あなたが好き
「さぁ、出かけましょうか」
私は、自信満々勢い良く立ち上がった。兄様は持っていた書類を読むのを途中で止めて聞いてきた。
「プリシラさん?いったいどこに行くつもりなんですか?」
「私達はルーク様の後を追うのよ。私達には時間がないのよ。で…兄様は、さっきから何を読んでいるの?」
「ん…。大臣の悪事の報告書類。王子から借りたんだ」
(なんで、そんな物を…)
「そういうのって…関係者以外閲覧禁止じゃないの?」
「俺様は有能だからな。王子からの信頼の証だよ。プリシラも俺様をもっと敬っていいんだぞ」
(…あー、そうですか)
「で、何が書いてあるの?」
「重要機密だからダメだよ。そうだな…、プリシラは未来の王妃だから、俺をガーランド城に就職できるように推薦してくれたら、見せるのを考えてあげてもいいよ」
「王妃になるなんて決まってないし、たとえ、推薦しても兄様は書類を見せてくれる気はないんでしょう?」
「当然ですよ。重要書類だからね…だけどね」
兄様はイスから立ち上がると、笑いながら私の目の前に右手を差し出して言った。
「王子から、閲覧注意の書類を渡された信頼には応えないといけないけど、可愛いプリシラが無鉄砲に飛び出して行くのも危険だし、姫君、参りますか?」
(だから、何処へ?…お宝探しですか?)
カタカタと鳴る馬車の車輪の音を聞きながら、流れるように変わる街並みを見つめた。
この街に来る時はルーク様の事が心配で景色なんて見えていたのか、気にしていなかったから記憶になかったのか…さっぱり覚えていなかったけれど、人が歩いていないし、閉まっているお店も多い。大臣の領地のこの街は問題が多いと聞いていたけど…。
「今日は…休日なの?閉まっているお店が多いけど…それに兄様、人が倒れているわ。早く馬車を止めて」
馬車から飛び下り、路地で倒れた老人に触ろうとするプリシラにジュリアンが叫んだ。
「触るな!もう死んでいる。役人が回収に来るだろう。プリシラ、これが大臣の罪だよ。王子は証拠を固めて大臣を暴こうとしているんだ」
「回収って…、人なのよ。お医者様が先でしょう」
兄様は黙って首を振った。
話さない兄様の視線を辿れば、死斑の浮かんだ老人の痩せ細った腕が地面に落ち、微かに嗅いだ事のない匂いが老人を包んでいた。
思わず口元を押さえ、一歩…二歩と後ろに下がっていた。
「ルーク王子の行き先には、もっと遺体があるかもしれない。プリシラは…行けるのかな?」
涙も声も出ない。ただ悔しいという感情だけで兄様を見つめた。
「馬車に戻ろう。危険だ…」
そして、頷いた。