88話 緋色のアルテーリエ
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五年前、父と母が死に、私が国王に祭り上げられてから四年の月日が経った。つまり一年前のあの日に、私は彼女と出会った。
たまたま王位継承権を持っていたから即位しただけの仮初の国王でしかなかった私は、当時元老院の操り人形と言っても過言ではなかった。
そして、既にメルグレイン王国では水面下でエリギウス帝国に対する降伏の準備が進められていた。
メルグレイン王国とレファノス王国が〈因果の鮮血〉を結成してから数年、エリギウス帝国の攻撃を何とか凌いではいたものの、騎士の絶対数、聖衣騎士の数、資金、ソードの数――国力の差は歴然だったからだ。
それでも降伏をすれば、イェスディランの民やディナインの民と同じようにメルグレインの民もエリギウス帝国の支配下の中、苦難の道を強いられる事は明白だった。
だが、私には保守的な思想しか持たない元老院の意見を覆すだけの力も、国力の差を覆すだけの力も持っていない。名君と呼ばれた父との差はあまりにも大きく、私は国王としての自覚も自信もなく、ただ流されるようにその日を待った。
そんなある日だった。
「陛下、名称不詳の騎士団の団長を名乗る人物から謁見の申し出が来ております。いかがいたしますか?」
「名称不詳の騎士団だと? 目的は知らないが、そんな得体の知れない輩との謁見など了承出来る筈が無い、叩き返しておけ」
近衛騎士にそう告げると、私は一人物思いに耽った。
政もままならず、偉大であった父上の代わりを務めることもままならない。自分は張りぼてのような国王だ。そう葛藤し、迷い、そして惑い続けた。
「陛下、先程の輩が抵抗の意思を見せ、守衛騎士達と交戦に入ったようです」
「身の程知らずが、死なない程度に痛めつけておけ」
人が悩んでいる時に……この時の私は虫の居所が悪かった。
しかしそれから数十分後、再度騎士からの報告が入った。
「報告致します。守衛騎士団が撃破され、現在例の侵入者が城門前まで突破して来ました」
「守衛騎士団が全滅したというのか? ば、馬鹿な!」
「現在、侵入者が城門前で近衛騎士団と交戦中、これで間違い無く片が付く筈です」
侵入者は相当に腕が立つ。しかし、報告ではたった独り。精鋭揃いの近衛騎士団が相手ではさすがに勝ちの目は無い。
だがそれから更に十数分後、再度騎士からの報告が入る。
「陛下、近衛騎士団が苦戦中。およそ三分の一近くが斬られました」
「なっ! あの屈強な騎士達が!」
「しかしさすがに侵入者も限界を迎えているようです、制圧も時間の問題かと」
「だが、それ程の犠牲が出たというのか!?」
私は家臣の多くに犠牲が出た事により、怒りで王座の手すりを握り締めた。
「私が出る!」
そして勢いよく王座から立ち上がる。
父譲りの武力があった私は、騎士としての側面も持っていた。これまでも度々戦闘に参加しては、自ら敵と戦い、戦果を挙げて来た。
政に積極的に口を出す元老院の連中は、私が戦場に出るのを止める事は無い。何故なら王位継承権を持つ者はもう居おらず、私が亡き者になれば、自分達が更に操り易い人間を国王に挿げ替える事が出来るからだ。
私は真紅の騎士制服に着替え腰に剣を携え、すぐさま城門へと到着すると、そびえ立つ城門に飛び上がった。
下を見下ろすと、そこには近衛騎士団相手に立ち回る、黒髪の少女の姿があった。地には無数の騎士達が倒れているのが伺え、私は怒りに打ち震えた。
「そこまでだ」
「へ、陛下!」
私が叫び、騎士達が私の存在に気付くと安堵と驚嘆の入り混じったような表情を浮かべ、彼女はこちらを一瞥し、不敵な笑みを浮かべた。
私は城門から飛び降り、着地すると彼女と対峙し眼光を鋭くさせた。
「貴様、よくも我が国の騎士達を……家臣を殺してくれたな」
すると、彼女は短く嘆息し答える。
「よく見ろ、誰一人死んではおらん」
「なに?」
「この剣は羽刀と言ってな、かつて孤島ナパージに伝わっていた片刃の剣。こやつらには峯打ちで気を失ってもらっただけじゃ」
剣を肩に担ぎつつ絹糸のような黒髪を風に靡かせる彼女、歳の頃は私と同じ位。どこか気品を感じさせながらも少し童顔な美しい少女は、独特な喋り方をしていた。
そして、彼女の言う通り、確かにその場に無数に倒れる騎士は誰一人として血を流してはおらず、良く見れば呼吸をしているのが伺えた。
「一体何が目的だ?」
私の問いに、彼女は間髪入れず答えた。
「わしは近い内に騎士団を立ち上げようと思っていてな、メルグレイン王国にはその後ろ楯となってもらいたい」
「同盟を結べということか……貴様はどこの国の所属だ?」
「わしらはどこの国にも所属しておらん、ただの孤島民じゃ」
「くだらん、孤島民が立ち上げる矮小な騎士団と同盟を結んでメルグレインに一体何のメリットがある?」
すると直後、彼女は驚くべき言葉を口にする。
「わしらはお主達と同じで、エリギウス帝国打倒を、このオルスティアをエリギウス帝国の支配から解放することを目指しておる」
「何だと?」
「だが奴らを倒すには、わしらは数の力に、お主らは個の力に欠ける」
「……だから互いに協力しようとでも言うのか?」
「その通りじゃ」
あまりに壮大で無謀な目標、そしてメルグレインを軽んじるような発言と傲慢な発言に、再び怒りが込み上げてきた。
「笑わせるな、メルグレインが個の力に欠けるだと? まるで貴様が個の力に優れているとでも言いたげだな?」
しかし、私の問いに彼女は怯む事無く、肯定するかのように口の端を上げた。
「ふん、なら示してみろ、お前の言う個の力というものを今ここで!」
私は腰の鞘から短剣を抜き、自らの手首を切り付けて流血させた。そして私の額に剣の紋章が輝き、竜殲術〈血殺〉を発動させると、手首から流れる血液が無数の剣となり空中に浮遊する。
「己の血液を操りあらゆる武器と化す竜殲術〈血殺〉、やはり先代国王ブルート=ベルク=メルグレインと同じ能力か」
「博識だな、だがそれがどうした? 緋色のアルテーリエの名、その身に刻め!」
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