94話 ワグテイル
――な、何だあいつは!? ただの蒼衣騎士じゃないのか? 尋常ならざる斬撃……そ、それに動きも読めん。
突然目の前に現れたただの蒼衣騎士が操刃するソードに、部隊のソード四騎が一瞬で撃墜させられた事で、〈幻幽の尾〉の騎士は驚愕し戦慄した。
一方、ソラの奮闘に触発されたのか、〈因果の鮮血〉白刃騎士部隊の騎士達もまた、道を塞ぐ残りのタルワール相手に奮闘していた。
道は開かれ、今度こそ敵の大将、アルディリアを討つ。ソラがそう考えた次の瞬間、巨大な光の奔流がソラ達白刃騎士部隊に向けて飛来する。
対し、ソラを含め全騎が回避行動を取る。しかし、光の奔流は空中で直角に軌道を変化させ、パンツァーステッチャーの回避先へと襲い掛かり、パンツァーステッチャーは次々と光の奔流に飲み込まれて爆散した。
その一撃はフィランギが放った刃力核直結式聖霊騎装、思念誘導式刃力砲。波動の特性を持つ光を模倣させた闇の聖霊の意思と、思念誘導の特性を持つ雲の聖霊の意思を組み合わせた聖霊騎装であり、思念誘導式刃力弓と同じように思念誘導で発射後に一度だけ軌道を変化させる事が出来る。
またフィランギはパンツァーステッチャーに対し優位属性であり、今の一撃も雲の聖霊の意思が組み込まれている為雷属性のパンツァーステッチャーには掠っただけでも大ダメージとなる。そしてそれは光属性のカレトヴルッフも同様である。
――今の一撃、逆方向に回避してたら……
怖気と寒気、ソラの頬を冷たい汗が流れる。すると、フィランギを操刃しているであろう〈幻幽の尾〉師団長アルディリアから初めて伝声が入る。
『一瞬で四騎のタルワールを撃墜するなんて蒼衣騎士とは思えない強さね、やっぱりあなたが例の“ラドウィードの騎士”だったってこと?』
アルディリアの言う例のラドウィードの騎士とはヨクハの事であるのは、ソラには容易に想像出来た。しかしソラはあえて否定も肯定もしなかった。相手に警戒させておけば心理的に優位に立てると考えたからだ。
そして、理解は少しだけ遅れてやって来る。〈幻幽の尾〉師団長アルディリアであろう人物の声が、そう遠くない過去に聞いた声である事を。
ソラが記憶を探ろうとした瞬間、いち早くその声に反応した人物が居た。本拠地で伝声を行う、伝令員のパルナであった。
『リアお姉ちゃん? その声リアお姉ちゃんなんでしょ?』
パルナが叫ぶリアという名前を聞きソラは確信する。それはフォルセス島での怨気封印任務の途中で出会った、醒玄竜教団の封怨術師の女性であった。
――リアさんなのか?
『パルナ……そう言えばあなたは〈寄集の隻翼〉の伝令員だったわね』
『どうしてリアお姉ちゃんがエリギウス帝国の騎士なんてやってるのよ? アルディリア=シャルマがリアお姉ちゃんだったっていうの?』
動揺したように伝声器越しに問いかけるパルナ。すると冷静を保てているソラが、改めてパルナと同じ質問を投げかける。
「リアさん、あんた醒玄竜教団の人間じゃなかったのか? 〈幻幽の尾〉師団長アルディリア=シャルマがあんたの本当の姿だって事か?」
『……どちらも本当の私よ』
「浄化の宝珠の話も、パルナちゃんの味方だって話も、死なせてしまった封怨の神子やパルナちゃんに償いたいって話も全部嘘だったのか?」
『……それも全部本当よ。でも、私は私の目的の為に戦わなくちゃならない。それが私なりの償いに繋がるから』
するとリア……否、アルディリアのフィランギが、その手に持つ思念誘導式刃力弓をソラのカレトヴルッフへと向ける。
『お喋りはこれで終わりよ』
そして、ソラに対する伝声を切断させた。
『リアお姉ちゃん、リアお姉ちゃん!』
突如突き付けられた現実に、酷く狼狽えるようなパルナからの叫びはもう既に届く事は無かった。
