95話 攫われた玉鋼の子
ソラは何とか騎体を急上昇させながら大きく後退させつつ、半壊した盾の内側から刃力弓を射出させ、カレトヴルッフの左手に持たせる。
そして苦し紛れに刃力弓から光矢を連続で放つも、思念操作式飛翔氷刃には当たらず、一基たりとも撃ち落す事が出来ない。
「くそっ!」
己の射術の拙さに歯噛みしながらも光矢を放ち続けるソラだが、突然射術能力を向上させる術は在る筈も無く、思念操作式飛翔氷刃の刃がカレトヴルッフの左腕部、右脚部、左脚部を次々と刻み、四肢を凍り付かせた。
両脚部には姿勢制御器が備わっている為、両脚部を凍り付かされるという事は回避能力を失うと言う事に等しく、つまりは絶体絶命ということだ。
『思念操作式飛翔氷刃の事も知らず、射術は並以下。ラドウィードの騎士って言っても所詮はただの蒼衣騎士ね』
アルディリアが伝声器越しに、呆れたようにソラに言い放つと、フィランギの腰部に接続され砲身が展開したままだった思念誘導式刃力砲の砲身に光が収束され始める。
――やられる。
ソラが最悪の事態を覚悟した瞬間、後方から赤い光矢が飛来。フィランギは砲撃を中断し、左右に回避行動を取りながら攻撃を躱した。
『ソラ、お前は退がれ』
その声と共にカレトヴルッフの晶板に映し出されたのはアルテーリエであり、アルテーリエはソラに撤退の命令を下す。
「く……そ」
ソラは、己の不甲斐なさに歯噛みしながら、姿勢制御の出来ないカレトヴルッフを何とか推進器の調整だけで飛翔させ、リンベルン島へと撤退を開始した。
一方、アルディリアのフィランギと対峙するアルテーリエのミームング。その額には剣の紋章が輝いていた。そしてアルテーリエの額にもまた剣の紋章が輝き、左手首からは流血している。
『すまんなアルテ、うちの阿呆の尻拭いを頼む』
謝罪の言葉と共に、ミームングの操刃室の晶板にヨクハの顔が映し出された。それを見ながら頬を赤くするアルテーリエ。
「ヨクハちゃん……相変わらず可愛い」
そしてぼそっと呟く。
『何か言ったか?』
「あ、いや、気にするな……ここはメルグレイン王国の領空、ならば脅威を排除するのは元々我々の務めだ」
アルテーリエがそう言うと、ミームングが右手に持っている赤い刃力弓のような武器が弾け、血液のような液体になって空中に浮遊する。続いてその赤い液体はミームングの腰部に集い、刃力核直結式聖霊騎装の砲の形状を造り始める。
アルテーリエの竜殲術〈血殺〉は血液を操作してあらゆる武器を形成させる能力であるが、ソードに備わっている竜殲術拡張投射器能により能力がソード仕様に拡張されると、ミームングにのみ特別に内蔵される疑似血液を利用し、あらゆる聖霊騎装を再現する事が出来る。
その力により、アルテーリエが雷電加速式投射砲を再現させ、その赤い砲身をフィランギへと向ける。更に赤い稲妻が砲身に走り、真紅の砲弾が超速でフィランギへと放たれた。
その砲弾を、騎体を横に回転させながら躱すフィランギ。しかし、アルテーリエの追撃、雷電加速式投射砲から連続で砲弾を放ち、フィランギはそれを紙一重で回避していく。
「何という回避能力……ならば!」
砲撃が尽く躱された事で、アルテーリエは戦法を切り替える。ミームングの雷電加速式投射砲が弾け赤い液体となって浮遊すると、今度は真紅の巨大な鎌を形成させ、ミームングが両手で持つ。その姿は正に死神の如く。
「鮮血と共に散れ!」
アルディリアの凄まじい回避能力とフィランギの運動性を前に、射撃戦ではなく接近戦を試みようとするアルテーリエ。すると直後、王城の伝令員からアルテーリエに向けて伝声が入る。
『陛下、王都に〈幻幽の尾〉所属と思われる二騎のタルワールが突如出現!』
「な、なんだと!」
伝令員からの報告を受け、王都に侵入を許した事を驚愕するアルテーリエ。
『しかし、探知器上に出現した瞬間、二騎のタルワールはすぐに王都から撤退しました』
「……一体何のつもりだ?」
〈幻幽の尾〉の行動をアルテーリエが訝しんだ次の瞬間、周囲を旋回しながら浮遊していた思念操作式飛翔氷刃がフィランギの両肩部へと収納されていく。
そして、アルディリアからの伝声がアルテーリエへと入る。
『目的は果たしたわ、もうここに用は無い』
「なに!?」
更にアルディリアのフィランギはアルテーリエに背を向け、この戦場から離脱を開始したのだった。
