さく頷いた。
大臣とソフィア姫は微笑んで、
「さすが時期国王陛下です。物分かりがよろしい」
音もない薄暗い深海を漂うようなキャンドルの光と煙と不思議な香り。
冥界のようだった広間のドアを大きく叩くノック音が何度も響き、「失礼します」のあとドアが勢いよく開き、3人が広間に並んで入って来た。
ソフィア姫の白い顔がいびつに歪み、大臣も目を細めながら、
「誰だ?無礼であろう」
怒りで震える大臣に、大臣に声が知られていないプリシラが答えた。
「失礼致します。そろそろニルス様のお帰りの時間ですので、お迎えに参りました」
大臣が噛みついてくる、
「食事はまだ済んでいないんだぞ」
プリシラは負けていない。
「ニルス様は国を継ぐ大事なお体です。こちらのスケジュールに沿わせて頂きます」
「誰に向かって物を言っている!従者のくせに生意気だぞ」
今度はアレンが、
「私たちはアローゼ、ガーランド両国国王の命令で動いています。大臣はそれに逆らうという事となりますがよろしいのですか?」
ソフィアの目が微かに鋭くなって、大臣に何かを耳打ちをした。すると、大臣は手のひらを返したように優しい声で、
「主人を思ってのことを大変な失礼をした。それで、貴殿達のお名前をお聞かせ願えないかな?」
3人で顔を見合わせてからプリシラは、
「なぜで…ございましょう?」
ソフィア姫が微笑みながら、
「そんなに警戒しなくてもよろしいのよ?私たちは、あなたたちの忠義の心に感銘しただけなのよ?明日お詫びに伺うのにお名前が分からなくては失礼でしょう?」
キリッとプリシラが答えた。
「お詫びはいりません。主人に仕える者の義務ですので、これで失礼致します。さぁ、ニルス様帰りましょう」
ニルスは黙って頷いてからイスを下り、プリシラの元へまっすぐ歩いて来た。
ソフィア姫はワイングラスを持ち、ルークの方を見ながら言った。
「ねぇ、そちらの右端の方?先程から何もお話しにならないけど?お風邪でも引かれているのかしら?」
プリシラはニルスの手を取ると、
「はい、そうです。彼はのどがイガイガで声が出にくいんです。このお部屋のお酒の匂いで体調も悪いみたいなので、これで失礼します」
そう言ってお辞儀をしたあとに急いで部屋を出ると、トーマスを迎えに行き馬車まで走った。
プリシラは、濃縮だった捕獲時間と走って逃げて来たせいで、心臓がまだドキドキしていた。
気になるのは、ニルスが別人のように大人しいことだった。
ルークは、まだ眠そうにしているトーマスを馬車に詰め込みながら、
「アレン、ソフィア姫は気付いたんじゃないのか?」
「うん、俺もそんな気がしたんだ。王子が家臣の屋敷にアポなし変装で乗りこんだことバレたらマズいよな…」
悩む2人にプリシラが、
「ルーク様、ニルス王子が変なのよ。大人しすぎるの不気味だわ…」
「ルーク…?ルーク王子…」
ニルスがブツブツとうなだれながら呟く。