黄色のコスモスの約束
『だいすきです。おおきくなったら、けっこんしてください』
穢れのない純真無垢な笑顔。そんな表情と言葉が嬉しくて、私は差し出された黄色のコスモスを受け取った。
あれから、十五年。私と彼はすっかり大人になった。色々なことを経験し、様々な人と出会い、あの頃とは状況が随分と変わった。
凛々しく育った彼は、周囲の人間からの信頼も厚い。真面目で優しい性格は、誰の目から見ても魅力的だ。
一方の私は、身体だけが成長して中身は何も変わっていない。誰もが簡単にできるようなこともミスをして、人前で粗相をして赤面することも少なくない。臆病で引っ込み思案な性格も、決して良いものではない。
こんな私では、彼には釣り合わない。だというのに、彼は未だに私の家に足を運んでは優しい言葉をかけてくれる。
幼い頃の口約束なんて何の効力もないはずなのに、彼は優しいから反故にはできないと思っているのだろう。彼の周りには、私よりずっと美人の女性もいて、その中に想い人がいるに違いない。
だから私は、彼から離れたかった。彼には彼の人生を歩んで、私のことなど忘れて幸せに生きて欲しい。
――そう思うのに、それができなかった。幼い彼の笑顔と声が忘れられなくて、別れの言葉を口にしようとすると胸が締め付けられて何も言えなくなる。
あの時のコスモスは、もう枯れてしまった。実物がなくなっても心の中で咲き続けていた幻も、きっと土に還ろうとしている。いや、とっくに還っているのかもしれない。
もう終わりにしよう。そう決心して、私は彼が家にやってくる日、玄関に立って待っていた。決意が鈍らないように、早く伝えてしまおうと思った。
しかしやってきた彼を見て、私は言葉を失った。いつもよりずっと小綺麗な恰好をして、手には一輪の花を持っている。私を見つけた彼も、目を丸くさせる。
「こんなところでどうしたんだい? もしかして、僕が今日しようとしていたことがバレちゃってたかな」
彼は気恥ずかしそうに笑って、私の手を取った。その甲に口づけをし、真っ直ぐに私の目を見る。真面目な表情は緊張を帯びて、空色の瞳が僅かに潤んだ。
「改めて言わせて欲しい。僕と結婚してください」
鮮やかな赤いチューリップが差し出される。あの時と同じ、いや、もっとずっとキラキラした気持ちが胸に溢れる。
コスモスは枯れていなかった。あの時のまま、咲き続けていてくれた。
私が涙を浮かべて頷くと、彼も表情を和らげて微笑んだ。