「逃さん!」
ミームングが持つ巨大な鎌が弾け、疑似血液が今度は狙撃式刃力砲を形成する。そして、アルテーリエはミームングに向けて狙撃を開始し、赤い稲妻を纏った真紅の矢を放つ。
しかし、アルディリアのフィランギは背を向けたまま、その矢を難なく回避すると、彼方へと消え去った。
「ちっ……速いな」
雲の聖霊石を核とするフィランギの飛翔力は高く、アルテーリエは追撃を諦めざるを得なかった。
しかしそれでも、〈因果の鮮血〉のパンツァーステッチャー達と交戦中の残るタルワールは全滅し、黝簾の空域における防衛戦は終結したのだった。
『大変です陛下』
「どうした?」
すると、王城の伝令員から再度アルテーリエに向けて、緊迫した様子で伝声が入った。
『先程王立リンベルン学院の者から緊急の連絡があり、初等部の生徒が十名〈幻幽の尾〉の騎士に連れ去られたとの事です』
「なっ!」
※
その後、王城に帰還したアルテーリエ達は、先程の戦況報告と併せ、再度王立リンベルン学院の生徒達が連れ去られたという旨の報告を正式に受けた。
また、連れ去られた生徒達は皆、刃力の非常に高い子供達であり、騎士の中の隠語で“玉鋼の子”と呼ばれる存在であった。
そして、リンベルン学院の教員と、連れ去られた子供達の親がアルテーリエとの謁見を許され、この王座の間へと通されていた。
「すまない」
アルテーリエは子供達の親達に向け、頭を下げ謝罪の意を示した。そんなアルテーリエの行動に、近衛騎士達や側近達、そして親達は狼狽える。
「おやめください陛下、国王ともあろうものが民に頭を下げるなど!」
「黙れ。奇襲の裏にあった目的を見抜けず、むざむざと民を奪われた。此度の失態の責任は私にある」
責任を重く受け止めるように、アルテーリエは側近の進言を跳ね除ける。そんなアルテーリエを見て、親達は互いに顔を見合わせ、まず一人の女性が言葉をかける。
「あ、頭をお上げください陛下……今回の事は陛下の責任ではございません」
そして、アルテーリエはゆっくりと頭を上げた。
「しかし、何故このメルグレインの王都で刃狩りが敢行されたのですか? 目的は一体?」
「わからん、単純にエリギウス帝国の将来的な戦力にする為なのか、他の目的があるのか……」
すると、別の男性が核心に迫る。
「子供は、子供達は取り返していただけるんですよね? あの子もきっと他の子達も皆、騎士ではなく普通の人生を歩ませてあげようと騎士養成所ではなく、リンベルン学院に入学させたんです、させた筈なんです。それなのにこんなことって……」
悲痛な想いを吐露しながらのその問いに、アルテーリエは下を向いて、口を噤んだ。
「へ、陛下?」
「……無論、子供達は必ず取り返す。しかしすぐにという訳にはいかないのだ」
「な、何故なのですか?」
今回、子供達を攫ったのはディナイン群島がある紅玉の空域を守護する第八騎士師団〈幻幽の尾〉。そして〈幻幽の尾〉はラージル島を本拠地にしている。
その説明を食い入るように聞く子供の親達に、アルテーリエは続ける。
そしてラージル島は周期的に激しい砂塵が吹き荒れる砂漠の島、しかし砂塵が吹き荒れている状態では空中戦が出来ず砂漠戦を強いられる。だが、メルグレインの騎士達は砂漠戦の経験が少なく、所持するソードは砂漠戦に対応していない、そんな悪条件で挑めば敗北は必至だという。
「そ、そんな、それでは子供達の事は諦めろと仰るのですか!?」
アルテーリエの後ろ向きな発言に痺れを切らしたように、憤り混じりに叫ぶ一人の男性。
「貴様、陛下に向かって――」
対し、国王に対する非礼を咎める為に前に出ようとする側近を、腕で遮りアルテーリエが答える。
「言った筈だ、子供達は必ず取り返すと」
「え?」
「周期的にラージル島の砂塵が止むのはおよそ一ヶ月後。メルグレイン王国の〈因果の鮮血〉は、一ヶ月後に紅玉の空域に進軍を開始する」
アルテーリエは一ヶ月後に〈幻幽の尾〉を倒し、攫われた玉鋼の子達を奪還すると約束した。
その力強い言葉は、攫われた子供の親達に希望の光を見せる……例えそれが、淡く見せかけの希望なのだとしても。
そうして謁見は終了し、攫われた子供の親達は王城を後にした。
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