直後、フィランギの思念誘導式刃力弓から光矢が連続で射出される。それを見て光矢を回避するソラ。しかし、放たれた光矢は軌道を変え、ソラが回避した方向へと襲い掛かる。
「くっ!」
ソラは咄嗟に、カレトヴルッフの左前腕部に装備された盾でそれを防ぐも、炸裂の衝撃で後方に吹き飛んだ。
「ぐあああああっ!」
カレトヴルッフに対し、思念誘導式刃力弓の一撃は属性相性的にダメージ効率が高く、たったの一撃で盾が半壊したため、ソラは防御手段を失い、早くも絶体絶命に陥る。その時、本拠地の伝令室からヨクハの伝声が届く。
『聞こえておるかソラ?』
「だ、団長?」
『パルナは動揺が大きく今は冷静な判断が出来ん。故にわしがパルナに代わってお前の補助を行う』
「えー」
『何で嫌そうなんじゃ!?』
「何か団長に見られてると緊張するんだよなあ」
『そんな事言っとる場合か! 来るぞ!』
ソラとヨクハが伝声器越しにそんなやり取りをしていると、フィランギからの追撃、再び思念誘導式刃力弓から連続で光矢が放たれた。
「ちっ!」
その射撃に対し、必死に回避を試みるソラ。
『躱すな、斬り払え!』
その声に反応し、ソラは咄嗟に刃力剣による斬撃で、飛来する光矢を一つ二つ、そして三つと斬り払っていく。
「ふ、防げた」
光矢を斬撃で防げた事に、自分でも驚きながら佇むソラにヨクハが説く。
思念誘導式刃力弓は相手の回避を見てから思念誘導で軌道を変更出来る、つまりは後出しが出来る強みがあるのだと。
「あ、後出しか」
『じゃが、ぎりぎりまで引き付けて回避するか、今のように斬撃で斬り払えば防ぐ事は可能』
「なるほど……よし!」
思念誘導式刃力弓への対処の仕方は解った。後は弾幕を払いながらフィランギの間合いに入り、白兵戦に持ち込むだけ。ソラはアルディリアとの戦いに勝機の光を見た。カレトヴルッフが剣を顔の横、霞に構えて前傾姿勢になり、突撃の態勢を取る。
しかし次の瞬間、フィランギの両肩部が開放され、中から無数の刃が射出された。
ソードの拳大程の刃は全部で十基、空中で複雑な軌道を描きながら飛び交う。
「これは……思念操作式飛翔刃」
その聖霊騎装はソラが何度も見て来た物だった。何故ならそれは、同じ騎士団のプルームが得意として扱う聖霊騎装であり、その動きもまたプルームとの反射能力向上訓練で幾度も見て来た物であったからだ。
だが、その速度はプルームのものと比べると遅く、動きの複雑さもやや劣る。
「全然見える」
ソラは、自分の周囲を飛び交う刃をその眼に捉えると、斬り払う為にすぐさま剣を奔らせた。
『いかん、それは思念操作式飛翔刃では無い!』
直後ソラを制止するようなヨクハの叫び、それは既に遅く、ソラの剣閃がカレトヴルッフの間合いに入った刃三基を一振りで薙ぎ払った。
次の瞬間、カレトヴルッフの刃力剣の刀身が凍り付き、凍結は波及してカレトヴルッフの右腕までも凍結させて動きを封じる。
「なっ、何で!?」
想定外の事態に、驚愕するソラは違和感に気付く。飛び交う刃は、飛翔しながら氷の結晶のような尾を引いている事に。
その聖霊騎装の名は思念操作式飛翔氷刃。思念誘導の特性を持つ雲と、凍結の特性を持つ水の聖霊の意思を利用した聖霊騎装で、思念操作式飛翔刃に比べて速さは劣るが、触れた物を凍結させる力を持っている。
『阿呆、思念操作式飛翔氷刃はカナフの授業でやったじゃろ、斬撃で払う事も、耐実体結界で防ぐ事も出来ん。刀身も結界も凍結させられ動きを封じられるからじゃ』
「あー、そういえばそうだった」
『今さら思い出してどうする!』
呑気に呟くソラにヨクハが叱咤すると、思念操作式飛翔氷刃は次々とカレトヴルッフ目がけて飛来する。
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