91話 メルグレイン王国観光回
左右に美しい水路が通る石畳の道を歩きながら、ソラ達は取り留めの無い会話をしていた。
「いやあ、それにしても〈因果の鮮血〉の副団長がメルグレイン王国の国王様だったなんて驚きだよな」
そんなソラの一言に対し「はあ? お前知らなかったのか?」と、ソラがアルテーリエについて知らなかった事に呆れたように返すフリューゲル。
「え、フリューゲルは知ってたのか?」
「当たり前だろ、お前どんだけ世間知らずなんだよ」
直後エイラリィもまた、フリューゲルに追随して呆れたように言う。
「フリューゲルに世間知らず扱いされるなんてよっぽどですよソラさん」
「おい、どういう意味だエイラリィ」
「いえ……良い意味で」
「嘘つけ!」
すると、ソラはふとフリューゲルの髪や瞳を見ながら尋ねる。
「ところでフリューゲルはどう見てもメルグレインの民だよな?」
「ああ、出身はエリギウスだけどな」
「やっぱこの街並み見てどこか懐かしいとか感じたりするのか?」
「いや、特にねえな」
「何だよ情緒の無い奴だな」
「じゃあてめえは孤島ナパージの雰囲気再現してるツァリス島に来た時何か懐かしい感じしたのか、ナパージの民の血が半分入ってんだろ?」
「いや特に」
「人の事言えねえじゃねえか!」
そんな他愛も無いやり取りをしていると、視界の中にとある建物が見えて来る。
「あれは?」
白い外壁に、青く丸い屋根、大聖堂にも似たその建物は広大な敷地の中にそびえ立っていた。そして、遠目に建物を眺めながらソラが質問すると、エイラリィが答える。
その建物は王立リンベルン学院といって、この王都に存在する最大の学術機関である。騎士養成所とは別の機関で、初等から高等まで一貫教育を行っており、そして騎士の道へ進まない王都の一般の子供達は基本的にこの学院に入学するのだという。
「へえ、詳しいなエイラリィちゃん」
「この王都には度々来ているので、ある程度の事は調べています」
「あ、じゃあエイラリィちゃんにこの街のガイドでもしてもらおうかな」
「……高いですよ」
「えっ、金取るの?」
それからエイラリィに案内され、街の主要部分を回る三人。すると、今度は一つの大きな教会が目に付く。
「うっ、もしかしてあれって」
ソラは、フォルセス島で醒玄竜教団と揉めかけた為、どこか苦手意識が埋め込まれており、思わず漏らした。
しかしエイラリィは、あれは一般的な空地双神教の教会であると説明する。
「なんだ、安心」
「まあ、醒玄竜教団の教会もメルグレイン群島に普通にありますけどね、というか四大群島とエリギウス大陸全てにあります」
「えっ、そうなの?」
それを聞き仰け反りながら嫌悪感を示すソラに、嘆息混じりに言うフリューゲル。
「ビビりすぎだろ、あいつらは別に敵って訳でもねえんだ、こっちが何もしなきゃ向こうも何もしてきやしねえよ」
「いやまあ、そうなんだけど……」
すると、そう呟きながらもソラは何かに気を取られる。それは漂い、鼻をくすぐる甘い匂いであった。
「あれ、何かいい匂いがする」
「ああ、あれではないですか?」
エイラリィが指さす先には出店があり、そこでは穴の開いた丸いケーキのような菓子が売られており、ソラはそれに釘付けになっていた。
「なにあの面白い形の……お菓子?」
それはバウムトルテと言って、メルグレイン群島に伝わる伝統的な菓子なのだとエイラリィが説明すると、ソラは涎をすすり、目付きを鋭くさせた。
「た、食べたい……いや絶対食べる」
珍しく熱心な執着を見せるソラに、エイラリィはたじろぎながら尋ねた。
「好きなんですか? 甘いものが」
「女子みてえな奴だな」
「美味しそうな物に男も女も関係無いだろ……という訳でよろしくお願いしますフリューゲルさん」
ソラはフリューゲルの肩を叩いた後、丁寧にお辞儀をしてバウムトルテを要求した。
「な、何で俺が! 自分で買ってくりゃいいだろ」
「いいだろフリューゲルはさっき大金せしめたんだから」
「盗んだみたいに言うんじゃねえ、お前だって十分貰っただろ」
「まあいいじゃないですか、実際は違ったとはいえソラさんはあなたの為にこのリンベルン島まで来てくれたんですから、そのくらいは」
「うぐっ」
エイラリィに痛い所を突かれ、何も言えなくなるフリューゲル。
「わーったよ、買ってくりゃいいんだろ買ってくりゃ」
するとフリューゲルは渋々と言った様子で店に歩いて行き、バウムトルテを購入すると、手にそれを三つ持って帰って来た。
「ほらよ」
そしてソラとエイラリィに手渡す。
「サンキュー」
「私もいいんですか?」
「まあ、ついでだからな」
「ていうか、ちゃっかり自分の分まで買って、本当はフリューゲルも食べたかったんじゃないの?」
「うるせえ、がたがた言ってねえでさっさと食えよ」
そして、ソラはバウムトルテにかぶりつくや否や頬を押さえながら至福の表情を浮かべた。
「うまあっ、甘くてふわふわで、めちゃくちゃ美味しいじゃん」
「本当、美味しいですね」
「うん、まあ悪くねえ」
エイラリィとフリューゲルもまた、その味に満足げであった。
――レファノスのシューアラクレームも美味しかったけど、どっちも甲乙付け難いな。
そう心の中で呟きながらソラは、ふと五年前の事を思い返す。エルと共に渡ったレファノスの島で、シューアラクレームを二人で食べた事を。
――エル、シューアラクレーム美味しそうに食べてたっけな。このバウムトルテも食べさせてやったら喜ぶかな。でもあいつ、田舎パンの方が美味しいなんて言ってたっけ。
思い出に浸り、ソラは一人感慨深げに微笑んだ。
すると次の瞬間、警報音のような大きな音が街中に……否、島中に響き渡り、続いて王城から拡声器を通した声が響き渡った。
『緊急事態発生、エリギウス帝国所属のソードが黝簾の空域に侵入し王都に接近。現在〈因果の鮮血〉の守衛騎士が応戦中。王都在中の全騎士は至急王城へ集結せよ。繰り返す――』
それはエリギウス帝国からの襲撃を知らせる緊急警報であった。
「な、なあこれって」
「ああ、俺達もすぐに王城へ向かうぞ」
「はい、急いだ方がよさそうですね」
それを聞いたソラ、フリューゲル、エイラリィの三人はすぐに王城へと走るのだった。
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