あなたが好き
死臭に混ざって嫌な気配が漂う。
殺気とは違う、威圧的ないくつもの視線。
動けずにいた私は兄様に促され、ゆっくりと立ち上がった。
私達を見守る様に付き添う護衛。
何も悩まなくていい、私を護ってくれる優しい世界に戻らなければ…。
後ろ髪を引かれながら遺体に背を向け、馬車まで歩き出した私達を、数人のチンピラ風の男達が囲むように立ちはだかる。
目の輝きが悪魔か、死神みたいだ。
それぞれ武器を手に持ったチンピラ達は、ジリジリと私達との間合いを詰めてくる。
兄様はチンピラ達から、私をかばうように立った。腰に回された手に安心感を感じる。
護衛達は、私達とチンピラ達との距離が近過ぎて動けずにいる。それは仕方ない、ヘタには動けない。今は、様子を見るしかできない状態なのだろう。
人が怖いと初めて思った…。
チンピラの1人が優しく囁いた。
「金…、あんだろう?出せよ」
(金は実家に腐るほどあるわよ。でも、アンタ達に払うお金は何にもないわよ)と、叫びたい。
まぁね、恐怖で足はガクガクお口はパクパクだから、叫んでも声は裏返って喜劇になると思うけど。
舞台と言えば…、
「兄様。私達、無事に王都に帰れるよね?明日には帰らないと舞台に間に合わないよ…」
「プリシラ…それ、今考える事じゃないから」
「生きて帰りたいね」
「任せろ」
ホッコリしちゃう。思わず、思いっきり兄様の腕にしがみついた。
緊迫している。はずなのに…。
…匂う。
…臭い。
このチンピラ達から…?
…違う…。
パン、パーン。
人気が無い街の空に、乾いた拳銃の音が二度響いた。
兄様は、音のした方を見ようとした私の顔を隠すように抱きしめる。目の前を兄様の胸に塞がれて見えなかったけれど、叫び声やドスドスという音が響いてきた。
兄様が動かないという事は…、私は助かる?
匂いが近付いて来る。
「ご無事でしょうか?」